エリスの地下迷宮。
 入り口は普通の洞窟風だが、奥に進むと明確に人が作ったような痕跡の残る洞窟型迷宮だ。
 通路は広いものの出現するモンスターのレベルが高く、低ランクの冒険者だけでは挑戦を認められていない。
 結果的に挑戦したことのある冒険者は少なく、まだ全容は解明されていないとされる。ここは、ピースにとっても因縁の残る迷宮だ。
 そう、ここはピースが免許を失効するに至った冒険をしたーー言わば最後の迷宮なのだ。
「うっし、お前ら、準備はいいか」
「はい」
 迷宮に挑むのは、ピースを先頭に、リン・ミヅホ・ハルトの三人。加えて、冒険者ランクが足りない四人をカバーするため、ローズ・キックオールが加わっている。
 計5人の大所帯だ。
「行くぜ」
 迷宮に足を踏み入れる。入ってすぐはゴツゴツとした岩肌が剥き出しになっているものの、ものの数分でどこかの地下室にでも迷いこんだような通路に変わっていく。
 レンガ作りの通路は冷ややかな空気が漂い、どこかでひそひそ話をしているような声が聞こえる。
 天井も通路も広く、それなりに暴れても支障がないほどのスペースだ。
「気を付けろよ、ここの迷宮にいるモンスターはローズでも苦手なタイプだからな」
「アタシに苦手なんてないけど!」
「嘘こけ、ここに出るのはレイスや雲魔物クラウドみたいな形のないモンスターだ。お前の斧とは相性が悪い」
「あんたこそ忘れていない? アタシは迅雷のローズ。雷の魔法も得意なのよ」
「魔法主体は本業じゃねえんだ、無駄に魔力を散らすなよ。ミヅホ、お前も同様だ。お前のアーティファクトは頑丈だが、しょせんは剣。ガスみたいな敵を斬ったところでたいして意味はねえ、無理するな」
「はーい」
 そんなことを言いながら、どんどん迷宮の奥へ進んでいく。
 たまに出てくるモンスターは、前評判通り姿形のない幽霊たちだ。それらをリンやハルトの光魔法で蹴散らしつつ進んでいく。
「たぶんこっちだな……」
 地図を確認しながら、ピースを先頭に通路を進んでいく。
 しばらく進むと、倉庫のような扉を発見した。石造りの重い扉が侵入者を阻んでいる。
 パワーファイターのミヅホとローズが扉を開くと、カビの匂いが立ち込めた。
 薄暗い室内。ピースが一歩足を踏み入れようとした瞬間、
「どこに行くつもりだ? ”神楽”の」
「よう、やっと来てくれたか。戦争屋」
 振り返る。
 レンガの壁に体を預けた男ーーミハイルだった。
「ここに何の用だ?」
「なに、お前に会いたかっただけさ。そろそろお前を捕縛させてくれよ」
「悪いがそうもいかん。こっちも暇ではないのでな」
「へえ? 何をするつもりなんだい」
「お前がそれを知る必要はない」
「そうだろうな」
 足を引き、魔力をためる。
「悪いが、お前たちをこれより先に行かせるわけにはいかんのでな」
「黒幕がバレちまうから、か?」
「黒幕?」
 ピースはにやりと笑う。
「お前は戦争屋、傭兵だ。自分の意思で戦争を引き起こす訳じゃない、誰かに頼まれて動くタイプだ。となれば、お前に反転術式の起動を頼んだやつがいるってことになる」
「反転術式までつかんでいたか」
「あったりまえだ。そこで気になるのは、俺が記憶を失った冒険だ。俺はミリアたちとエリスの地下迷宮に挑み、未発見区域の調査を行っていた。その途中で俺は意識を失い、ミリアは魔力を使い果たしている。他の仲間も記憶がないそうだ。こりゃどういうことだろうな?」
「お前の冒険なぞ俺が知るわけないだろう」
「ところがどっこい、この洞窟付近でお前は目撃されている。そうなると、俺たちが記憶を失うきっかけもお前が噛んでいるってのが常識的な判断だ。ここの未発見区域で、お前はなにか見られたくないものを用意していた。だからそこに近づきすぎた俺たちを襲撃し、記憶をなくさせたんだ」
「……仮にそうだとして、なぜ記憶を奪うなどという面倒なことを? 意識を奪えるほど襲撃できたのであれば、殺すことも容易であったはずだ」
「そう、そこが引っ掛かるポイントだった。でも、その答えは明らかだったな」
 ピースはミハイルをにらみつける。
「お前の雇い主がいたからだ。だから殺すわけにはいかなかった」
「……ほう、論理が飛躍していないか。お前の仲間は、帝都を混乱に陥れるような人間なのか?」
「心当たりはあるぜ。倫理観が少々ぶっ飛んでて、俺を殺すことにゃ絶対に反対するやつが」
 同じ冒険にいて、一人だけ魔力を失うほど力を使いきった人物。
 なぜそんなに魔力を消費したのか? 洞窟で強敵と戦ったから?
 それともーー慣れない記憶喪失の魔法を使うしかなかったから?
「主犯はミリア。ミリア・コーナだ」

☆   ☆   ☆   ☆


 帝都を見下ろす小高い丘がある。木々が生い茂るその合間に、一人の女が立っていた。
「帝都、か」
 巨大なハンマーを背中に負った女は、ゴキリと首を鳴らす。
「こんな町があるから、ピースが冒険しちゃうんだよね」
 ハンマーを手に取る。手近にあった木をへし折り、道を作った。
「こんな町、なくなっちゃえばいいんだ。そうしたらピースも……」
 くすくすと笑い、冒険者の女は大きな声を張る。
「死霊ども! 宴の時間だよ!!」
 女の呼び声に、数々のモンスターが答えた。
 スケルトン、リビングデッド、スカルアーチャーにドラゴンゾンビ。命を持たず、主人の命令を崩れ落ちるまで遂行しようとする躯の兵隊。
「さあて、行こうか。町落としだ」
 首なし馬にまたがり、女はーーミリアは、ハンマーを振りかざした。
「総員!! ぶち殺せ!!」
 躯たちの、声なき吼声が響き渡る。