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「評決。ピース・チャックの冒険者資格停止処分を言い渡します」 ギルド長の静かな声が室内を満たす。 たいして広くもないギルド長の部屋。執務用のデスクに向かっている彼女に対し、対面のソファには2人の男が座っている。 応接セットの机を叩きながら立ち上がったのは、そのうちの一人、眼鏡をかけた男性だった。 「お待ちください、ギルド長! いくらなんでも罪状が重すぎます!」 ギルド長のカーナはじろりとにらみ、 「わたくしはそう思いません、ラリー。ピースは迷宮内救護義務違反という、冒険者としては最も致命的な罪を負っているのです。それほどの人物が再び冒険者として迷宮に潜り続ければ、いずれ新たに犠牲となる人物が現れることでしょう」 カーナはギルド長になって5年ほど、女性だてら荒くれの集う冒険者ギルドを仕切っているだけあって、非常に冷静で聡明な人物だ。彼女の評決に異議が出るというのは、あまり実例がない。 「この評決そのものは、わたくしにとっても本意ではありません。それは冒険者ギルドから、まさかこんな冒険者が現れるなどと思っていなかったからです。その点は、わたくしの落ち度でもあるのでしょう」 「ギルド長……!」 「今回の被害者である2人は奇跡的にも一命を取りとめました。ですが、遺体となって帰ってきたとしてもおかしくない状況であったことは事実。助かったのは他の冒険者が通りすがっただけという、偶然に助けられた結果論です。ましてやピース・チャックは冒険歴も厚く、パーティのセンターでもあった。その彼が役目を放棄した。これは、冒険者同士であるからこそ、もう彼を信用するわけにはいかないという単純な事実なのです」 「彼はそんなことをする男ではありません! それは10年来の付き合いがある僕が証明します!」 「人間、30年付き合ったところで知らない一面というのはあるものですよ、ラリー。ましてや迷宮内は常時、極限状況にあります。だからこそ、我々はルールをもって挑まねばならない。それが冒険者ギルド設立の理念であり、存在意義でもあります」 「それは……!!」 「もういいよ、ラリー」 口を開いたのは、小柄な男だった。 成人しているのだが、ホビットの血を継いでいるせいか、身長は子供ほどしかない。使い込まれた竜鱗のベストを着ていても、顔つきは少し幼く見える。 そして、今その顔に浮かんでいるのは、諦念だった。 「ギルド長。俺は甘んじて評決を受けます。今までご迷惑をおかけしました」 「ええ。十分に反省してくれることを願っていますよ、ピース・チャック」 「では、失礼します」 ピースは頭を下げると、席を立った。足が沈むほどふかふかの絨毯を歩き、部屋を出る。 廊下を歩いていると、後ろからラリーが追いついてきた。 「ピース、なんで罪を認めるんだ。お前、何もやっていないんだろう」 「そうは言っても客観的な証拠を集められちゃな。いまだにリカは記憶喪失、ミリアは魔力欠乏による意識不明のままだ。この状態じゃお前がいくら優秀でも、俺を弁護しようがないだろう?」 「まだだよ、ミリアの意識が戻れば……」 「そんなのいつになるやら。それに、そうは言っても、2人を迷宮に置いてきちまったことは事実だろ。いくら2人が俺より強い冒険者だって、そんなの置き去りにしていい理由にはならない」 迷宮内救護義務。全ての冒険者が負っている、パーティ内で助け合うというルールだ。 たとえ迷宮で仲間が傷つき倒れたとしても、同行しているパーティメンバーは可能な限り救護に努めなければならない。実際、命がけで冒険している仲間を見捨ててくる冒険者などおらず、結果的には形骸化したルールだ。 今回、救護義務違反が適用されたのは、ギルドとしてもおよそ30年ぶりだ。それほどありえないことをした、ということでもある。 今回とてそうだ。倒れている冒険者を発見、救出してくれたパーティは、彼女たちを見捨てることもできた。それでいて、自分達の負担になるとわかっていても救護した。 冒険者としてはそちらの方が当たり前であり、自分ひとりがおめおめと逃げ帰ってくるなど、絶対にありえない話なのだ。 それがわかっているから、ラリーも言葉が出ない。 「ピース……」 「それに、2人が助かったのはたまたま他のパーティに拾われたおかげだ。そのままならモンスターのエサになっていただろう。逆に言えば……。俺でも助けられる状況でもあった。なのに助けていない。救護義務違反が取られるのは当然さ」 「……確かに、今回の事案は最初からお前に不利だった。けど、僕はお前がそんなことをするやつだとは思えないんだ」 「事実は事実だろ。他に何か必要か?」 「そうだな……。お前の言う通りだ。でも、それじゃこれからどうするんだ?」 ラリーに問われ、ピースは頭の後ろで手を組んだ。 「どうって言ってもなぁ。何か仕事を探さなきゃならないとは思うが」 蓄えもないわけではないが、ずっと遊んで暮らせるというわけでもない。そもそもピースはまだ若い、ここで人生を捨てるというわけにもいかないだろう。 ラリーは頷き、 「だろうな。だからこそ、お前に紹介したい仕事があるんだが」 「仕事?」 ラリーは首肯する。 「今回の評決は、抵抗したとはいえ、結果は半ば予想できていたからな。お前は今まで冒険一筋で生きてきた。いきなり冒険者資格を失っても、急に他の仕事ったって簡単には見つけられないだろう?」 「そりゃ、まあ」 「その点、僕はこの帝都で公務員をしている。昔馴染みのお前に仕事を紹介するくらいわけないさ」 「そいつは助かるけど……。俺にもできる仕事なんだろうな?」 「ああ。新米冒険者を少し鍛えてやって欲しいんだ」 「教導役か」 「ずっと冒険に携わり、努力を重ねてきたお前なら他人に教えるのもちょうどいいだろう。実は僕の恋人なんだけど、最近学校を卒業して冒険者になってね。とはいえ、僕は公務があってあまり時間に自由がない。そこで、お前に鍛えてもらいたいんだ」 「そいつはいいけど……。お前、カノジョいたのか」 「まあね。じゃあ、彼女に連絡しておくよ」 「俺はいいけどさ。お前はいいのか? 自分のカノジョが他の男から手解きを受ける、なんて」 「お前を信用してるんだよ。それに、その程度で気持ちが離れることもないだろうしな」 「へえへえ、おあついこって」 「まあまあ。じゃ、連絡するな」 そう言って、ラリーは足早に去っていく。 ピースはため息ひとつ、ギルドの建物から外に出た。 大通りの石畳を踏みしめ、大きく息を吸う。帝都の空気は、魔石製品を使いすぎてるせいか、どこか薄汚れている気がする。 ざわざわと人々が行き交い、誰も彼もが慌てているようにさえ見える。大きな声で客引きする商店、どこかから漂う香辛料のかおり。 そんな、雑多な情報の多すぎる町。その中でひとり、ピース・チャックだけが、何も持っていないように感じられていた。 |