どこかの屋根上。
 屑魔法石で作り上げられた光の檻。少しでも触れれば、ばしっと火花が散る。
「ど、どうでい、ミハイル……。魔力はおかげですっからかんだが、これはそう簡単に抜けられないだろう」
「なるほどな」
 肩で息するピースに対し、ミハイルは余力を残している。だが、いかに余力があったとしても、結界術を破壊するのは別の技術と道具が必要だ。
「これを狙っていたということか。さすがにやることが小賢しいな、お前は」
「うるせえ、こちとら戦争屋じゃなくて冒険屋だ。生き延びるのが最優先、他人を殺すのが仕事のお前と一緒にするんじゃねえ」
「他人を殺すのが仕事なのは殺し屋だ。俺は戦争屋、争いを作るのが仕事さ」
「けっ、どっちでも変わらねえだろ。大勢殺すつもりなんだろうが」
「戦争は結果的に人を殺すが、人を殺すことは目的ではない。武力をもってこちらの意図を押し通そうというだけの交渉術だ」
「交渉だとぉ?」
「そうさ。こちらの願いがどうあがいても聞き入れられることのないものなら、武力を用いてでも強引に押し通すしかない。これは正当な手段だよ」
「人を傷つける手段に正当もクソもあるもんか」
「見解の相違だな。食い違って意見がまとまらないならどうするか? ……それが武力というものだ」
「……ちっ」
「そう、意見を通すというのなら……。最低限、武力は必要ということだ!」
 バチンと火花が散る。光の檻に、無理やり手を突っ込んだのだ。
「なっ!? このヤロ……!!」
「さらばだピース・チャック。次は準備をしておこう」
 豪腕で光の檻を打ち払う。光が途絶えた瞬間、ミハイルの姿はどこにもなかった。
「くそっ、逃げられたか……」
 檻を作るために魔力を使い果たしたピースは、もう指一本さえ動かす気力も残っていなかった。

