その空間は、魔法光をもってしても広さが分からない場所だった。
 天井はどこまでも高く、果てが見えない。壁はまっすぐ上にそそり立っており、滑らかな断面をさらしている。
 ところどころに見える柱は、粗削りながら装飾のようなものも見てとれた。
「なるほど、ここが神殿エリアってわけね」
「奉っている神様もよくわからないけどな。けどまあ、神殿ってのなら、神様は決まっている」
「魔王ねえ」
 三人で空間に足を踏み入れる。かつん、と響く足音。意外なことに、生物の気配はない。
「で、ここでなんだったかを採取するんだっけ?」
「いや。採取はしねえ」
「え? じゃあなんでここまで来たのよ」
「言っただろ。ここで闇のアイテムを漁っているやつがいるんじゃねえか、って話」
「漁るやつどころか、生き物さえいない感じだけど」
 綺麗な石畳に、つるつるの壁。生き物が生存できるような空間には見えない。
 野生動物が存在するなら、そこには草木があり、虫が飛び、それらを食べる生物がいるのが当たり前だ。糞や血があれば、当然もっと汚れている。
 だが、ここは綺麗なのだ。獣が掃除をするはずもなく、ということはそんな存在がいないと考えるべきなのだが。
「ま、こいつは半分勘なんだけどな」
 ピースは足を止める。何もない空間のようにも見えるが。
「俺の探索スキル、舐めんじゃねえぜ!」
 ガン、と足元を蹴飛ばす。すると壁が動き、空間が見えた。
「か、隠し通路!?」
「よくわかったねー、さすがピース!」
「まあな。で、そっちが本命ってわけか」
 隠し通路の向こう側。闇がうごめいている。
 闇の中からゆらりと現れたのは、腐った人間の死体。リビングデッドだ。
 ずらずらと現れたリビングデッドは、たちまち10を越えた。それでも通路の向こうにはまだ控えている気配がある。
「死霊軍団のお出ましだ。片付けは頼むぜ、最強」
「はん! 気色悪い敵ね!」
 斧を構え、ローズは飛び出す。
 リビングデッドはパワーもあり、痛みも感じない。だが、ローズの破壊力があれば関係がない。
 斧の一振でリビングデッドの体が吹き飛び、砕けて転がる。バラバラの破片になってもまだ動きそうではあるが、それらはピースが踏み潰しただけでも動きを止めた。
「はっはァ!! その程度か死体ども!!」
 容赦のない破壊の嵐が巻き起こる。リビングデッドが束になっても敵う相手ではない。
「……そうだ、ローズ相手にリビングデッド程度じゃ相手にならない。どうするさ?」
 ピースがぽつりと呟く。すると、闇が揺れ、一人の男が姿を現した。
「やめてもらえないか。リビングデッドもタダではないんだ」
「ようやくお出ましかい、大将」
「ピース・チャックか。お前には会いたくなかったよ」
 禿頭にガッシリした体躯。深緑の服を着ているが、鎧のようなものは身に付けておらず、武器を持っているようにも見えない。
 ありていに言えば無防備な一般人だ。だが、そんな人物が滞在できる空間ではない。
 それにーー言葉では言い表せない凄みがある。こんな人物が、まともな人物であるはずがない。
「名前くらいは聞かせてもらえるかい、不審者?」
「ミハイルだ」
「へえ。意外だな、教えてくれるのか」
「知られて困ることもないからな。仕事でも使っている名前だ」
「仕事?」
「なに、お前のようなまともな冒険者が関係するような仕事ではないよ」
「そりゃアウトローと考えていいのかな?」
「ご自由に」
「まともな冒険者がアウトローに会ったらどうするかってのも聞くかい?」
「面白いジョークでも聞かせてくれるならな」
「わりぃが、ジョークは苦手なんだよ!」
 ピースは駆け出す。術式はすでに起動している。
「ふっ!」
「はッ!!」
 高速で飛び回るピース、固めた拳で応戦するミハイル。
 だが、ピースの術式は拳では防げない!
「ボム!!」
「ッ!!」
 至近距離で発生する爆発。本来なら小石を割る程度の威力しかない魔法だが、ピースが使えば小規模な爆発へと増強される。
「なるほど、こいつがお得意の”神楽”というやつか!!」
 高速で飛び回るピース。相手に近づいた瞬間、攻撃魔法で爆破する。
 ヒットアンドアウェイ、その究極だ。近づいた瞬間は攻撃するタイミングであり、それ以外の瞬間は敵の間合いから離れる。
 爆破の魔法で攻撃することで、カウンターを合わせることも難しい。下手に拳を突っ込めば指が飛ばされる。
「なるほど、随分と割り切った戦闘スタイルだな。だ、が!」
 至近距離に詰めるピース、その瞬間ーーリビングデッドが割り込む。
「ッ!!」
「お前の戦いはタイマン前提だ、ネクロマンサーには通じん」
 爆破魔法は強力だが、間に盾を入れられてしまうと衝撃を殺される。
 腐った血が飛び散り、ピースは逃げざるをえない。
 だが。
「遅いぞ!」
 着地する場所、そこにいつの間にかリビングデッドが湧いている。足を取られ、ピースの動きが止まった。
「ちっ! めんどくせえヤロウだな、お前は……!」
「そういう君は所詮冒険者だな。戦争には向いておらんよ」
「はん。お前は戦争屋ってわけか。争乱でも起こそうってのか?」
 ピースに張りついたリビングデッドたちは、ミリアが豪腕でひっぺがす。そのまま、ピースのかたわらで巨大なハンマーを構えた。
「別に俺は戦争をしたいわけじゃない。結果的にそうなるかもしれんがな」
「そういうことを言う時点で、お前は信用できねえんだよ!」
「ではどうする? 君たちで俺を捕らえるつもりか?」
「そのつもりだぜ。リビングデッドの生成と使役は禁忌だ、御題目も十分だしな」
「法律論には興味がない。実力の問題だ」
「こっちは三人だぜ。お前がいくら強かろうとどうにもなんねえだろ」
「だからお前は冒険者だと言うのだ」
「……!?」
 闇から新たな死霊が現れる。
 腐りきった体はリビングデッドと同じだが、朽ちた羽、ただれた鱗、落ち窪んだ眼窩……。
 それは冒険者として、迷宮内で出会った際には逃げの一手を打つべき相手。勝つとか負けるとか、そういう議論をすべきではない相手。
「ドラゴンゾンビ。パワータイプの二人とでは、なかなか重い相手だろう?」
 ただでさえ強力なドラゴンというモンスター。それが死霊になることで、痛みを忘れ、よりパワーを増した存在。
 四つの足でしっかりと地面を踏みしめ、口からは瘴気を吐き出している。
「けっ、めんどくせえヤロウだな、本当によ!」
 オリーブサイクロプスなど比ではない。ドラゴンゾンビは、普通の冒険で出会うことなどまずまずあり得ない相手だ。
 討伐するには専用の装備をして、10人以上で挑むのが基本となるような相手。目撃例が少なく、冒険者ギルドでも明確な対策方法を打ち出したことはない。
 ピースの経験をもってしても、どう対処すべきか判断に迷うような敵ーー。
「もう一度聞こうか。面白いジョークでも聞かせてくれるか?」
 欠片の笑みさえない顔で、ミハイルはそう言った。