|
帝都から馬車で2時間ほど。シーニー洞窟は山の中腹ほどにある、全長500メートル超の洞窟型迷宮だ。 奥に行くほど水が流れており、洞窟奥の水辺に住むシーニー蟹は、一級品の甲羅を持っているモンスターだ。防具や日常生活のアイテムに使用されるため、採取型パーティがよく頼まれる素材でもある。 洞窟の中にはそこかしこに鍾乳石があり、それらが魔力を含んできらきらと光っている関係で、明かりがなくても見通しはよい。 横幅も広い道で、六人で洞窟に入っても支障がないほどだ。足元は濡れていて少し滑りやすいが、気をつけていれば問題ない。 「邪魔だけはしないでくださいましね、ポンコツさんたち」 「あんたが勝負しろって言ってきたんでしょーが!」 「おほほ、あなたがたに雑魚と本物の違いを見せてさしあげましょうという慈悲の心ですのに!」 「慈悲深いのは結構ですけど、体重にも慈悲をあげた方がいいのではないですか?」 「わたくしは太くありませんわ!!」 先に進むのは、常に喧嘩している女子三人。対して後ろの男子三人はおとなしいものだ。 「イーさん、あんたがあのお嬢様の護衛なのか?」 「ええ。ですが、お嬢様はお一人でも十分な戦闘力をお持ちです。正直、この程度の迷宮であればソロでも問題ないでしょうが」 「へえ。あの調子でか」 「カネチャ家の跡取りとして、お嬢様は幼い頃から鍛練を積んでいらっしゃいます。同年代の冒険者で負けたことがあるのは、リンさんとミヅホさんだけです」 「なるほどな、だから目の敵にしてるのか」 「まあ、そんなところでしょう」 「……あんた執事みたいな雰囲気なのに、意外と話せるな」 「私はお嬢様の護衛だけが仕事で、それ意外は給料外ですから」 「はは、そういう割りきった仕事のスタイル、嫌いじゃないぜ」 むしろ落ち着いていないのは、一人だけ出遅れている荷物持ちの少年だろうか。 とはいえ、ぺちゃくちゃ喋っているというよりは、少し青ざめた表情で落ち着きなくキョロキョロしているだけだが。 「少年、迷宮は初めてか?」 「え? い、いえ」 「じゃあもうちょっと落ち着きな。あんまり落ち着きがないと、モンスターから獲物にされるぜ」 「あ、は、はい」 それでも落ち着きがない。モンスターに怯えているというよりは、何か違うものを警戒しているようにも見える。 ピースはイーに耳打ちした。 「イーさん、彼は何か問題があるのか?」 「いえ。ただ、彼は極度にあがり症といいますが、ここ一番で集中力を発揮できない性格をしています。初対面のメンバーがこれだけいると、その事実で緊張しているのでしょう」 「そんなもんかね……。余計なことしないといいんだが」 「この洞窟なら問題ないでしょう。それほど難易度の高い場所ではありませんし、最も強いモンスターも所詮はシーニー蟹です」 シーニー蟹は防御力も攻撃力も高いモンスターだが、厄介な攻撃手段は持っていない。搦め手が得意なパーティメンバーがいるなら問題なく処理できる相手だ。 「もともとお嬢様とパーティを組みたがる者は多くありません。彼は他のパーティから外れたところを雇用したのです。荷物持ちが必要だから、と」 「だから運搬なのか」 まあ、お嬢様なら荷物も多いのだろう。それに、荷物の持ち方を見る限り、少なくても運搬としての技量は低くない様子だ。パーティとして組むのであれば、いい相手なのかもしれない。 そんなことを話していると、前を歩く三人が足を止めた。 それぞれが武器を手に取る。三人の前、どうしても通らなければならない通路を塞ぐように待ち構えていたのは、アンデッドモンスターだった。 もとは成人男性だったのだろうが、今は朽ちかけたボロ布を身にまとっており、体も腐食が進んでいる。 普通に考えれば立ち上がることさえできない肉体。それが、まるで人形師に操られるがごとく、ふらふらと立っている。 武器を持っているわけではないが、アンデッドの腕力は人間のそれを軽く凌駕する。まともに殴られれば、痛いでは済まないだろう。 「リビングデッドか。