ピース・チャックは、公園の木陰に座り込んでいた。
 ポケットから煙草を取り出し、口に加える。
 簡単な魔法で小さな火を灯すと、煙草に火をつけた。紫煙がのぼり、青空に向かっていく。
 ふーっ、と煙を吐いていると、隣に座る女が苛立たしげに包み紙を握り潰した。
「おかしくない? あたしはなーんにも悪いことしていないのに」
「俺に言われてもな」
 合流した後、ミヅホはずっと怒っていた。怒りながらも露天で売っていた巨大ホットドッグを食べきったがそれはさておき。
 2人の視線の先では、リンとラリーが何かを話している。ラリーはなだめている風、リンは泣いている風だが……。あの女のことだ、泣き真似だろう。たぶん。
「だってラリーが言ったんだよ? 女の子にプレゼントするアクセサリーを選びたいからついてきてくれって! ワンチャンあたしのことかもしれないじゃん! そりゃ行くでしょ!」
「いやノーチャンだろ」
「なんでさ!」
「いや、あいつ彼女いるんだから……」
 ミヅホは2人を見てから、
「いや、まだワンチャン……」
「諦めろって」
「だってあたしがもっと小さい頃からずっと付き合ってたんだよ!? 生まれた時から一緒だったんだよ!」
「向こうからすれば近所で面倒をみてる子供程度のもんだろ……」
「だって大人になったらお嫁さんにしてくれるって言ってたし!」
「何年前だ?」
「えーと、十年くらい前?」
「お前それ5歳とかだろ」
「約束は約束でしょ」
「……」
 ラリーがなんでミヅホを選ばなかったのか、よくわかった。近所の子供という感覚なのだ。おそらく今でも。
 まあおしめを交換した相手が女になるイメージは、なかなか持てないだろう。
「アホらし……」
 結果の見えていた話に付き合わされただけだ。というか、そのへんの決着をつけてから紹介して欲しかったくらいだ。
「もうラリーは諦めて他の男にしておけよ……」
「やだ。だってラリーより良い男なんている?」
「あいつのどこが良い男なんだ」
「優しくて自然で、紳士的」
「……ま、いるだろ。どっかにゃ」
 どうでもいい。
 煙草の煙を追いかけながら、ピースはそんなことを考えていた。

☆   ☆   ☆   ☆


 その晩。行きつけの酒場で、ピースはいつもより強めの酒をあおっていた。
 ピースはグラスを机に叩きつけると、隣のスツールに腰かけるラリーをにらむ。
「ラリー、お前らの痴話喧嘩をおさめるために教育係を受けたわけじゃないんだぞ、俺は」
「わかってるわかってる。その点はすまなかった」
「まったく。自分の恋人を不安にさせるなよ。ましてや相手は年下なんだからな」
「一応、彼女は冒険者としてはすでに卒業しているんだぞ」
「してなきゃ犯罪だっての。で、お前の用事は何なんだ」
 ピースはラリーをじろりとにらむ。酒場で会っているのは、何もラリーの惚気話を聞かせてもらうためではない。彼から呼び出しを受けたのだ。
 するとラリーは、懐から一枚の紙を取り出した。
 似顔絵だ。禿頭のいかつい男が描かれている。目付きは鋭く、他人を寄せつけない空気が似顔絵からも伝わってくる。
「こいつは?」
「お前が迷宮で起こした例の件。その日、迷宮の入口付近で目撃されたっていう男だ」
「例の未登録冒険者か。名前は?」
「不明だ」
「ま、そりゃそうか」
 ピースたちが最後に向かった迷宮は、上級者向けの迷宮だ。
 迷宮にはランクがあり、上位の迷宮ほどそれなりの資格や冒険歴を持った者でなければ挑むことが許されない。
 そこにいたということは、本来なら資格を持ち、冒険者としてランクを上げていたはずだ。そして、有資格者は全て冒険者ギルドで身元を登録されている。
 ラリーは公務員として、冒険者ギルドのリストについても照会する権限を持っている。その彼が不明と言うことは、そういうことだ。
「なんなんだ、こいつは」
「わからない、というのが正直なところだ」
 それはそうだ。そうは言っても、得体が知れない。
「未登録冒険者だってメリットがないだけで違反行為じゃない。
 ソロでの探索も禁止はされていないし、現役の最強冒険者だってソロの討伐型だ。
 30代で冒険者をしている者は、ギルドでも10人ほど存在している。いずれも、それだけで怪しいと言えるわけじゃないんだが……」
「怪しいは怪しい、か」
「こいつの顔に見覚えは?」
「ありゃ言ってるよ。見たこともない男だ」
「お前も冒険者としてはそこそこ顔が広いはずだが、それでも聞き覚えすらないのか」
「お前ほど顔は広くねえし、アウトローでもこんなやつの話は聞いたことがない」
 ピースは冒険者という仕事柄、少々ガラのよくない相手と交流することもないわけではない。だが、それにしたってこんな男の話は聞いたことがないのだ。
「ま、色々と言いつつも、こいつが何かをしたって証拠もないだろ? 今のままじゃ見つかったところで捕縛も難しいんじゃないのか」
「もちろんそうだ。証拠さえあれば、お前の評決も覆せるんだが、現状はそのひとつ手前の段階といったところだな。だが現状、お前の評決に関わる可能性があるとしたらこの男しかない」
 ピースの冒険者資格は停止したままだ。その最たる要因は、迷宮内でなんら理由なく仲間を置き去りにして逃げたということ。
 もしも第三者の介入があったとなれば、評決は覆る可能性があるのだ。
「そうは言ってもな……。ソロで冒険できるような男だ、実力もそれなりだろう。何か後ろ暗いところがありゃ口を割るとは思えないし、難しいんじゃないのか」
「難しいことは理解している。僕が気にかかっているのは、お前の冤罪だけじゃない。お前に冤罪をかけてまで、こいつが何かを隠しているんじゃないかということだ」
「……俺がこいつの何かを目撃して、その結果として記憶を改竄されたってか?」
「ありえない話ではないと見ている。違法な魔法薬なら記憶の改竄も不可能じゃない」
「そこまでして、こいつが何をしてるっていうんだ」
「わからない。わからないから調べるんだ。でも、僕はすでに冒険者資格もないし、そもそも技能がないから迷宮まで調査することはできない。けど、こいつが何かの目的を持って上位迷宮に出入りしているのなら、それを調査できるのはお前しかいないと思っている」
「俺の冒険者資格だって停止中だぞ? まさかあのひよっこ共を鍛えて上位迷宮の調査をしろってのか? ……いいのか。お前の恋人を危険に巻き込むかもしれないぞ」
「彼女はそれほどやわじゃないよ。それに、冒険者として生きるのなら大なり小なり荒事には出会うことになるだろう。その時、僕は助けてやれない。リンもミヅホも、自分で生き残る力が必要なんだ」
「そうかい」
 グラスを握りしめ、ピースは吼える。
「がぜん、あいつらを鍛える意欲ってものが湧いてきたぜ」