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ピースの自宅は古ぼけた安アパートだ。 狭苦しい一部屋だけだが、ホビットの血が混じるピースにとっては、穴蔵に近いこのアパートが案外と気に入っている。 今朝もそんな安アパートの一室で、苦豆の茶を飲んでいた。すると、朝日に影が差す。 見上げると、ひとつ限りの窓辺に一羽の鳥が留まった。 「うん? 風聞鳥?」 伝書に用いられる頭のよい鳥だ。足についている手紙を外しても、鳥は返事を入れるか、行けと命じられるまでは動かない。 ピースは手紙を読んでみる。この几帳面な字はラリーのものだ。 手紙の中身は簡素だったが、必要なことは全て書かれていた。 「何? ミリアが?」 それは、かつての仲間が病院で目覚めたという報せだった。 ミリア・コーナ。かつてピースと共に冒険をしていた仲間だ。 彼女はピースと向かった最後の冒険で、魔力を喪失するほど努力し、なんとか生きながらえた。 その後、病院に運ばれ、意識を取り戻すまで療養していた。そんな彼女が目覚めたとなれば、ピースも見舞いに行く必要はある。 ミリアの入院している医院は、帝都の中央にあった。レンガ造りの医院で、ミリアの病室は2階の角にある個室だ。 ピースが部屋の中に入ると、すでにラリーがいた。 続いて視界に入るのは白いベッド。その上で、ミリアは横になっていた。 いつも丸くまとめていた髪も入院中は下ろしている。白い入院着から覗く肌は、記憶にあるより幾分か青白く見えた。 「よう、ミリア。久しぶり」 「あ、ピース……」 いつもやかましかった彼女も、目覚めたばかりのせいか、どこか力がなかった。 「ごめんね、ミリアが力不足で……」 「いや、お前はよくやってくれてたよ。俺がお前らを見捨てたんだ」 「そんなことしないよ。ピースはそんなことしない」 力がなくても、青白くなっていても。ミリアの目はまっすぐピースを捉えていた。 ラリーは腕を組みながら、 「ちょうど、その時のことを話していたんだ。ミリア、気絶する前のことは何か覚えていないか?」 「うーん。なんだか周囲にいきなり霧が出てきて、気づいたらピースもいなくって……。なんとか合流しようと思って必死に頑張ってたら魔力も切れちゃったんだよね」 「……ミリアの魔力が切れたのってこれが初めてだと思うんだが、どれくらい戦っていた?」 「覚えてないよ。とにかく必死だったもん。リカは早い段階で気を失っちゃうし」 「……」 ラリーはピースと目を合わせ、互いに頷き合う。 実際のところ、当時の冒険はピース・ミリア・リカの三人でもぐっていた。目的は採取。迷宮の奥にのみ咲くカリン花という花を探していた。 霧が出てきたのはピースにとっても事実だ。そして、仲間とはぐれている。ピース本人の戦闘力は決して低いわけではないが、長期戦はもともと向いていない。 対してミリアはバリバリの前衛、リカは回復に長けた魔術師で、戦闘行動はむしろ彼女たちの役目だった。 はぐれた後の行動については、ピースとしても言い訳できることはない。本来ならミリアの言うように、彼女たちと合流して脱出を図るのが冒険者としてのルールだ。 状況として、モンスターに襲撃されていたわけではない。差し迫った理由はなかったと言える。だが、気づけばピースは迷宮の外にいた。事情を知らない者からすれば、一人になって狂乱し、逃げ出したと言われても仕方ない。 もしもこれが命の危機にあるような状況であれば、救護義務違反が取られることもなかっただろう。その証拠もなかったし、ピースの記憶からも戦闘の記憶はない。 だが、ミリアは魔力欠乏に陥っている。 「ミリア、誰かと戦闘していたのか?」 「それが、覚えないんだよね。ミリアが魔力切れするくらいだから誰かと思いきり戦っていたような気もするんだけど、でも、武器を持っていた記憶がないの」 「……そうか」 矛盾するかもしれないが、戦闘中に逃げ出すこと事態は救護義務違反を取られることはない。