そうこうしているうちに、祭りの当日となってしまった。
 ミニャ・カネチャと約束した早潜り対決の会場となる迷宮前には、仮設のテントが並び、大勢の人が行き来している。
 テントが途切れた場所にはステージがあり、そこでは獣人の女の子が拡声魔法のかかった杖を手にしていた。
「みーなさーん! 聞こえているでしょうか! 本日はメノレ新聞社のアイドルリポーター、チェリー・マリアちゃんが解説と実況と盛り上げ係を兼任いたしまーす!」
 わああ、と盛り上がっているのはステージ前に並ぶファン一同。背中にチェリー命の刺繍が入った上着を着ている。
 そんな喧騒を横目に、ピースと3人の弟子は受付に向かっていた。
「……なんだありゃ」
「知らないの? アイドルのチェリーちゃん。可愛くてガッツもあるって、今人気よ」
「可愛いは分かるけど、ガッツってなんなんだ」
「モンスターに爆破されても生きてリポートするって評判なの」
「……アイドルなんだろ?」
「ほら、女の子も強くなきゃ」
「アイドルに要求する要素か……?」
 まあ世の中には色々な需要があるのだろう。
「それよか、そろそろ競技開始だ。お前ら、覚悟はいいのか」
「もっちろん!」
「問題ありません」
「あ、は、はい……」
 三者三様。もっとも、そのくらいが自然か。
「ハルト、神楽は使いどころを間違えるなよ。失敗すりゃパーティが危機になる」
「わ、わかっています」
「ミヅホ、お前がアホなのはわかっちゃいるが、少しは頭を使えよ」
「ひどくない?」
「リン、いざとなったら撤退を躊躇うなよ。生き残るのが一番良い冒険者だ」
「心得ています」
「よし! じゃ、3人とも行ってこい!」
「はい!」
 3人を受付に送り届けたところで、ピースはふう、と息を吐いた。
「リンたちの調子はどう?」
 ひょい、と顔を見せたのは、友人のラリーだった。
「ラリーか。カノジョの応援か?」
「ま、そんなところかな」
 そして、ラリーはそっと耳打ちする。
「お前に頼まれた件、調査は難航している。状況からして、奴が1人で活動しているとは思えないんだが」
「そりゃどうして?」
「迷宮で生活することは不可能じゃない。でも、アンデッドを1人で大量生産するには資材が足りなくなる。特に街でなきゃ手に入らないものがたくさんある、ところが各門を彼が通過した形跡がない」
「誰が協力するってんだ、そんなアウトローに」
「世の中には闇商人という者がいる。割高だが、金さえ積めばなんでも調達してくるっていう商人だ」
「そんな奴が、あいつに協力してるっていうのか」
「可能性だがね。高いと見ている。そして、今日のお祭りにはそんな闇商人がまぎれこんでいるという情報が入った」
「人相は?」
「身長はお前より低め、性別は女、種族はホビット。通称はサウザン……。お前も警戒しておいてくれ」
「ホビットのサウザン? ……なるほどな」
 闇商人という言葉にはあまり関わりのないピースだったが、サウザンの名前には聞き覚えがある。
 ホビットの中でも特にずる賢い女で、金に執着するタイプだと聞いたことがある。儲けるためなら人を騙したりなんて平気でする女だ、と。
 見た目は可愛いらしく、それで騙されたバカな男の話を聞いたことがあるのだ。
「あいつらが潜っている間、俺にやることはないからな……。いいぜ、探してやるよ」
「助かる。祭りの警備だけで手一杯でな、手配人を探す余裕なんて全然ないんだ」
「ま、そりゃそうだろな。そういやミリアは?」
「あっちの露天で楽しそうにしてたが」
「あいつはお祭り好きだからな、助かるよ。あいつが一緒だと人探しなんてできねえからな……。ましてや女なんて」
「いいカノジョじゃないか」
「バカ言え。付き合ってねーっての」
「素直になればいいのに。じゃ、頼んだよ」
 それだけ言って、ラリーは離れて行く。忙しいというのは本当のことなのだろう。
 ピースは人混みを見渡す。この楽しそうな空気に、悪いことを考えている人物がいるのだろうか。

☆   ☆   ☆   ☆


 受付を済ませたリンたちは、競技者の待機場に移動していた。
 そこに、ミニャ・カネチャはすでに待機していた。
「あら、逃げずにいらしたんですのね」
「逃げたことなんて一度もありませんけど」
「ほーっほっほ、その心意気だけは買ってさしあげますわ! どうせ勝ち目もないでしょうに!」
「まあ負けてもいいんですけど……。これ以上、あなたを増長させるのも違うと思いまして」
「強気ですのね。そちらの方が人数が多くても、早潜り対決なら関係ありませんわよ」
 それはその通りだ。
 人数が多いほど長期戦には向いているが、今回はお祭りということもあって超短期決戦。早ければ早いほどよく、それならば人数は少ない方が動きやすい。
 とはいえソロではできないことも増えてしまうので、参加するパーティメンバーはそれぞれ万能型が強くなる。
 その点、ミニャ・カネチャは生粋の万能型だ。攻撃、回復、防御、探索とそれぞれがそこそこできる。特化した冒険者には及ばないものの、新人とは比べるべくもない有能さ。
 加えて、支援するイーも有能かつ万能プレイヤーである。
 こと今回の競技において、彼女は十分に優勝候補となりうるのだ。
 それを分かっていてなお、リンはリンで冷静だった。
「ま、こちらはこちらで最善を尽くします」
「そうこなくては。張り合いがありませんわ」
 バチバチと火花を散らす二人。その隣でミヅホは屋台で売っていた煮込み料理を食べていた。
「……ミヅホさん、もうすぐ開始なんですけど」
「大丈夫、これ飲み物だから」
「煮物ですよね、それ」
「いいかい、ハルト君? スープは飲み物よね?」
「え? ええ、まあそれなら」
「具が入っていてもスープよね?」
「それはそうでしょうけど……」
「つまりこれは飲み物よね?」
「飲み物とはいったい……」
 言いつつ本当に飲んでる。煮物は飲み物らしい。
 ハルトが頭を抱えていると、すっと音もなくイーが寄ってきた。
「今日はよろしく頼む」
「あ、こ、こちらこそ」
「まさか君と競い合う日が来るとは思っていなかったが」
「僕もですよ。でも、今日は……。負けません」
「ほう」
 鉄面皮のイーだが、表情が少しだけ緩んだ。
「君がそういうことを言えるとはな。少し意外だ」
「そうでしょうか。……そうですね、以前だったら絶対にこんなことは言えなかったと思います」
「それは、仲間が変えてくれたということかな?」
「そうかもしれません」
「ふむ。それは我々にはできなかったことだな。君の師匠は優秀らしい」
「そういうことでは。ただ、リンさんとミヅホさんにはよくしてもらいましたし、力になりたいんです。あ、いえ、イーさんやお嬢様がよくしてくれなかったということではないんですが」
「わかっているさ。君が人のことを悪く言うようなタイプではないことくらいね。ただ、我々とは違う環境というのは、確かに君にはよかったようだ」
 人の感情は環境で左右される。そして、人を動かすのは感情だ。
「我々のところでは、どうしたって君は部下だった。対等な関係にはなれない。君に必要だったものは、対等ながら高め合える仲間だったのだろう」
「対等な仲間……」
「君が少し羨ましいよ」
 イーは背筋を伸ばし、
「良い試合をしよう」
「こちらこそ」
 隣で二杯目の煮物を飲んでいるミヅホがいなければ、もう少しカッコよく締められたかもしれない。