帝都の北側はいくつかのイベント会場が集中している。
 あちらでは歌曲が、こちらでは演劇が、といった具合。やんやと騒ぐ人々の間を抜け、ピースが目指したのは珍しい商品を扱っている商店だ。
 祭りの時期ともなれば人々の財布も緩む。そこに物珍しい異国の製品を並べれば、まあまあ売れ行きはよい。そんな狙いの商店がいくつかあるのだ。
 もちろん中には粗悪品を売りつけるロクでもない店もあるが、そのあたりは自分の目利きが大事ということか。
 そんな玉石が入り交じった空間で、一人の男を見つけた。
 姿形を隠し、なるべく目立たないようにしているが……。
 ピースは男の隣に立つ。男は手に持っていた宝石を露店のテーブルに戻した。
「よう、祭りで警備が手薄な時期を狙っての潜入か? 感心しないな」
「こんなところで騒ぎを起こすつもりか? ピース・チャック」
「そりゃお前さんの態度次第だ」
「……ここだと巻き添えが多い、それはお前も望まないだろう」
「どうだかな。お前さんが俺の冒険者資格と引き換えなら、ちょっとばかり無茶してもいいかなって気持ちにはなってるぜ?」
「その件については、こちらの考えたことではない。無関係とまでは言わないが、意図的にお前から資格を奪ったわけではない」
「そりゃそうだろ。お前がいくら仕組んだところで、結局のところ俺の冒険者資格剥奪を決めたのは協会だしな。でもよ、そのきっかけは……。お前さん、仕組んだんだろ」
「そうだと言ったら?」
「ぶち殺す」
「……」
「……」

 ーードカン!!

 露店の簡素な屋根が吹っ飛び、二人は屋根の上に躍り出る。
「ここなら巻き添えもねえし構わねえだろ!」
「喧嘩っぱやいな。これだから冒険者は」
「戦争屋に言われる筋合いはねえぜ!!」
 互いに露店のテントや商店の壁を足場にしながら、通りを駆け回って行く。
「ミハイル! お前の目的はなんだ!」
「取るに足らんことだ。お前が首を突っ込む必要などない」
「そうはいかねえ、だろ!!」
 手近の店に転がっていたリンゴをつかみ、思いきりぶん投げる。ミハイルはそれをかるく打ち落としながら、
「どうしたピース・チャック。正義の味方というタマでもあるまい。こちらが何をしでかそうが、お前には特に関係ないだろう」
「そうもいかねえだろうがよ。お前みたいな胡散臭いやつが跋扈してるようならな!」
「誓って言っておくが、お前に直接的な損はない。むしろ得になる可能性が高いだろう、それでも邪魔するのか」
「お前さんの信用がない限り……!! 交渉にはなんねえの、さッ!!」
 ミハイルはピースの放ったつぶてをかわす。その隙に距離を詰め、どこかの屋根上でゼロ距離まで持っていく。
「貰ったァ!!」
 魔力を込めた回し蹴り。タイミングは完璧、不安定な足元。かわしようのない状況。
 なのにーーミハイルは上体をそらしてみせた。
「ッ!?」
 のけぞりつつもバランスを崩すことはなく、正確にピースの蹴りを鼻先でかわす。なんとそのまま、足をひっつかんだ。
「このヤロ……!!」
「もう少しおとなしくしていて貰おうか」
 バン! と屋根から地面に叩きつけられた。衝撃で肺の空気が全て持っていかれ、さしものピースも身動きができなくなる。
「てんめぇ……!」
「悪いが、ここで捕まるわけにはいかんのだ」
「そう簡単に、逃がすと思うなよ!!」
 ピースの拳に魔力が走る。それらはピースが撒き散らしたつぶてに反応した。
「ッ!? しまった、魔石の欠片か!!」
「捕まえた、ぜッ!!」
 魔石と魔石が光を結び、ひとつの陣を描く。
 それは、魔方陣によって作られた光の檻だった。

