数日後。ピース・チャックはラリーの指定した公園に向かっていた。
 町の中心部から少しだけ外れたところに、草木の生い茂る公園がある。かつて戦乱の時代には砦が築かれた場所とされるが、すでにその痕跡は何もなく、民たちの憩いの場として用いられていた。
 そんな公園、待ち合わせスポットとして多用される石塔の近くに、二人の少女が待っていた。
「……二人?」
 ラリーは自分の彼女と言っていたはずだが。まさか恋人が二人もいるんだろうか。
 向こうもピースに気づいたらしい、笑顔で頭を下げてきた。
「ピース・チャックさんですね。初めまして」
 挨拶してきたのは、理知的な雰囲気の少女だ。スレンダーな体躯で、革のコートを羽織っている。腰には冒険中でも割れにくい特殊な瓶が提げられていた。
 かたやは反対に、色々と肉感的な少女だ。背中に大剣を背負い、腕や足はもう一人と比べると二回りは大きい。胸元を覆っているアーマーは、おそらく特注だろう。
「お前たちがラリーの?」
「はい。こ、い、び、と、のリン・サクモと申します」
「ドロボウ猫……」
「何か言いましたか?」
「いーえ、なんでも」
 ぷい、と顔をそむけた剣の少女は、ピースに向き直る。
「初めまして。ミヅホ・ヤーナよ。ラリーの幼馴染み」
「幼馴染み? 君とラリーはずいぶん歳が離れているように見えるが」
「あたしが子供の頃からラリーとはお隣さんで付き合いもある、だから幼馴染み、問題ないわね?」
「あ、ああ、まあ、そう言うなら」
 謎の圧力にピースも頷くしかない。
 現恋人と、幼馴染みの少女。どうにも面倒な二人を押しつけられた気がしないでもない。
「……」
 まあ、と気を取り直す。少女たちとラリーの関係性はこの際、重要ではないのだ。
「こほん。知っての通り、俺はピース・チャック。元冒険者だ」
「元?」
「冒険者資格は停止したままだからな」
「あ、そうだっけ」
「ま、資格はそれほど関係ないけどな。お前たちが新米とは聞いているが、実際にどの程度できるかはわからん。まずはお前たちの職業と目的を教えてくれ」
 二人は顔を見合わせ、代表する形でリンが答える。
「私は錬金術師アルケミー、彼女は剣戦士ソードマン。二人パーティで、目的は【探索】です」
「ふうん」
 過不足のない情報。やはり頭は良いようだが。
「二人、か」
「やはり戦力不足でしょうか」
「いや、探索であるなら、それほど問題じゃない。あとは実践だな」
 ピースはにやりと笑う。
「まずは、迷宮でお前たちの実力を見せてくれ」

☆   ☆   ☆   ☆


 帝都の門を出てしばらく歩くと、洞窟の入り口が見えてくる。
 旧採石窟。その昔、採石に使われていた洞窟が迷宮化したものだ。
 迷宮とは言っても元が採石場なのでたいした規模ではなく、出現するモンスターの強さもたかが知れる。初心者冒険者の練習として用いられることが多い場所だ。
 迷宮を訪れたピースたち三人を迎えたのは、ひんやりとした空気だった。
 この迷宮は暑い季節でも常にひやりとした空気が漂っている。それは地下の冷気なのか、あるいはモンスターが放つ殺気なのか、定かではない。
 入ってすぐは階段になっており、そのまま開けた場所に出る。高さは10メートルほど、左右の広さも同じほどある、巨大でまっすぐな通路だ。
 そんな開けた空間。ピースが魔法光で照らすと、わだかまった闇の中から、一匹のモンスターが姿を現す。
「ロックリザードか」
 体長は1メートルほど。全身を岩石のような皮膚で覆ったモンスターだ。防御力はあるものの、重い皮膚のせいで動きはのろく、特殊な攻撃手段も持たない。
 普段は石を食べるだけというおとなしい性質もあり、普通の冒険者なら戦うまでもない相手だ。
「ちょうどいい。お前たち、あいつはどう処理する?」
「任せて」
 ずい、と前に出たのは大剣使いの少女ーーミヅホだった。
 ミヅホはすらりと剣を抜く。あれほどの大きな剣だというに、実に軽々と振り回している。この迷宮なら空間も広いので、あれほど大きな剣でも取り回しに苦労することはない。
 だが……。
「はッ!!」
 大剣を振り回す。鈍重な攻撃ではあるが、相手は動きのにぶいロックリザード。
 その剣はリザードの体を一撃で両断する。
「ほう」
 並の冒険者でも、ロックリザードを正面から断ち斬るのはなかなか困難だ。それだけのパワー、それだけ重量のある武器ということだろう。
「ほら、また来たぞ」
 ところが闇の中から、次々とロックリザードが現れる。それらをミヅホの剣は両断にするが、いかんせん大剣では攻撃速度が遅い。
「ロックリザードの面倒なところは、防御力じゃない。生産力だ」
 闇の中からモンスターは現れる。その法則は判明しきっていないが、ロックリザードのようなモンスターの場合、1度発生が始まると数十匹、最悪100匹出現することも珍しくない。
 すると、リンが動いた。錬金術師アルケミーという話ではあるが……。
 リンは薬瓶を二つ取り出した。呪文を唱えながら、それらを空中で混ぜ合わせる。不思議なことに、青い薬液は落ちることも拡散することもなく、水球のように空中で留まっていた。
「フロストボム……! 行け!!」
 混ざった薬が魔法となり、リザードの群れを包み込んだ。
 錬金術師アルケミーは特殊な魔法使いだ。アイテムの中に宿るエネルギーを抽出し、混ぜ合わせ、異なる作用を発揮するアイテムを作り出すことができる。
 今はさながら、二種類の薬品を混ぜて氷魔法の効果を作ったといったところか。
 ロックリザードは爬虫類に近く、氷点下の寒さには弱い。ただでさえにぶい動きがいよいよ停止する。冷気だけで数匹のリザードは倒れてさえいた。
 それはいいのだが……。魔法の範囲が広すぎた。
「さささささ寒いぃぃ!?」
 ただでさえ気温の低い洞窟内。そこで氷魔法なんか使えば当然、ロックリザードでなくても動きがにぶる。
 まして、リンの魔法は遠慮も何もあったものではない。前衛で突っ込んだミヅホはもろに巻き込まれていた。
「あんた! 殺す気!?」
「その程度ならあなたは死にません」
「死ななきゃ何してもいいってもんじゃないでしょーが!」
「じゃああっためてあげましょうか!? 炎も出せますよ!」
「洞窟で炎なんか使うな! 空気なくなる!」
「……」
 喧嘩している。迷宮で。パーティが。
 いやまあ、そんなの日常茶飯事ではある。冒険者なんて一歩間違えばゴロツキ、そんな程度の人間も少なくない。そうでなくても命をかけて戦う場、少々の衝突はやむをえない。
 だが、これはさすがに。
「はぁ」
 ピースは頭を抱える。
 結局、二人がロックリザードを処理し終えたのは1時間も後のことだった。