帝都の中央病院。その一室に、真っ白なベッドが置かれている。
 体のサイズに比べると大きすぎるベッドの上で、ピースは暇を持て余していた。
「もう、ピースったら。そんな危ないことから手を引いてって何度も言ってるのに」
 ベッドのかたわらには、ミリアの顔があった。マットレスに頭を乗せ、じーっとピースを見つめている。
「遭遇しちまったんだ、仕方ねえだろ」
「そうは言ってもさ」
「うるせえ。あぁ、どうぞ」
 ちょうど扉がノックされた。入ってきたのは、ラリーとリンのカップルだった。
「よう、ラリー。久々だな」
「ああ。それがこんな形になるとは思っていなかったけれどね」
「はん。俺が横になってんのがそんなに珍しいか?」
「それはそうだ」
「お前もうるせえな……。で、ミハイルの情報は手に入ったのか」
「それはそれなりに。だがいいのか?」
 ラリーはリンやミリアをチラ見する。ピースは頷き、
「そろそろ余裕もねえ。リン、ミリア。お前らも聞いておけ」
「はい、先生」
「聞くって何をさー」
「ラリー、頼む」
 ラリーもまた頷き返し、
「通称ミハイル。本名はアーニー・ヨン・ミハイルバオム。各地の紛争地域に顔を出し、金を積まれればなんでもやるというフリーの傭兵だ」
「傭兵ね」
「いくつかの事件に関わっているという噂はあれど、確定的な情報はひとつもない。尻尾をつかませない、といったところか」
「そんなやつがなんで帝都に顔を出してやがるんだ。このあたりじゃ争いなんてねえだろう」
「ないなら起こす。そういうタイプの人種だ」
「……ま、戦争屋ならそりゃそうだろうな。で、ミハイルの目的は分かったのか」
「そこまでは調査しても調べきれなかった。ただ、帝都周辺の迷宮に出入りしている気配がある」
「あいつはアンデッドを相当数、使役してる。アンデッドは言うなれば自立する魔力人形だ。骨格を生物に依存するぶん、消費する魔力も少ない。しかも時間をかけたとなれば、とんでもない数を用意できる可能性がある」
「それだけじゃない。ミリアが記憶を失った例の事件、それにも関わっていたとすれば、相手の記憶を奪う呪術も使っていたと考えるのが自然だ」
 記憶喪失の呪術。存在としてはあるものの、もちろん禁止魔法の一種だ。
 もっとも、それはアンデッドを使役するネクロマンシーも同じ。法律違反など、彼にとってはなんということでもないのだろう。
「祭りに乗じたとはいえ、あいつが帝都の中でまで物資の調達をしていたとなれば、かなりヤバイ段階まで進んでいると考えるべきだ。あいつの目的が何かは知れねえが、計画としては最終段階に近いと思う」
「警務担当が内偵を進めているが、状況は芳しくない。なにせ国外にいるのが基本の男だ、国内での調査しかできない国家権力では限界がある」
「だからこその冒険者が必要ってことだな。そこでだ、リン。お前にも調査に加わって貰いたい。もちろんミヅホやハルトもだ」
「は、はい。ですけど、私たちはいまだに新米同然です。戦力になるでしょうか」
「お前らは戦闘経験だけならそれほど弱くはない。それにこれは探索任務だ、討伐とは違って積極的な戦闘をする必要がない」
「探索ねぇ。こんな新米に、どこを調査させるの? ミリアが行こうか?」
「いや、この調査はリンたちの方が向いている。特にリン、お前は錬金術師だからな。アイテムから魔法を作り出すという特殊な術式を学んでいる。そのお前なら、情報を集められるかもしれない。だろう、ラリー?」
「それはもしかして、魔術塔のことを言っているのか?」
「そうだ。あいつの目撃情報がある場所で、俺が調査しても何も見つけられなかった。でも、リンなら何かわかるかもしれない」
