洞窟で対峙するミハイルとピースたち。
「お前一人で、俺たち全員を倒せると思ってんのか?」
「こちらが一人だなどと言ったか?」
 パチンと指を鳴らす。石扉の奥から、死霊たちが姿を現した。さすがにドラゴンゾンビは連れてきていないようだが、リビングデッド程度なら数十はいる。
「はっ、そりゃそうだろうな。そして、予想通りだ!」
 ピースはためた魔力を手に、地面を叩く。
「結界起動!!」
「ッ!?」
 足元で輝く魔方陣。その意味はーー転送魔法!
「貴様!?」
「安心しろや、これはお前への罠じゃねえ!」
 ふっ、とピースの姿が消える。
 だが、ミハイルの体には何の異常もなかった。
「……ふむ」
 転送魔法は強力な魔法だが、使用するには条件が厳しい。基本的には出先から拠点へ戻るような使い道しかできず、魔力もそこそこ消費する。そのうえ、利用者が反抗すると魔法の効果が途切れてしまうのだ。
 ミハイルほどの術者が抵抗すれば、魔法に対抗するのは難しくない。その点において、確かにミハイルを連行するには使えなかっただろう。
 とはいえ……。
「解せんな。ピース・チャックだけが逃げ帰って何の意味がある?」
「簡単な話です。ゾンビの相手はリンさんとミヅホさんが、あなたの相手は……、僕が勤めるということですから」
 ミハイルの前に立ちはだかった少年。ハルトは、まっすぐな目で敵を見据えていた。
 その後ろで、二人の女が武器を構える。だが、その標的はあくまで雑魚ゾンビ。ミハイルではない。
 もちろん三人がかりでも新人に負けるほど老いてはいないが……。
「馬鹿にしているのか? お前のような新人が、一人で俺を相手にするなどと」
「……確かに、僕はあなたほどの経験はありません。冒険の技術だけなら、ピースさんにも及ばないでしょう。ですが」
 足を開く。魔力をためる。
「先生に教わった、この術式は……!! あなたに届く!!」
 地面を蹴飛ばす。勇気を持って一歩を踏み出す。
 すぐさまミハイルは受ける。小規模の爆破魔法、けれどその程度はどうということはない。
 相手が次の足場をつかもうとする寸前ーーミハイルは周囲を爆破魔法で払った。
「ーー神楽の術式は一連だ。途中で途切れればチャージした魔法の威力が元に戻る。残念だった……ッ!?」
 次の瞬間。先程よりも威力の高い爆破がミハイルを襲った。
「馬鹿な!? なぜ魔法が途切れない……!?」
 時間を置くほど強化されていく”神楽”の術式。けれど、ひとつでも途中の魔法が途切れれば効果は消えるはず。
 なのに、魔法が途切れない。効果が増している!
「これは……!! 神楽じゃ、ない……!?」
「神楽ですよ」
 素早く空間を飛び回りながら弾ける魔法。
 その威力、その効果はどんどん増していく。
 ミハイルの動体視力は、かろうじてハルトを捉えていた。
 探索サーチのごとき空間認識能力、突撃アサルトのごとき加速、防壁タンクのごとき防御魔法、砲撃キャノンのごとき攻撃力、維持キーパーのごとき回復力、指令センターのごとき判断力。
 それらが組み合わさった神楽の術式ーーだが、そこに異分子がある。違う動きが混じっている!
薬品ポーション!?」
 そう、それはピースにさえできなかった神楽の進化系。
 小柄で筋力のないピースは、荷物を持ち運ぶのが苦手だった。そのため、アイテムを術式に組み込むことができなかったのだ。
 だが、ハルトにはそれができる。適切な荷物の運搬と、必要な時に必要なアイテムを取り出す技術。
 運搬ポーターとして過ごした年月が、彼の術式を進化させた。
「アイテムは本来なら効果時間が短く、戦闘での活用は限定的だが……!」
 もしも適切なタイミングで、適切なアイテムを使用できる技術力があるのなら。
 足りないスペックを薬物強化ドーピングで補うことができてしまう!
「これが僕の答え……!! ”神前神楽式”!!」
「はッ……! 素人が!! 舐めるなァァァァァ!!!」
 獣のごとき笑みを浮かべ、ミハイルは拳を握った。

☆   ☆   ☆   ☆


 帝都の城壁では、すでにその姿が捉えられていた。もうもうと立ち上る土煙、遠目にもわかる生気のない眼差し。
「来ました! ゾンビどもの群れです!! 数500以上!!」
「弓兵、引きつけて……射てぇぇぇぇ!!」
 矢が空中を舞い、ゾンビたちに突き刺さっていく。だが、その程度ではたいしたダメージにはならない。
 死霊には痛みという概念がない。体の構造を破壊するまで進撃は止まらないのだ。
 襲い来るモンスターの群れを前に、城壁横の小扉から冒険者たちが顔を見せる。
「これは大変ですわね!! イー、行きますわよ!!」
「お嬢様、危険ですが」
「危ないからと逃げていては冒険者の名折れですわ!!」
 剣を手に、ミニャ・カネチャは気勢をあげる。
「困難に挑んでこそ冒険者! そうでしょう、皆さん!!」
 おお、と閧の声で答えたのは、冒険者の仲間たちだ。
 帝都に残っていた冒険者に片っ端から声をかけ、今回の迎撃作戦に協力してもらったのだ。そのために奔走したのは、顔の広い役人だった。
「まったく、ピースめ……。とんでもない仕事を押しつけてくれたな」
 ラリーは額の汗をぬぐい、
「皆さん、無理はしないで! 怪我をしたらすぐに下がってください! 治療薬はギルド支給です、遠慮しないで!」
「冗談! こんな楽しい戦に、休んでいる暇なんかありませんわ!」
 剣を片手にミニャは先陣を切る。その後を、何人もの冒険者が追っていく。
「だが……」
 冒険者も、町の兵隊も総力を結集している。襲撃そのものは想定通りだが、戦力までは想定しきれなかった。
 これでも可能な限りの武力は集めたつもりだが、相手にはドラゴンゾンビもいる。
 あれは並の冒険者では歯が立たない。ローズのような一級の冒険者が揃わなければ対抗も難しい。それが見える範囲でも複数存在している。
「……こいつは厳しい戦いになりそうだ」
 呟き、ラリーは城壁の中に戻った。