☆   ☆   ☆   ☆


 結果的に優勝は他のパーティへ譲る形になった。
 ところが、リンたちとミニャたちはそれぞれ他のパーティを救護したという紳士的行動が評価され、揃って特別賞を受けることになった。
 賞金としてはいくらにもならないが、表彰代わりに受け取ったメダルは、綺麗な黄金色に輝いている。
 洞窟のすぐ近く、屋台も並んだ区画。その隅に置かれたテーブルに、五人は揃って向かっていた。
「あーあ、まったくもう。せっかくあなたがたに、わたくしの優秀さを示すところでしたのに」
「あんたが優秀なのは十分知ってるわよ。それでいいじゃないの」
「ダメですわ。あなたがたがわたくしに平伏するというのであれば考えますけれど」
「それは絶対にイヤ」
「ではお話になりませんわ」
「でも、実際に立派でしたよ。お嬢様の回復魔法で、二人はすぐに動けるようになりましたし」
「確かにそうですね。本職の治療屋でもないのに、重傷の2名を治療できる腕前は確かなものです。それでいて、ミドガルズオルムを倒せるほどの格闘能力もある」
 リンたちが褒めそやすと、ミニャは少しだけ得意気になった。
「ふふん。わかればよろしいのですわ」
「最初からあんたの方が強いってのはわかってんのに、なんで絡むのよ」
「ただ上位というだけではダメですわ。上位たる者、それを認められて初めて意味があるんですもの」
「はぁ、そうねぇ」
 ミヅホにはミニャの理屈もよく理解できないようだ。
 ミニャはリンたち三人をじっと眺める。
「……どうされました? お嬢様」
「あなたたち、今は何を目指しているの?」
「僕はリンさんたちをサポートできるように、ってだけですけど……。リンさんたちは、探索がメインでしたっけ?」
「そうですね。もっと言えば、未発見素材の探索を目指しています」
「未発見素材……。最前線区域ですわね。あなたたちの実力では、いつのことになるか分かりませんわよ」
「それでもやってみたいんです」
「ふうん。何か理由があるようですわね?」
 ミニャが話せ、とばかりに目付きを鋭くする。リンとミヅホは互いに顔を見合わせ、
「……私の恋人を治療するためです」
「治療? ご病気でしたの?」
「病気とも少し違います。呪い……に、近いものです」
 ミニャは眉をひそめた。
「呪い?」
「私の恋人ーーラリーは、もともとピース先生の旅仲間です。優秀な人で、治療や補助魔法を得意としていました。ところがある冒険で負傷し、魔法力を蓄えられない体になってしまったんです」
「魔法力流出……。なるほど、呪術でもなければ難しいですわね」
 通常、魔法の効果を永続的にかけることは難しい。どんな魔法でも期限があるのが通例だ。
 それらの常識を破り、なかば永続的に効果を及ぼし続ける存在。それを俗に呪いと呼び、呪術ないし呪法と言われる。
「彼にかかった呪いは今のところ解除する方法が分かっていません。治療が得意なラリーや、専門職の人でも解除できませんでした。その結果、ラリーは冒険者を引退することになったんです」
「まあ、魔法力がなければ魔法も使えませんし、それでは冒険なんて出来ませんものね」
「そういうことです。私は、彼にかかった呪いを解除しうるアイテムがどこかにあると信じて、未発見素材を探したいと考えています」
「……ミヅホも同じ気持ちで?」
 問われ、ミズホは深く頷く。
「ハルトは?」
「僕はさっきも言った通り、リンさんたちに付いていくだけですから」
「なるほど。あなたたちの気持ちはよくわかりましたわ」
 ミニャもまた頷き、
「わたくしが冒険者であるのは、もちろん家名を汚さぬようにという理由もありますけれど、それ以上にわたくしが優秀だからですわ」
「優秀なのは知ってますけど」
「力ある者は、それを行使してこそ意味があるのです。力を持っていても何もしないのであれば、それは無力となんら変わりません。わたくしは、きちんと使うべき時に力を使う人間であらねばと考えていますの」
「それはご立派なことで」
「あなたたちが探しているという呪いを解除する素材。わたくしが先に見つけてしまえば、あなたたちはわたくしの優秀さを認めざるをえませんわね?」
「……言っておいてなんですが、そんな素材があるとも限らないんですよ。そもそもラリーの呪いはどのような理屈で発動しているのかも不明なんですから」
「未知を解明してこそ冒険者というものです。それに、わたくしは優秀ですもの。一人の人間を救うくらい、どうということはありませんわ」
 ですから、とミニャは続ける。
「あなたたちとの勝負はお預けにしておきますわ。次の戦いは、お互い一流の冒険者となった瞬間につくことでしょう」
「素直じゃないわね、あんた」
「失礼ですわよ、ミヅホさん。いえ、あなたの知能では失礼なのが当然でしたわね!」
「むかっ。アホで悪かったわね!」
 やいのやいのと喧嘩するミニャとミヅホ。
 それらを横目に見ながら、ハルトはイーに耳打ちする。
「あの。お嬢様とリンさんたちって、本当に仲が悪いんでしょうか」
「そうですね」
 イーは、ほんの少しだけくすりと笑った。
「お嬢様にとって、唯一対等に接することができるご友人が……。お二人だけなのだと思いますよ」

☆   ☆   ☆   ☆


 帝都の外まで逃げきったミハイルは、ふう、と息を吐いた。
 つかつかと道なき道を進むと、ぼろっちい小屋がある。その前で、大きな風呂敷を抱えた女が商品の整理を行っていた。
「おい、サウザン。俺の居場所を売ったのか」
「げっ、旦那」
 びくっと肩を震わせた商人は、
「い、いえいえ売るなんてとんでもない。こちとら信用第一の商売人、旦那の不利益なんて絶対に売りませんよ」
「ふん、どうだかな。まあいい。お前、資材の調達に力を貸せ」
「へえ、まあ依頼とあればたいていのものはご用意いたしますけど」
 ミハイルはそこらにあった木材に、炭で手早く必要な資材をメモする。一通り確認し、メモをサウザンに渡した。
 素早く中身に目を通したサウザンは、
「ほほう。これだけの資材となると一月はいただかないと揃わないっすよ」
「ダメだ、十日で用意しろ」
「十日!? そんな無茶な!?」
「俺を舐めてるのか? それとも、お前ほどの商人がその程度の調達もできないと?」
「そんなぁ……。まったくもう、旦那は人使いが荒いっすよ」
「やかましい。それと、今回の商売をしたら、しばらく帝都には近づかない方がいいぞ」
「へえ。ま、そらそうでしょうねぇ。こんなに集めるなんて……。いよいよ戦争じゃないっすか」
 ミハイルは、にやりと笑った。
「当たり前だ。俺は戦争屋だぞ」