☆   ☆   ☆   ☆


「はッ!!」
 ミニャの振るう剣がミドガルズオルムの鱗を斬り飛ばす。
 すぐさま反撃の牙が襲いかかるが、ミニャはそれを難なくかわした。
「フロストボム!!」
 間隙に、リンの放つ氷の爆撃が大蛇を襲う。体に霜がつき、暴れる力が少し弱まった。
「どっせい!!」
 ミヅホは蛇の尾をつかむと、力任せにぶん回した。洞窟の壁に蛇の体が激突し、ぱらぱらと岩塊が降り注いだ。
「ミニャ、とどめ!!」
「言われずとも!!」
 風のように素早く駆けるミニャが、その剣で蛇の首に斬りかかる。
 刃筋は正確に骨の継ぎ目を切り裂き、首を落とした。
「皆さん、お気をつけて。蛇は首を落としてもしばらく動けます」
「へー、そうなの」
「リンさん、念のため奴の肉体を凍結させておいた方がいいでしょう。首を落とされたうえに氷漬けとなっていれば、さすがに人を襲うことはできません」
「なるほど、任せてください」
 イーの指揮により、てきぱきと蛇の体に処置が施されていく。
 その間も、ハルトは耳当てをつけたまま、周囲を警戒していた。
「どうしたんですの、ハルト。もう戦いは終了しましたわ」
「……」
「ハルト? 聞いていますの?」
「ああ、彼は今、音があまり聞こえていないんです」
 リンは手で合図をする。すると、ハルトは何かの呪文を唱えてから耳当てを外した。
「お見事です、お嬢様」
「あなた音を消していたの? 迷宮で?」
「僕はとっさの事態で、パニックになりがちですから……。雑音がなければ、もう少し集中できるんです」
「だからってそんな危険な真似を……。あなたたち、どうかしてるんじゃなくて?」
「これが僕に一番合っているやり方みたいなんです、お嬢様」
「……まったくもう。あなたが男の子だということ、初めて知りましたわ」
 ミニャは剣を鞘に収めると、
「それで? 耳当てしてまで集中したあなたは、何を唱えたんですの?」
「探索の魔法です。ミドガルズオルムはお嬢様とリンさんたちがいれば問題なく処理できると思ったので、その後にどちらへ行けばいいかを迷宮の奥まで調べたんです」
「へえ! じゃあハルトと一緒に行けばゴールまで行けるってこと?」
「たぶん……。案内できると思います」
「……!」
 ミヅホはにやにやしながらミニャを見上げる。
「へーえ? こっちはもうゴールわかっちゃったわよ、どうするミニャ?」
「別段、問題ありませんわ。あなたがたは途中で同じようなモンスターと出会えば、また失速するに決まってますもの。イー、行きますわよ」
「はい、お嬢様」
 従者を連れて先を急ぐミニャ。リンたちもまた、ハルトを先頭にして奥へと進む。
 通路は曲がりくねってはいるものの一本道で、途中で二手に分かれていた。そこでハルトは足を止める。
「ここで分かれていますわね。それじゃ、あなたがたの後ろをついていくのも失礼ですから、先に行かせて貰いますわ」
「殊勝じゃないの」
「これは勝負ですのよ。あなたがたに、わたくしの優秀さを示せなければ意味がありませんもの」
「まったく、強情な女ねぇ……。うん? ハルト、どうしたの?」
 ハルトは足を止め、目を閉じていた。耳をすませながら、何かを唱えている。
 呪文が完成すると、ハルトは目を開けた。
「やっぱり……。右手の方向で誰かが救助を要請しています。おそらく他のパーティです」
「わかるの?」
「負傷している様子です。動けないメンバーが3人くらい……。残りが1人きりで、全員を連れていけず苦慮しているように感じます。リンさん、どうしますか」
 ハルトたちのパーティーリーダーはあくまでリンだ。リンは頷き返し、
「もちろん救助に行きます。探索は中断です」
「なっ!? あなたたち、これは勝負ですのよ! わかってるの!?」
「探索中に負傷者を発見した際には救護する。これは全てのパーティに対する当然の義務です」
「ただし自分達の不利益にならない限り、ですわ! これは勝負、外では運営委員が状況を確認しています! 程なく救助が開始されるはずですわ!」
「そうかもしれません。ですが、それまでの間にモンスターから襲撃されるかもしれません。少なくても今の私たちは他のパーティを救助するだけの余力がある。なら、安全が確保されるまでは守るだけの義務があると考えました」
「……あな、あ、あなたは!」
 ミニャは言葉が出てこない様子だった。
 あしもとの石ころを蹴飛ばし、
「イー! 右に行きますわよ!」
「お嬢様? よろしいのですか」
「当然ですわ! わたしくは治療もそこそこできますもの、そこらのポンコツパーティよりよほど早く救助できますわ!」
「お嬢様……」
「ほら、ハルト! 案内なさい!」
「あ、は、はい」
 ハルトを押し出すようにしながら、ミニャは後ろをついていく。そんな彼女の姿に、リンたちは薄く微笑んだ。