帝都から南へ進んだ先に小さな山がある。
 公式には迷宮も存在せず、近隣の都市に繋がる街道からも外れたその山は、完全に放棄されていた。そんな山の中腹に、小さな洞窟があるなんてことは誰も知るはずがない。
 そしてそこに、大量のアンデッドが隠れていることも。
「ふむ」
 帝都の地図を見ながら、ミハイルはうなる。
 洞窟の薄闇にまぎれていた。ゴツゴツとした岩肌に囲まれた狭い空間には、二人の姿があった。お互いに平たい岩を挟み、顔を付き突き合わせている。
 ひとりは禿頭の男。もう一人は大きなリュックを脇に置いたホビットの女だ。
 真剣に地図を見ているミハイルに対し、ホビットは退屈そうだった。
「やはり問題は北門だな」
「そこから攻め込むんすか?」
「いや。門からの襲撃は現実的ではないな。東西南北、全ての門が厳重に警備されている」
「旦那とアンデッド軍団なら、そのくらい蹴散らせるでしょ」
「正面突破したところで、後は続かん。それでは無意味だ」
「じゃあどうするんすか?」
「もちろん急襲する。戦争の定石だ」
「ふうん。ま、アタシゃ派手にやってくれればそれでいーんすけどねぇ。騒ぎが大きい方が儲かるっす」
「お前は本当に……」
「なんすか。サウザンちゃんの商売方針に文句でもあるんすか。旦那だって十分に金だけが目的じゃないすか」
「それはそうだが」
「ならいいじゃないすか」
「お前は気楽だと思ってな……。とりあえず、北門の調査が必要だ。ちょうど今は祭り期間で警備も薄い、潜入はたやすいだろう」
「ミハイルの旦那が自分で行くんすか?」
「他におるまい」
「それはいいんだけど、旦那はめっちゃ目立つじゃないすか」
「変装くらいはするさ」
「ふうん? その程度でピース・チャックを欺けるんすか?」
「やってみるさ。それでサウザン、必要な物資の調達だが」
「はいはい。金さえ貰えればアイテムから死体まで、なんでも調達するっすよ」
「どんな死体でもアンデッドにできるわけじゃないからな、雑に集めてもらっても仕方ない。それより死神の宝珠を集めてくれ」
「いいっすけど、高いっすよ」
「なに、クライアントは金に糸目をつけん。少々値が張ったところで問題ない」
 そう言って、ミハイルはにやりと笑った。

☆   ☆   ☆   ☆


「よし、ここまで」
「は、はい。ありがとうございました」
 ピースがパン、と手を鳴らすと同時、ハルトはへたりこんだ。
「なんだ、もう体力切れか。情けないな」
「そ、そうは言っても、もう魔力も体力もすっからかんですよ……」
 そうぼやきながら、ハルトは草地に倒れた。
 ここは帝都の東門を出てすぐの草原地帯だ。
 どこまでも広がる草っぱら。そこで、ハルトは神楽の術式を教わっていた。
「今さらですけど、こんな人目があるところで習っていていいんですか?」
「別に門外不出の術式ってわけじゃないしな。というか、教わったところで誰にでも真似できるもんじゃねえ」
「確かに……」
 強化魔法と攻撃魔法を強制的にループさせる神楽の術式は、タイミングを間違えば自爆しかねない危険な術式だ。
 ハルトは色々な経験を積んでるがゆえになんとかなっているだけで、普通の冒険者が使えばすでに腕の一本や二本は失くしているだろう。
 だが、さわりだけでも術式の真価は感じ取れていた。
「射程に魔力を使わないぶん、威力がとても高い……。しかも時間経過と共に強くなっていく。確かにこの術式をマスターすれば、勝てない相手はいませんね」
「この術式で一番大事なのは、相手に致命傷を与えることじゃない。いかにして術式を維持するかってことだ。なにせ維持するほど強くなるからな、中断させられるのが一番痛い。そのためには攻撃魔法をわざと外すことさえある」
「難しいですね……。術式を知っている相手なら、間違いなく中断させようとしてくるでしょうし」
「そこで一番大事なのがサーチ系の魔法だな。どこを足場にし、どうやって相手の反撃をかわすのか。相手のやることを先読みできなきゃいけねえ」
「それが難しいんですってば」
「何が難しいですって?」
 声に振り向く。そこにいたのは、燃えるような赤い髪。
「ローズさん?」
「また会ったわね、ピース・チャック。ハルト・ファイル」
 最強の冒険者・ローズ。ピースは調査関係で依頼したこともあるが、ハルトとの特別な接点はなかったはずだ。
「なんだよ、最強の。今日は依頼なんてねーぞ」
「わかっているわ。それよりハルト・ファイル。あなた、神楽の術式を練習しているのでしょう?」
「え? あ、はい、まあ」
 ここで練習するようになってすでに三日目。噂にでもなっているんだろうか。
 するとローズは自信満々の笑みを浮かべ、
「手伝ってあげるわ。このローズ・キックオール様がね」
「えぇ!? な、なんでです!?」
 目を丸くするハルトに対し、ピースはいくぶんか冷静だった。
「どういう風の吹き回しだ、ローズ。新人冒険者の練習なんかに付き合ったって、お前さんにはなんのメリットもないだろう」
「そんなことないわ。特に神楽の術式は、新人もベテランも関係ない。単純な出力だけならドラゴンさえも越えられる」
「そりゃそうだが……。お前は相手の攻撃を受け止めるような役割じゃないだろう」
「そうね、突撃して相手を蹴散らすアタッカー。正面きって相手の攻撃を受け止めるなんてのは性分じゃない。でも……。それだけじゃ足りないとも思うのよ」
「……ミハイルか」
 ローズは頷く。
「あいつは格闘術しか使わなかったけど、一撃の重さは爆破魔法に匹敵するものだった。正面から殴られたら耐えきれない。相手の攻撃を外すことができるようにならなきゃいけないのよ」
「そのためにハルトを利用しようってわけか」
「悪く言えばそういうことね。神楽の爆破魔法は速度とパワーがミハイルの攻撃イメージに近い。かといって、ピース・チャックは練習に付き合ってくれるようなタマじゃないでしょう?」
「ま、今は弟子が三人もいるからな」
「だからこの子はアタシが鍛えてあげるのよ。残りの二人はピース・チャックが鍛えれば良いでしょう」
「……」
「あいつのあの戦力。たぶん時間はあんまりないわ。祭りに乗じてなにかを仕掛けてくる可能性は十分にある」
「……わかった。ハルト、ローズに鍛えてもらうのでも問題ないか」
「あ、はい。術式の詠唱は理解しましたし、あとはコツをつかむだけの問題ですから」
「オーライ、じゃあ俺はリンとミヅホを鍛える。頼むぜ、ローズ、ハルト」
 二人が頷く。
 顔をあげたピースは城門を見上げた。
 何者も寄せつけないはずの、強固な壁。それが、いくらか頼りなく見えていた。