仲間同士で助け合うのは当然だが、かといってそのために死ぬまで戦うことを要求しているわけではないのだ。 自分にムリがない範囲で仲間同士、助け合いましょう。そういうルールだ。 今回、ミリアが強敵と戦闘していたならば、実はピースの救護義務違反による資格停止処分は撤回される可能性がある。勝てない相手との戦闘中、特に戦闘について条件がついてしまうピースが撤退すること自体は責められることではないのだ。 ところが、迷宮では戦闘の痕跡が見つかっていない。そもそもあの迷宮に、ミリアやピースが苦戦するほどのモンスターが目撃されたことは一度もない。 それがピースの立場を悪くした要因でもある。特にミリアは魔力量が他の冒険者と比べても格段に多い。そんな彼女が魔力欠乏に陥るまで頑張って脱出しようとしていたのに、ピースはそんな仲間を見捨てた……。 「ごめんな、ミリア。俺が不甲斐ないせいで」 「えー、なんで謝るのさ。ミリアはミリアのために頑張っただけだもん」 「いや、実際にお前たちを迷宮に置き去りで逃げちまったんだ。実際、俺の冒険者資格も停止になっちまったしな」 「……そうなんだ。でも、じゃあ今は暇ってこと?」 「いや、ラリーの紹介で新人に冒険の基本を教えている」 「それって女の子?」 一瞬、ミリアの目付きが鋭くなる。それに対してピースはぶんぶんと首を振った。 「いや、その、女子は女子だが、勘違いするなよ? ラリーの恋人なんだから」 「え? ラリーってカノジョいたの?」 「なぁ、お前も知らなかっただろ? 冷たいやつだよ」 「言いそびれていたんだってば」 ラリーは頭をかきながら、 「それより問題なのは、ミリアにも記憶がなかったってことだよ。何があったんだろう?」 「リカは?」 「彼女も君より早く目覚めているが、記憶は失っていた。あるいは君たちが巻き込まれたという霧、そこに記憶を失わせる何かがあったのかもしれない」 「記憶喪失にさせる霧なんて聞いたことないわよ? ましてや、ミリアやリカは冒険者としても上級だったのよ? そんな罠に引っ掛かると思う?」 「それはそうなんだが……。それくらいしか、三人とも肝心な記憶がない理由を説明できないんだ」 「いや、もうひとつ説明できる方法があるだろ」 ピースは視線をラリーからミリアへ変える。 「ミリア、俺たちがもぐっていた時に、他の冒険者を見たか?」 「確か一回だけ会ったよね。三人連れで、あれはサイファーのとこだったっけ?」 「そうだ。実際、お前を助けてくれたのもサイファーだった。だけど、入り口付近ではもうひとり目撃された男がいたそうだ。ソロの冒険者で」 「ソロ……。男のソロ冒険者なんて知り合いにいないよ?」 「そうだ。俺たちは知らない相手ってことだ。でも、そいつが記憶操作するような魔霧を放っていたとしたら?」 「そんなのあるの?」 「あったら、って話だよ。そうしたら全部説明できるだろ。何か隠したいことをしていたから、秘密に気づいた俺たちの記憶を奪い、混乱させた。そう考えればしっくり来るだろ」 「うーん。理屈はわかるけど……」 そう、記憶を奪う魔法なんていうのは今のところ発明されたことはないし、完成しても禁術となることは確定的だ。 人間の記憶はそんなに簡単なものではない。どんな記憶もそれ以外の記憶と結びついており、どこかを剥がせばどこかに綻びを生じる。 「ピース、これ以上は情報も出ないだろう」 「ちっ、仕方ないか。ミリア、何か思い出したら風聞鳥をくれないか」 「いいけどぉ、でもその前に退院祝いが欲しいな〜?」 「……まだ気が早いだろ。もう退院するのか?」 「するする! ミリア超元気だもん!」 「まあ、検査してからになるだろうけどな。そもそも体に不調はもともとなくて、ただ魔力が足りていなかっただけだ。肉体は健康そのものだよ」 はぁ、とピースはため息をつく。 「わかったよ。で、何が欲しいんだ?」 「えっとねー、ミリアとデートして!」 「……やっぱり?」 キラキラとした瞳を見せるミリアに、ピースは嘆息するしかなかった。 |