「構いませんけど……。魔術塔って、それほどランクも高くない迷宮ですよね。そんなところに、そんな犯罪者みたいな男が出入りしていたんですか?」
「あいつは何か目的を持って動いている。それなら、迷宮のランクではなく必要なものが手に入る場所へ行くはずだ。魔術塔はかつて、偉大な魔術師が研究に使っていたと言われる場所が迷宮化したもの。そこで何かを手に入れた可能性がある」
 リンはラリーを見上げる。ラリーもまた頷き返した。
「あそこはそれほどの危険はないだろうからね。けど、ミハイルの関係者が襲ってくる可能性は否めない。なるべく護衛がいた方がいいね……。ミリア、頼めるかな」
「えー。ミリア、ピースの護衛がいいー」
「俺はまだ治療中で動けねえんだっての。それに、護衛なら他に頼んであるから大丈夫だよ」
 ピースはそう言って、にやりと笑った。

☆   ☆   ☆   ☆


 こうして、リン・ミヅホ・ハルトの三人は、護衛の一人と共に魔術塔と言われる迷宮までやってきた。
 魔術塔はレンガのような建材で作られた塔だ。普通の建物で言えば五階ほどの高さがあるものの、まっとうな室は最上階くらいだという。
 塔の外観は蔦に覆われ、ところどころに見かける明かり取りらしい窓は黒く曇っていた。
 塔を見上げ、ミヅホは唸る。
「うーん。この塔を登るのはすっごいお腹が空きそう」
「ミヅホさんはいつもでは」
「出入り口は一ヶ所だけ、そこそこ広いから大型のモンスターでも入り込める構造ですね。では、中に入りましょう」
 四人で揃って中に入る。魔法光で照らすと、状況が見えてきた。
 まず、あちこちに転がっている鎧や武器の類が目につく。中央には見上げるほど巨大な窯があった。部屋の角からは螺旋階段が頂上まで続いている。
「モンスターの気配もほとんどないわね。これなら問題ないかな」
 転がった鎧を蹴飛ばしたのは、三人の護衛ーーローズ・キックオールだった。
 リンは転がった鎧を見つめ、
「これらの鎧はなんでしょう」
「もともとモンスターだった奴らでしょ」
「モンスター?」
「リビングメイル。リビングデッドみたいに、鎧を動かす魔法よ。もとが人間の死体を使うか、フルメイルを使うかの違いね」
「じゃあ、こいつらも例のネクロマンサー? が作ったってことかな?」
「その可能性は低いわね。これがミハイルの仕業だったなら、この前もリビングメイルを引き連れていたはず。アタシ相手にもリビングデッドやドラゴンゾンビしか使わなかったってことは、おそらくあいつは生体を死霊化させる技術しか持ち合わせていないってことだわ」
「似た魔法なのに、限定的な技術しか持っていないってことですか?」
「おそらくね。似ているとはいっても必要な条件は変わる。ほら、明かりの魔法を使えても火の魔法を使えない人はいるでしょ? そんな感じよ」
「よっくわかんないけど、要するにミハイル? のせいじゃないなら、この鎧はなんなの?」
「おそらくはこの魔術塔で研究していたっていう魔術師が使っていた護衛じゃない? あるいは、ミハイルはここで死体を操る技術を調べたのかも……」
「そう考えると、あいつのやろうとしていたことが分かるかもってことね。分かった、じゃあ最上階まで行ってみましょ」
「アタシはここで待っておくわ。どうせ敵が通るにしたってここを通過するしかないんだし」
「はいはい。じゃあリン、ハルト、行こ」
 三人で階段をのぼっていく。階段の幅は広く、三人が横並びになっても問題ないほどだ。
 息を切らしながら階段をのぼり続けていくと、大きな入り口が見えてくる。扉があった様子だが、すでに破壊されてただ無造作に口が開いていた。
「ここが魔術師の……。研究室?」
 三人は顔を見合わせ、中へと踏み入る。