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迷宮の外に出たところで、ようやく一息ついた。 「はぁ、肝が冷えたぜ」 「あたしも疲れたわ〜」 幸いにも、ミヅホは大きな負傷をしていなかった。やはりアーティファクトを盾にできたのは大きかったのだろう。彼女自身の頑丈さにも救われているが。 イーが簡単な手当てを行い、洞窟から脱出するまでは、それほど面倒な相手にも遭遇しなかった。 座り込んでしまったミヅホとリンの前に、人影が立つ。 ミニャだった。 「なんとか脱出できましたわね」 「ミニャ……」 「今回は少しばかり悪いとは思ってますのよ。わたくしの部下による失態ですもの。まあ、冒険にはつきもののトラブルでしたけれど」 「……本当に悪いと思ってるんでしょうね?」 「もちろん。これはお詫びですわ」 ミニャが差し出したのは、一抱えもある蟹の爪だった。 「あなたたちを探している間にシーニー蟹を見つけて撃破したんですの。わたくしたちが依頼を受けたのは甲羅だけですし、こちらはあなたがたに差し上げますわ」 「ふうん」 蟹の爪は同じ外殻、少々形状が難しいので加工は面倒だが、素材としては悪くない。 「ま、慰謝料がわりに貰っといてやるわ」 「本当に生意気ですわね、あなたは。素直に受け取りなさいな」 ミニャはやることを済ませると、 「イー、ハルト! 帰りますわよ!」 「あ、はい、お嬢様」 「承知しました」 そのまま部下を引き連れ山を降りていった。 残ったリンとミヅホは互いに顔を見合わせ、 「なんとか生き残れたし、あたしらって強いんじゃない?」 「バカを言わないでください。そもそも私たちは討伐パーティではありません」 「本当にあんたは頭が固いわね、よくラリーが怒らないもんだわ」 「そうですね、ラブラブですから」 「あぁ!?」 「何か!?」 「……おい、喧嘩するなら帝都に戻ってからにしようぜ」 緊張を強いられっぱなしのピースは、そんなことしか言えなかった。 帝都に戻ったピースは、いつもの酒場に向かう。 今日もラリーはピースより先に来ていた。 「お前さん、いつ仕事してんだ」 「君らの帰りが遅かったんだよ。何かあったのかい?」 「まあな」 ピースは酒を注文しつつ、事の顛末を話す。 「なるほど、シーニー洞窟に危険階層か……。これは迷宮ランクを上げないといけないかもしれないね」 「その方がいいだろうな。ちょっとした攻撃魔法で崩落するような場所ならなおのこと、初心者には危険だ。それにあそこは蟹狩りで出向くやつも多いしな」 「そうなるとシーニー蟹の取引価格が上がってしまいそうだね」 「そいつは俺の専門外だ」 「はは、そりゃそうだ。じゃあ君の専門として、他に気にかかることは?」 「……あるっちゃある。あそこで遭遇したモンスターだ」 「モンスター? 確かリビングデッドと言っていたっけか?」 ピースは頷く。 「リビングデッドそのものは珍しいモンスターじゃない。冒険者の成れの果てとも言われるが、そもそもどこの迷宮にも湧いてくるモンスターだ。けど、大半は単体か、多くても2〜3体。それより多い群れは滅多にない」 「なるほど、墓地タイプの迷宮ならそういうこともあるだろうけど、シーニー洞窟はただの洞窟だ。水属性のモンスターが大量発生するということならありうるが……」 「リビングデッドの複数個体。あの洞窟じゃ目撃例もないはずだ」 「迷宮に異変が起きているということか? 下階層が見つかったことで」 「それもひとつの考えとしてはありうる。けど、俺は他の可能性を考えている」 「他の可能性?」 「……人為的な可能性だ」 「それは」 ピースはラリーを手で押し止める。 「わかっている。だが、ありえない話じゃないんだ。リビングデッドを作る技術というのもある、ネクロマンシーというんだったか。禁忌として扱われて、もちろん帝都内での使用はできない」 「そもそも帝都は防御結界で守られている。モンスターの類は侵入できないし、もちろん国内で闇魔術なんて発動すらできない」 「だが迷宮でなら可能だ。防御結界は帝都の土地特有のエネルギーを使うから、他で展開することはできない」 「……もしそんなことをしてるとして、何になるというんだ。自らモンスターを生み出す技術を作ったところで、迷宮ではモンスターが勝手に湧いてくる。それらを自分で増やして何になる? ただ自分の危険が増すだけだろう」 「単に冒険の手駒を増やすってだけなら問題はない。倫理的な面はさておきな」 「そりゃ、モンスターの壁にモンスターを使用するっていうならいいだろう。でも、お前が考えているのはそういうことじゃないだろう」 「ああ。モンスターを作り、制御する。わかっているだろ、それをなんていうのか」 「……魔王の再来」 「そうだ」 ピースは頷く。 「もしも魔王が再誕したら、世界は500年前に逆戻りする。大勢が、死ぬことになる」 しん、と静まり返った。ラリーの前で、グラスの氷がからんと崩れる。 「ありえない。魔王は勇者一行が討伐した。それからというもの、モンスターの発生は迷宮内に限られている。もしも交易路でモンスターが発生したりしたら、商人ではどうにもならない……。世界が大混乱に陥るぞ」 「そんなちっちゃな話だけじゃねえ。モンスターが襲撃してきたら、いくら帝都の防御結界でもどれだけ耐えられるかわからない。この国は徐々に兵士を減らしているんだ、戦争なんて今さらできっこない」 「冒険者頼りにするしかないが……。だが、冒険者は国家所属じゃない。戦ってくれるとは限らない」 「そういうことだ。もし本当にこれがきっかけなら、とんでもなくヤバい話だ」 「……考えすぎじゃないのか。リビングデッドが湧いた程度で。国家の危機だなんて馬鹿げている」 「それだけじゃない、シーニー洞窟の下階層が発見されたことだってそうだ。迷宮の拡張は例がないわけじゃないが、やはり珍しいことだ。ましてやシーニー洞窟みたいに定期的な人の出入りがある場所なら、未発見エリアがあること事態が奇跡に近い」 「それも、何者かが作ったと言いたいのか?」 「あの洞窟でグリーンバシリスクと遭遇した。こっちも、もともと目撃例のないモンスターだ。そして、バシリスクの牙毒は精製すると人の意識を奪う薬にもなる」 「リビングデッドにグリーンバシリスク、それに階層変化か……。だが、どれも偶然とも言える。過去の迷宮変化においても、新たな階層では未発見のモンスターが出現した例がある。新たな階層が生まれたことで新たなモンスターが出現するようになっただけかもしれない」 「杞憂ならそれでいい話だ。でも、お前の立場はそういうものじゃない。だから冒険者ギルドに関わっているんだろ」 「……」 「わかってるぜ。冒険者はこの国の経済の要だ、重要視されるのも当然だ。だけど、それだけじゃない。迷宮という国家の監視が行き届かない場所を常に見張る存在として、冒険者ギルドを活用しているんだろ」 「まあ、な」 「そして、一介の冒険者が異変に気づいた。俺はこれでも冒険一筋で生きてきたんだ、状況の変化くらい鼻が利く。その俺の勘が言っているんだ。これは、何かの始まりだってな」 からん、と酒のグラスを揺らす。 酒の中で泳ぐ氷は、運命に左右される自分を表しているように見えた。 |