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「結界の反転術式、か」 リンたちの調査結果を聞いたピースは、ふむ、と唸った。 ピースの症状は経過良好で、明日には退院できる。病室には三人の弟子に加え、護衛を頼んだローズの姿もあった。 「お前らの調査結果を信じよう。もしそれが事実なら、帝都を揺るがす大事件になる」 帝都の中でも戦闘能力がある人物は限られる。大半は非戦闘員であり、自分の身を守る手段さえ持っていない。 国の治安維持に関わる職もあるが、それにしたって帝都全部を守れるほどではない。今の治安は、結界によって維持されているのだ。 「もし結界が反転すれば、中の人々は脱出することさえできなくなる。一方で外からはモンスターが入り放題です。中の人々は皆殺しにされてしまう」 「ミハイルならそのくらいのことはやりかねないな。あいつは戦争屋、言い換えれば争いを作るのが仕事だ。大勢が死ぬ状況なんて、あいつにとっちゃなんでもねえだろう」 「一般人を人質にされたら、アタシも自由には戦えないわね……」 最強と名高いローズでも、当然ながら制限がある中では戦いにならない。 「……未曾有の事態だ。手分けする必要があるな」 「手分け?」 「リン、お前はラリーに状況を話して、対策を考えてもらえ。国としての対策だ」 リンは黙って頷く。 「ハルト。お前は戦いに備えてアイテムを確保しておいてくれ。ミニャの手も借りちまえ」 「わ、わかりました」 「ミヅホ。お前もハルトに同行しろ。必要なアイテムの選別はハルトに任せて、お前は運搬だ」 「ん、了解」 「よし、もう行け」 「はい!」 三人の弟子が病室から出ていく。残ったローズは、 「結界反転ね。なんでそんなことをする必要があるのかしら」 「さあな。あいつのやることなんて理解できねえさ。問題はその術式だな……。どこで、どうやって発動させるのか。それさえわかってれば、止めに行くこともできるはずなんだが」 「無理でしょそんなの。魔術塔の魔導書は、古すぎて解析も難しいってことから置いたままにされてるようなものよ。あれを解読できるような知識量があるんだとしたら、そもそもこっちとはスタートラインが違いすぎる」 「こっちの想像もしてねえようなことをしでかすってことか……。ちっ、お前の言う通りだな」 「それに気にかかることがもうひとつあるわ」 「気にかかること?」 「先日のお祭りでミハイルは帝都の中に入り込んでいた。すなわち、彼は結界を抜けられるということだわ」 「まあ、あれはモンスターを防ぐだけで悪党を防ぐわけじゃないからな」 「それにしたって門番はいるし、そこは抜けられている。すなわち、あいつが帝都の中に入ることは、制限があるにせよ、不可能じゃないってこと。わざわざ結界を壊す意味がないわ」 「モンスターを連れ込んで帝都を滅亡させるつもりか?」 「そんなことして何になるの? ただの皆殺しじゃない。悪いけど、あいつがそんなことのために動くとは思えないわ」 「……」 確かに、何度か遭遇したミハイルは冷静な男だった。何か目的を持って動くタイプではあるものの、無差別に殺すような暴れかたをするとは思えない。 「目的、ね……」 「ひとつだけ可能性があると思うの」 「可能性って?」 「あいつが雇われている可能性よ」 「……傭兵か」 言われてみれば、戦争屋というのは傭兵の別称だ。 「あいつを雇って、防御結界を壊させようとしているやつがいる……。ってことか?」 「ええ。もしそうなら、あいつの不自然な動きも説明できると思わない? 誰かの指示だとしたら」 「だとしたら、ミハイルだけを止めても意味がない……」 言っていて、ふとピースの動きが止まった。 「ピース? どうしたの?」 「……傭兵、か」 雇われの兵隊。ならば当然、その動きを指示する人間がいるはずだ。 問題はそれがどこにいるのか、ではない。その人物が何を望んでいるか、だ。 「帝都の崩壊を望む、か。なんでそんなことすんだか……」 ベッドに倒れたピースは、天井を見上げながら自分の言葉を反芻する。 「なんで、か」 ふと思い出す。ミハイルに関する情報。 ーーなぜあいつは、洞窟の付近で目撃された? そこから様々な情報が連想され、ピースの中で繋がっていく。 「そっか。そういうことか……」 「そういうこと? どういうことよ」 「……ローズ。お前に頼みがある」 体を起こしたピースは、ローズをまっすぐ見つめた。 目を開く。鍾乳洞の中は昼も夜も同じように暗く、光という光はほとんどない。 だが、そんな穴蔵の中も、ミハイルにとっては落ち着く場所だった。 「……」 体を起こす。まどろみの中でよぎるのは、若い頃の思い出だ。 ミハイルは小さな島国の生まれだ。戦乱の絶えない国で、多くの者が島の支配者になろうと跋扈していた。 人殺しは当たり前、モンスターより人間の方が脅威となるような世界。そんな狂った場所で生きてきたミハイルは、10になる前に戦場を体験した。 才能はあったのだろう、ほとんどの子供たちが死ぬ中で珍しく生き残り、頭角を現した。このまま成長すれば組織を従えるほどの人物になるーーその前、15の時に一人の傑物によって国が平定されてしまった。 それまで戦いでしか生きてこなかったミハイルにとって、突如として訪れた平和な時代は馴染めなかった。人を殺す技術しか知らない男に、人の愛しかたは分からなかった。 国を出て、各国を渡り歩き、金で武力を売ってきた。その生き様が傭兵、ひいては戦争屋と呼ばれるようになっていく。 冒険者とならなかったのは、単純な戦闘技術もそうだが……それ以上に、人間を殺す技術に慣れすぎてしまったせいだ。 モンスターを殺す技術と人間を殺す技術は少し違う。どちらも生き物を殺すという点では同じだが、ミハイルからすれば同じ体構造の人間を殺す方がよほど簡単だ。 倫理など知らない。なぜ人間を殺してはいけないか、などという議論をするためには、ミハイルはすでに人を殺しすぎていた。 「……皮肉なものだな」 率いる兵は死霊の軍団、金で切り売りする武力。結局のところ、そんな場所が一番落ち着いてしまう自分。 何かを望んでいるわけではない。ただ、当たり前のように生きているだけだ。 「まあ、これで終わりだ」 身支度を整え、洞窟の外に出る。時刻は夜だが、星が出ているので洞窟の中よりはいくぶん明るい。 「キー!」 「む」 偵察に放っていたスカルバッドが戻ってきた。コウモリの骨を使った死霊モンスターで、目撃した情報を蓄えることができる。 「ふむ。奴らも動くか」 チャンスと見るべきか、慎重に動くべきか。 だがこちらの存在がバレている以上、のんびりもしていられない。急がなければ反転術式が失敗してしまう。 「……ちっ、仕方ないか」 首の骨をゴキリと鳴らし、ミハイルは下草を踏みしめながら歩きだした。 |