帝都から馬車で三日ほど走ると、ひとつの岩山が見えてくる。
 テムタ鉱区。鉱山から武具に使う特別な石を採掘する目的で開発された場所で、当初は石切職人たちと、彼らを下級モンスターから守る護衛が住む町だった。
 鉱山にはまれにモンスターが出現するものの、それぞれはさほど強くなく、討伐を生業とする冒険者なら問題なく処理できていたと言われている。
 それが一変したのは30年ほど前のこと。鉱山の奥が空洞と繋がり、そこから上級モンスターが現れるようになったのだ。
 今では町に住む人もおらず、鉱区そのものが迷宮として、上位冒険者以外の出入りは禁じられている。
 廃墟となった町を抜け、岩ばかりで草木のない山道を進むと、大量の横穴が見つかった。
「ここがテムタ鉱山か」
「この中で奥地に繋がるルートは一本だけ。ただし整備されていないし、モンスターも出現するようになったから地図は当てになるとは限らない」
「じゃあどうやって進むの?」
 巨大なハンマーを担いだミリアに、ピースは首を鳴らしながら答える。
「探索の魔法は普通に通じる。道を確認しながら進むのは冒険者の基本だろ」
「探索は任せるわよ。アタシは討伐専門なんだからね」
「ミリアも探索は苦手よ?」
「わーぁってるって。お前らにそんなもん任せられるか。あくまでミリアは俺の護衛、ローズは進む先に出てくる邪魔なやつを蹴散らすだけだ」
「了解。わかりやすくていいわね」
 片刃の斧を肩に担ぎ、ローズはにやりと笑う。
「じゃ、入りましょ。道案内は頼むわよ」
「おう」
 魔法光で坑道内を照らしながら入っていく。
 道幅は意外と広く、足元にはレールが敷かれている。鉱石を運ぶトロッコ用のレールだろう。
 ところどころに篝火を灯せる場所はあるため、それらに魔法光を点けながら進んでいく。
 闇の中から何かが飛び出すが、出てきた端からローズの斧が蹴散らしてしまった。
「……」
 破片になったモンスターを見る限り、やはり強力なモンスターが多い。
 ブラックビースト、パラレルスコーピオン、アークスピリットーー。
 どれもこれも、並の冒険者なら三人がかりでも返り討ちに遭うような強敵だ。それらをローズはものの数ともしない。
 本気ですらない。ただ斧を振り回す、それだけでモンスターたちが絶命する。一般的には女の方が腕力も弱いとされるが、彼女に限って言えばピースの10倍は力がありそうだ。
「こりゃあの女に戦闘は全部任せて問題なさそうだな……。最強ってのは伊達じゃない」
「アタシが最強って言われるのも少し納得できないところあるけどね。ミリアもアタシと同じくらいパワーがあったはずでしょ?」
「腕力だけならね」
 ミリアはバーサーカー、腕力だけならローズに匹敵するだろう。一方で一度戦闘になると我を忘れるところがあり、相手を抹殺するための兵器と化す。
 パワーだけでなくスピードも兼ね備える”迅雷”とはそこが違う。正面から殴り倒す重戦車と、高い機動力を持つ戦闘機の違い。
 ミリアのハンマーを受ければローズでも致命傷になる。だが、そもそもローズはハンマーの攻撃を受けることなどないだろう。
 これが、彼女が最強と噂される所以でもある。
「そこまで強いんだ、もう敵なんかいねえだろ」
「さあ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。アタシはもっと強くなりたいだけだから」
「それ以上かよ。武力を極めるつもりか」
「そんな不遜なことは言わないけど……。いざ強さが必要になった時、自分の力が足りないなんてことを理由にしたくないだけだから」
「お前が力不足ってなら、人類全てが力不足だよ」
 ーー俺も、な。
 ピースは続く言葉を飲み込む。
「ねえねえ、なんでそんな強いことにこだわるの?」
「なんでって、今言ったでしょ」
「そうじゃなくってさ。力が足りないと思った経験……。あるんでしょ?」
 ミリアはローズの顔を覗き込む。が、ローズはそっと目をそらした。
「なんでもいいでしょ。聞きたければピースに聞けばいいじゃない」
「ピースは知っているの?」
「ん、まあ、噂ならな」
「噂?」
 ピースはちらりとローズの顔色を窺う。何の表情も浮かんでいなかった。
「ローズはもともと、師匠と二人で組んでいた討伐パーティだった。ガキの頃から優秀で、特に戦闘は他の追随を許さないレベルだったって聞いている。学内じゃ負け無しだったとか」
「ま、同年代ならね」
「で、こいつと師匠が二人で挑んだ討伐クエスト……。赤竜の洞窟での討伐で、師匠が負傷したと聞いている。それからこいつはソロで、それでも討伐であることにこだわった」
「……まあ、だいたいその通りよ」
「赤竜の洞窟ってことは、クエスト対象はレッドドラゴン? わざわざ倒さなくても、あいつは洞窟から出てこないでしょう?」
「本来は採取のための露払いだったの。赤竜の洞窟は、あそこでしか手に入らないマグマクオーツって石があって、それが必要だからって話」
 ローズは視線を足元に落とす。魔法光によって伸びた影が、岩壁に染みている。
「アタシが、未熟だったから。師匠はレッドドラゴンなんかに負ける人じゃなかった。アタシをかばったから負傷して、そのせいで……。引退を余儀なくされた」
「討伐なら師匠が弟子を守るのは当然だろ。お前が気にやむことじゃない」
「師匠にも言われたわ。お前が気にやむことじゃない、お前が悪いわけじゃない。でも、そういうことじゃないの。アタシが悔しかったの」
 ぐっと握った拳。手が赤く染まっている。
「アタシがいなければ師匠は負傷しなかった! 当時のアタシは確かに学生としちゃ最強だったかもしれない、でもまだ未熟だった! そんなことを忘れて、一人で突っ走って……。そんなこと、もう二度と起こさない。起こさせない。そのために、アタシは誰よりも強くならなきゃいけないの」
「他人のために強くなるなんて面白くないでしょ? ミリアは自分のためにしかやらないよ」
「……」
 ローズが足を止めると、自然と二人も足を止めることになる。
 沈黙が落ちた。鉱区のどこかからモンスターの気配はするものの、近くには姿もない。
「自分のために、ね」
 顔を上げたローズは、まっすぐミリアを見つめる。
「アタシは自分のために強くなってるのよ。自分が後悔しないために」
「ふうん。ならいいじゃない、あんたは強くなりそうだわ」
「何を言ってるの。アタシより強いやつはいないっての」
 くすりと笑い合う。
 ピースは嘆息し、足を止めたついでにマップを取り出した。
「ん、この先で右に曲がるルート。そこが目標だ」
「了解」
 まっすぐに進むと、道が大きく右方向へカーブを描いている。
 進む先が見えない。慎重に進んで行くと、ぽっかりと開いた大きな穴が現れた。
「ここだ」
 大穴の向こうは暗闇が広がっている。それはまるで、巨大な獣が口を開いているようにも見えた。