神前神楽式。
 様々な役割の動きを一連の魔術として組み込んだ神楽の術式に、アイテム消費を組み合わせたハルトの独自術式。
 ピース・チャックが神楽の術式を使っていた全盛期、使い道はあくまで味方のサポートありきだった。
 おおむねミリアが前衛として敵と殴り合い、ラリーがミリアを支援する。その間にピースは術式のチャージを行い、最大威力となった爆破魔法で強敵を撃破する。
 これがピースたちの戦いかたであり、神楽の使い道だ。
 それに対して、ハルトの戦いかたは違っていた。
 なにせ仲間はリンとミヅホの二人だけ、どちらもミハイルのような化物相手に時間稼ぎをできるほどの実力はない。
 それゆえにと言うべきかーーハルトは一人で戦うことを選んだ。
 通常の神楽は強化に時間がかかる。だが、ハルトのアイテムを組み合わせた神前神楽式はその時間が大幅に短縮されていた。
「しかも……それだけではない」
 ミハイルはぽつりと呟く。
 神楽の術式は発動する魔法の順序が決まっていた。これは仲間のサポートありきということもあり、それゆえに魔法の詠唱を簡単にしていたのだ。
 だが、神前神楽式は違う。おそらくは2つほど先の発動魔術を含めて術式を常に書き換え、状況に合わせて最適のチャージをしているのだ。
 単調な強化ではない。バカ正直な攻撃でもない。
「なるほどな……」
 戦闘経験はなっちゃいない。筋肉の運びかたも、フェイントの混ぜかたもなっちゃいない。
 だが、スペックだけは違う。魔法で強化された肉体は、ミハイルの意識さえ置き去りにするとんでもない加速と攻撃力を有している。
 経験値では絶対に負けていない。だが、その底上げした能力値だけで語るなら、ミハイルより遥かに上。
 戦場で人間相手に生き残る技術を磨き続けたミハイルとは全く異質の、ただただ純粋なハイスペック!
「面白い!!」
 冒険者になろうなどと思ったことはなかった。あくまで人を殺す技術しかない自分にとって、人を殺すことだけが生きる糧だと割りきっていた。
 今になって初めて理解する。自分より強い相手との、心踊る戦いというものを!
「はっはっは!!」
 拳を振るう。ゾンビを盾にしつつ反撃を試みる。
 自分より強い相手との戦い。いや、あくまで力量はこちらが上なのだが……。明らかスペックが上の人間と戦うことなどついぞなかった。
 幼少期以来のワクワク。子供の頃、思いきり走り回った頃を思い出すような高揚感。
 この戦いができたのなら、この仕事も十分に意味があった!
「いいぞハルト!! もっと俺を楽しませろ!!」
「冗談じゃ、ありません!!」
 殴打、爆破、蹴撃。
 徐々に格闘技も混ぜ始めている。魔力に余裕がないというより、彼自身が成長しているのだ。
 その動きは、そうーーミハイルの動きだ。
「俺の動きを真似るか!!」
 ミハイルの拳は、さながら格闘技のお手本みたいなものだ。
 それをこの場で見ながら、自分の術式に組み込み始めている。
 なんという器用さ、なんという勤勉さ!
 もちろんハルトとて、必死も必死だ。そもそも格上の相手、ピースからは無理せず時間を稼げと言われている。
 ここでの戦いは本筋ではなく、言わば前哨戦。ここで負けたとしても、帝都が守れればそれでいい。
 だからここで無理をする必要なんかひとつもない。ある程度、時間を稼げたら撤退してもいいくらいだ。
 だけどーー!
「僕が! あなたを倒します!!」
「なぜそこまでこだわる!? お前と俺は何の関係もなかっただろうに!」
「確かに、僕はあなたに恨みがあるわけじゃない……! それでも! 争いを起こそうっていうあなたを、認めるわけじゃない!!」
 強い正義感、臆病だろうにまっすぐ敵を見据える覚悟。
 腹が据わったーーとでも言うのだろうか。そのまっすぐな瞳が、ミハイルにはない感情を引き起こす。
「……なるほど、だからピース・チャックは」
 ミハイルはぐっと拳を握る。
「だが!! 負けてやるわけにはいかん!!」
 すでに目も慣れた。この速度なら、右の拳が必ず当たる!
 まっすぐ突き出されたストレート。相手の動きを完璧に読み、相手の速度を完全に計算した、ミハイルにしか放てないカウンターパンチ。
 彼我の速度差は圧倒的、ハルトは己のスピードに負けて自爆するーーはずだった。
 拳がハルトの影をすり抜ける。ほんの僅か、ハルトのスピードが早い!
「!?」
「ここだ!!」
 ゼロ距離爆破魔法。
 ドラゴンでも打ちのめされる強烈な一撃だ。いくらミハイルが防御魔法を使ったところで防ぎきれるものではない。
 脇腹を弾かれたミハイルは地面をバウンドし、壁に激突した。肺の中に残った空気を根こそぎ奪われ、ゲホゲホと咳き込む。
「……!!」
 影がさす。攻撃魔法を構えたハルトが目の前に立っていた。
「きさ、ま……。何をした?」
「僕の加速は読まれていました。だから、加速によって上がったスピードをちょっとだけ擬装したんです」
「わざと遅く動いた、ということか……」
 加速率を見誤った。ゆえに拳を置くタイミングを誤り、致命的なカウンターのカウンターを貰ってしまった。
 言うは簡単だが、自分で自分のスピードを制限するなど簡単にできることではない。格上相手に、あえて全力を出さないなんて狂気の沙汰だ。
 それをやってのけた。そんなもの、新人なんかではない。十分にーー上位冒険者だ。
「見事だ、ハルト・ファイル……」
 ミハイルの手から力が抜けるのを確認し、ハルトは魔法をキャンセルする。
 正直、魔力はもう限界に近かった。体力や緊張感はそれ以上だ。
「……ふう」
「やったじゃんハルト!!」
「わっ!?」
 後ろから抱きつかれる。ミヅホだった。
「ミヅホさん、ちょっと、痛いですよ!」
「だってすごいじゃん! あのミハイルを一人で倒しちゃうなんて!」
「そ、そんなことより、他のゾンビは!?」
「もう倒しました」
 リンは治療薬を取り出す。
「休憩にどうぞ。消耗を少しは回復できるはずです」
「すみません」
 試験管のような瓶から薬液を飲み干す。体がぽかぽかしてきた。
「な、なんとかなりました、ね……」
 今更ながら手足が震える。一歩間違えば三人とも皆殺しにされるところだった。
 それでも生き残れたのは、思いのほか自分達が成長していた証だ。
「……僕たち、ちゃんと強くなってたんですね」
「当たり前でしょ。普段から頑張ってるんだから」
「それだけじゃありません。先生が、きちんと教えてくれたからです。どうやったら生き残れるのか」
 三人で顔を見合わせ、くすりと笑った。
「さあ、急いで帝都に戻りましょう。ミハイルは拘束して……。ミヅホ、担いでいってください。ハルト、拘束を手伝って」
「あいよ! 任せて」
「は、はい」