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数日後。小さな飲食店の小さな席。 ひとつのテーブルを挟んで、ピースとローズは向かい合っていた。テーブルの上ではティーカップが置かれているものの、すでに湯気は落ち着いている。 「あれからギルドの知り合いに事情を話した。ギルドは討伐のために例の迷宮へパーティーを向けたそうだが……」 「だが?」 「リビングデッドの一匹さえ発見できなかったそうだ。やつはまた姿をくらました」 「……そう」 なかば予想はされていた。拠点を発見された時点で、いつまでもまごまごするような男ではないと分かっていた。 「ミハイルの格闘能力も高いが、それ以上に気にかかるのは死霊を操る能力だ」 「でも、死霊がいくら揃ったところで、帝都に入ることはできないわ。防御結界があるんだもの。あいつが迷宮で何をしでかしたところで、支障があるのは冒険者だけだし」 「それだけでも結構な損害ではあるけどな。気にかかるのは、あれだけの死霊を集めている目的だ」 ドラゴンゾンビ一匹だけでも、かなりの戦闘能力がある。だが、ミハイルはそれだけでなくリビングデッドも集めていた。あの場で出てきたのはそれだけだが、用意周到な人物であれば他にも用意をしていると見るべきだろう。 それだけの戦力。それこそ帝都を落とすつもりなんだろうか。 「数が集まろうが質が集まろうが、防御結界がある限り手出しはできない。それはつまり……」 「ミハイルが防御結界を破壊しようとするってこと? それこそ不可能だわ。城にいる兵士を片っ端から倒さなきゃいけないのよ?」 「そう、そこなんだよな……」 普通に考えれば帝都の守りが破壊されることなどありえない。魔物は入ってこられないがゆえに戦力は足りず、いくら減ったとはいえ本丸である城の防御は堅牢だ。 国家レベルの戦力を、たった一人の男が用意するというのも無理がある。 それに、他にも気にかかることはある。 「そんなことをして、あいつに何のメリットがあるかってことだな……」 城に仕掛けるなんて重罪だ。間違いなく死罪となる。 そこまでのことを仕出かす動機というか、メリットのようなものが考えられないのだ。彼が何のメリットもなく愉快犯的に行動しようとしているのなら話もわかるが、そういうタイプにも見えなかった。 「底の知れない男ね……。強さも含めて、なにもかもが謎だわ」 「ああ。まあ、鉱区以外の迷宮でもあいつはお尋ね者になったんだ。そのうちどっかの冒険者が見つけるだろうが……」 「大丈夫なの? その、見つけちゃった冒険者は」 「そればかりは信じるしかない。そいつの冒険者としての技量をな」 「あんたの弟子は? 見つかったら殺されるんじゃないの」 「……一応、気にかけておくけどな。あいつらが発見できるような迷宮に、あいつの拠点はないと思っている。死霊をたくさんキープしなきゃいけない以上、迷宮の外にはいないだろうしな」 「ま、その時にはまたアタシに依頼しなさい。今度こそ討伐してみせるわ」 ローズはぐっと拳を握る。 「アタシ、まだまだだ。もっと強くならなきゃいけない」 「お前さんは十分強いよ」 「それでもアタシじゃミハイルには届かなかった。もう負けたくはないのよ。……もう二度と、アタシの前で誰かが倒れるのは嫌なの」 「……そうだな」 ピースはごそごそと懐に手を入れると、金貨を取り出す。 「とりあえず今回の報酬だ。お前がいなきゃヤバかった、助けられたよ」 ローズは金貨をじっと見つめ、それを押し返す。 「今回、アタシはあんたたちを無傷で返せなかった。アタシの力不足よ。だからこれは受け取れない」 「いいのか?」 「そのかわり、ミハイルの情報はアタシにもちょうだい。今度こそアタシがあいつを倒してみせるわ」 「そりゃ心配しなくてもお前さんまで渡るよ。なにせ現役最強だ、お前以外にあいつを倒せるやつはいない」 「どうかしらね。ピース・チャック、あんたならやってのけそうだけど?」 「買いかぶり過ぎだよ。俺は戦闘能力なんてたいしたことない。ただちょっとばかり、こずるい手を知っているだけさ」 「こずるい、ね」 「本当さ。神楽の魔術だって、俺以外のやつでも使えるものだ」 「そんなことはないわ。突撃、砲撃、防壁、維持、探索、指令。運搬を除く六つの役割、それら全てに理解がなければ神楽の術式は成立しない。攻撃しか知らないアタシには、あの術式を使いこなすことはできないわ」 「……俺が、何にも特化していないからこそ使わざるをえなかった術式なんだよ、あれは」 「自身を強化し、至近距離で相手を爆破する。言うだけなら簡単だけど、地形の把握、強化の維持、爆破の反動を抑える防御、防ぎきれない負傷の治癒、攻撃継続の瞬間的な判断……。どれもこれも相応のレベルでなければいけない。それに、神楽の術式はそれが真骨頂じゃない」 「知りたいのか? 神楽の奥義。知りたいなら教えてやるぜ」 「だから言ったでしょ、アタシには無理だって。でも、あんたが弟子にそれを仕込んだら、アタシだって勝てるか分からなくなる。それほどの技術でしょう」 「何が言いたい?」 「あなたの力は、あなたが思っている以上にすごいってことよ。それでもアタシは負けない、負けられない。誰にも負けたくない」 ローズはガタリと席を立つ。 「ごちそうさま、ピース・チャック。次に会うアタシは、もっと強くなっているわよ」 パチンとウインクし、ローズは立ち去った。 机の金貨を懐に仕舞いこんだピースは、ひとりで呟く。 「本当に、そんなたいしたもんじゃねえさ。俺なんてな」 薄暗い洞窟の中。冷えた空気が鼻腔をくすぐる。 「ふむ。ドラゴンゾンビが2、リビングデッドが10、デッドリーベアーが5……」 ミハイルは闇の中、自身がコントロールしている戦力を数え直していた。 「やはりピース・チャックの影響は無視できんか。倍、いや、三倍は戦力が欲しいところだが……。さすがにドラゴンゾンビの調達は少々面倒だな」 と、ミハイルは顔を上げる。 「何? そこまで警戒する必要があるのかだと?」 ミハイルはほんの少しーー本当にわずかだけ、口許を緩めた。 「当然だろう。あの男が今回の計画における鍵なのだからな」 |