しかも5体」 しかも死霊はそれほど早くないものの、リザードとは別の意味で固い。というより、斬っても突かれても気にしないのだ。 腕力もそうだが、痛覚がない彼らは自分が傷つくということを一切恐れない。 彼らを倒す方法は、ばらばらに砕くか、炎で焼いてしまうこと。 アンデッドを視認してすぐ、リンは炎の魔法を調合し出している。その調合が終わるまで、リンを守るのはミヅホの役目だ。 ミヅホは大きな剣を手に、リンをかばうように立つ。すぐさまリビングデッドが上下左右から攻撃してくるものの、ミヅホは大剣でなんとかさばいていく。 スピードはなく、パワーがある。ミヅホと同じタイプの能力を持つ敵だ。 「ふむ」 ピースは直接戦闘には関わらず、全員の動きを観察していた。 リンはモンスターに狙われる状況にあっても、調合の手に無駄や怯えがない。たいした胆力だ。 ミヅホも、なんだかんだ言いつつリンを守っている。数的不利を持ち前のパワーで処理している感じだ。 一方で、ミニャもまた優秀だった。いや、器用さだけで言えばリンやミヅホを凌ぐだろう。 剣に炎をまとわせ、リビングデッドを効率よく処理している。相手の弱点に合わせた魔法剣ーー。魔法も剣術も、高いレベルで扱えなければ不可能な戦術だ。 イーは横からの攻撃を警戒しているようだ。正面から敵が来ているからといって、他の方向に警戒を怠ると追撃を食らいかねない。優秀な執事なのだろう。 問題があるとすれば、リンたちに負けず劣らずポンコツの荷物持ちだ。 「わわわ!」 運搬は大荷物を抱える関係で戦闘に向いていない。本来は早く隠れる方がパーティのためになるのだが、それもできていない。 「え、あ、えっと、ほ、炎よ!」 右手を銃のように構える。攻撃魔法の構え! 「あ、おい! こんなところで爆炎の魔法は……」 「爆ぜろ銃弾!!」 指先から放たれた魔力がリビングデッドに当たり、破裂する。爆炎が吹き荒れ、ぐらりと洞窟が揺れた。 「ッ!?」 直後、足元の岩が砕けた。 「リン! ミヅホ!!」 二人が崩落した岩と共に落ちていく。ピースの手助けも、落下する二人を止めることはできなかった。 ぱらぱらと落石が降る。 ミヅホは頭に乗った石の欠片を払うと、立ち上がった。 「痛っ……」 腕が少し痛むが、致命的な怪我をしている様子はない。 「リンー!? どこー!」 「こ、ここです」 岩陰に倒れていたようだ。 腕をつかみ、ひきあげる。リンもほとんど怪我はしていないようだが、さすがに調合アイテムは落としたようだ。瓶も割れており、使い物にはならない。 揃ったところで周囲を見渡す。先ほどまで通っていたところよりは幾分か暗いようだ。道幅はむしろ広くなり、剣を振り回す空間にも支障はない。 上を見上げても、落ちてきた穴はよくわからなかった。感覚ではあるものの、もしかするとまっすぐ落ちてきていないのかもしれない。 「まずいですね。ここ、シーニー洞窟の裏階層ってところじゃないですか」 「裏階層?」 「最近になって発見された階層です。全長500メートルしかないシーニー洞窟ですが、実はその下にほぼ同規模の洞窟が展開されていることが分かり、今は探索型パーティを中心にマッピングしている最中です」 「未踏破の迷宮か……。モンスターの強さは?」 「上よりは格段に。ここではシーニー蟹も餌になるレベルです」 「あたしたちじゃ敵わない、ってことね。じゃあなんとかして逃げないと」 「それもそうなんですが、荷物をほとんど失いました。現状だと、どちらに進めばいいかも……」 「何を言ってるの。あんた、探索になるんでしょ。未踏破の地域に来た程度で詰んでたら話にならないじゃないの」 「言いたいことは分かりますが、私はまだ転向すると決めたばかりです。実際の訓練は何も……」 「大丈夫よ。あんたはあたしより頭がいいんだから、このくらいのピンチはすぐになんとかしちゃうわ」 「ミヅホ……」 「ほら、行きましょう。先生たちと合流しなきゃ」 「そうですね」 ミヅホの手を取り、リンもまた歩き出した。 |