樹洞から戻る道すがら。
 ミヅホとハルトが先を行く中、ピースとリンは後衛を務めていた。
「リン、さっきの戦闘はよかったぞ。切り替えも早く、最後まで警戒していたな」
「……先生のおかげです」
「俺は何もしていないぞ」
「そんなことありません。先生が、最後までハルトを信じろと言ってくれました。だから私は、ハルトが強化してくれると信じてサイクロプスに突っ込めたんです」
「……」
 霧を作り出す錬金魔法は、目眩ましに使うことはできる。そのおかげでジェントルバグの攻撃も一時的に凌げたが、一方でサイクロプスの豪腕には関係がない。
 リンが無策に突っ込めば、普通に考えて踏み潰されていただろう。
「彼、先生が言っていた通りですね。外界からの情報でパニックになる癖がある。ミヅホがピンチになった瞬間、動揺して詠唱できなくなりました」
「そうだな。今までの失敗はどれも同じだろう。特に接敵すると混乱し、詠唱が雑になる。結果として失敗し、成果が出せない」
「その一方で、落ち着いて行う動作はどれも飛び抜けています。だから霧は有用だと思いました」
 情報量を制限することが、かえって彼にはメリットになるのだ。
「優秀なのに能力を発揮できない、だからポンコツに見えるってか。まあ、それ自体はよくあることだ。迷宮で能力を発揮できないっていうタイプはな」
「そうなんですか?」
「お前らはともかく、普通の人は迷宮だと極度に緊張するものだ。町中で発揮できるクオリティも、迷宮内だと発揮できないというのは珍しくない。普通は場数を踏めば解消する問題だから、あいつは少し極端だが……」
「性格なんでしょうね」
「問題は、そのせいであいつの自己評価が低いことだな」
「自己評価ですか」
「あいつが今までパーティを抜けてきた理由、ちょっと聞いてみたんだが。確かに失敗は多く、迷宮ではそれが致命傷になることも少なくない。だから彼の評価が低いというのは、必ずしも間違っているわけじゃないんだが」
「実際には優秀ですよね」
「いくら自力があっても、それを発揮できなければ持っていないのと同じだ」
「つまり、いつでもあのパフォーマンスが発揮できるようになればいいってことですね」
「そういうことだな。ふむ……。リン、少し手を貸せるか」
「はい、なんでしょう」
「お前の錬金術なら、少しばかり面倒なアイテムも自分で精製できるからな」
 ピースが内容を伝えると、リンはこくりと頷いた。
「そのくらいなら。戻って部屋で精製します」
「頼むぞ」
 ピースはハルトの背中を見つめる。
 その背中は、いかにも小さく見えていた。

☆   ☆   ☆   ☆


 数日後。
 ハルト・キッスは荷物を抱え、とぼとぼと歩いていた。
「はぁ……」
 先日の樹洞探検。ハルトがいなければそもそも成功していなかったのだが、彼の中での評価は違っていた。またもや自分が足を引っ張り、サイクロプスとの戦闘も苦戦したーー。
 事実とは異なる情報なのだが、彼は自分の中でそういう評価を下していた。
 ハルトは常に自分が足を引っ張っているという、根拠のないネガティブな確信がある。
 そのせいで本当に失敗するし、失敗した事実だけを覚えている。成功したことは覚えていないのに、だ。
 結果的に失敗だけが積み重なっているように思えてしまい、迷惑をかけたくないからと脱退してしまう。そんなことを繰り返した結果が今の自分だ。
 今日もリンたちと待ち合わせてはいるのだが、なんとなく会いたくない。失敗をなじられるのが怖いのだ。
 ーーしていない失敗をなじられることなどないのに。もはや被害妄想に近い。
 公園の入り口が見えてくると、足が自然と止まってしまう。
 行きたくない。会いたくない。
 人の目が怖い。人の声が怖い。
 他人は彼が思うほど敵ではない。だが、ネガティブな彼にとっては、世界に味方がいるという簡単な事実が見えないのだ。
「このまま、帰ろうかな……」
 きびすを返そうとした瞬間、肩を叩かれた。
「ひっ!?」
「ハルト、やっと来た! 待ってたわよ」
「ミ、ミヅホさん……」
「ほら、リンもこっちにいるから」
「あ、ちょっ」
 怪力のミヅホに引っ張られては、さすがに抵抗もできない。そのまま連行される囚人の気持ちで歩くと、ベンチに座ったリンが待っていた。
「ああ、ハルト。やっと来ましたね」
「あ、う、うん」
「これを渡そうと思って」
 リンが取り出したのは、耳当てだった。頭の上からかぶるタイプで、黒一色に染まっている。
「み、耳当て? 別に寒くないですけど……」
「これはそういうアイテムではありません。起動させるとあらゆる音を吸収し、聞こえなくするマジックアイテムです」
「あらゆる音を吸収する……? 迷宮でそんなことしたら危ないですよ」
「あなたを守るのは私たちが務めるので問題ありません。一方で、あなたは魔法に集中すれば私たちより腕が良いです。先日のサイクロプス戦も、あなたがいなければミヅホは踏み潰されていました」
「それは……」
「あなたの弱点はふたつ。ひとつは仲間との戦闘に遠慮があること。ひとつは自分自身を信じきれていないことです。それらは、結局のところあなたの自己評価に帰結する」
「……ボクは、ダメな冒険者ですから」
「そうですね。でも、何の取り柄もないわけではない」
 リンはそっとハルトに耳当てをかぶせる。
 すると、本当に何の音も聞こえなくなった。いや、よくよく耳をすませれば聞こえてくる気もするのだが、気にならないと言うべきか。
 目の前で、リンの口が動く。

 ーーし、ん、じ、て、ま、す。

「あ……」
 耳当てを取る。音が戻ってくる。
「ふふっ。これからもよろしくお願いします、ハルト」
「そーだよ!」
「わっ!?」
 がばっ、と後ろから抱き締められ、ハルトもよろける。
「ミヅホさん!?」
「あんたってひょろいかと思ったけど、意外と強いのよね! 頼りにしてるわ!」
「ミヅホ、あなたはもう少しちゃんとして下さい。前衛が敵に踏み潰されそうになってどうするんですか」
「いやー、あはは」
「まったくもう。さ、反省会はこのくらいにして、コンビネーションの練習をしましょう」
「はーい。ほら、ハルト、行くよ!」
「えっ、あっ、はい」
 手を引っ張ってくれる仲間。
 失敗しても見捨てないと確信できる仲間。
 彼自身に足りない、自分を信じるという心。それを補うことができる仲間。
 それが、彼に必要なものだったのだろう。