家に帰ると、カーバンクルの女性ーーシジョーさんは、人間の姿に戻った。
 僕がコーヒーを出すと、彼女はゆっくりとカップを傾ける。
「いい香りね」
「インスタントですけど」
 改めて見ると、確かに普通の女性ではないというか、クラスメイトの女子とはだいぶ違う雰囲気があった。
 紫色のドレスは露出も多く、藍色の髪は長くて艶やかだ。腕には金ぴかのバングルをつけている。
 容姿だけで言えば美人の部類だろうに、なんだろう、残念な空気が抜けてない。
「それで、なんの用件なんですか」
「まずはこの世界に来た理由からね。私がいた世界は、他にいくつかの世界を観測していたわ。あなたがいるこの世界、私たちはブルーと呼んでいたけれど、ブルーもそのひとつ」
 世界を観測。天体観測みたいなものだろうか。
「数年前、この世界から歪みが感知されたわ。それそのものは小さなひずみだけれど、年々大きくなっていってる。このままではまずいと判断し、私たちは歪みの根本を除去することにしたってわけ」
「つまり?」
「……。まあ、単純に言うと悪いやつがこの世界を壊そうとしてるんで私がなんとかしに来た、ってこと。そして、あなたに現地での協力をお願いしたいの」
「なんで僕が?」
「たまたま会っただけ、ってのは理由のひとつなんだけど」
 たまたまかい。
「もちろんそれだけではないわ。あなたにはなんとなくだけれど、魔法の素養がある気がするの」
「生まれてこのかた魔法を使ったことなんてありませんけど」
「素養というのは使ったことがあるかどうかではないわ。使った時に使いこなせるかどうかという話だから」
「その議論はさておき。僕があなたに協力する理由がありません」
「どうしても?」
「どうしても」
「……そう、残念だわ」
 シジョーさんは意外にも素直にカップを置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃ、もしも興味が湧いたら、これを使って」
 シジョーさんは、どこからかリボンを取り出した。
 ピンク色の、ちょうちょ結びのリボン。制服みたいに首巻き用の紐はなく、ちょうちょの結び目には金色の石みたいな装飾がついている。
「これは通信機にもなっている。あなたが呼び掛ければ私に声が届くわ」
「呼ぶことないですし迷惑なんですけど」
「まあまあ。少し時間を置いたら気が変わるかもしれないから。じゃあよろしくね」
 ひらひら、と手を振ったシジョーさんは、そのまま玄関から出ていってしまった。

☆   ☆   ☆   ☆


 夜。夕飯も終えて片付けも済ませた頃合いになって、リリリリと固定電話が鳴り出した。
 家には僕一人だ。電話に出ると、受話器の向こうからどこかで聞いたような声が聞こえてくる。
『あー、もしもし。光雲寺ですが』
「こううんじ? ああ、お寺さん」
 光雲寺は六車家の墓がある寺院だ。僕の両親はすでに亡くなっており、お墓の管理は寺に任せている。もっとも、年に三回くらいしか行かないので、普段の交流はあまりない。
『ええ、ええ。六車さんのお電話でよろしかったですか?』
「はい、六車ロアンです」
『六車さん。実はですね、昨日の嵐でお墓がちょっと困ったことになりましてね。それでお電話差し上げた次第で』
「困ったこと?」
『墓石が倒れちゃって、その……。なんでか分からないんですが、骨壺がひとつ無くなってしまったんです』
「え!?」
 骨壺がなくなる?
『ええ。お母さんの方ですね。確かに風は強かったですけど、まさかそんなことがあるなんて……。とにかく墓所も近くも探すんですが、今のところ見つかってなくて』
「そう、ですか」
『また変化あったら連絡しますけど、一応お墓を見に来て貰えると助かります』
「わかりました。捜索、お願いします」
 電話を切る。
 骨壺がなくなる? そんなことがありうるのか。だが、寺が言うんだ。間違いないだろう。
 なんとなく、僕は昼間の出会いを思い出していた。まさかシジョーさんが盗んだとは思わないけど、墓荒しをする誰かが現れたとか?
 それがーー彼女の探している悪?
 僕は頭をぶんぶんと振り、邪念を払った。そんなことがあるわけない。そもそも墓荒しをする邪悪ってなんだ。
「何かの勘違いだ」
 声に出して言うと、だんだん落ち着いてきた。とりあえず次の休みには墓参りに行くこととして、今日はもう休もうか。
 そう思ってきびすを返した、直後。
「ッ!?」
 ぐらりと地面が揺れた。
 尋常じゃない揺れ。慌てて庭に飛び出すと、その姿は嫌でも目に入った。
「なんだよ、あれ……」
 夜だというのにハッキリと見えてしまう存在感。
 淡い燐光をまとう巨体。その大きさは30メートルほどもある。全体的に四角いフォルムで、石柱ーーいや、モノリスという印象だ。
 巨大な柱が、遠く見える海上に浮かんでいる。

 ーー悪いやつがこの世界を壊そうとしている

 彼女の声が耳の奥でこだまする。ああ、あれだ。あれがそうなんだ。
 あれが既知の存在であるはずがない。未知に対して、人類ができること……。
 そんなことを考えているそばから、轟音が空を飛んでいった。戦闘機だ。
 戦闘機のシルエットがモノリスの周囲を飛び回る。すると、モノリスから光が放たれた。
「ッ!!」
 光が戦闘機を切り裂く。撃ち落とされた戦闘機はそのまま海へと落ちていく。
「う、嘘だろ……」
 飛行機を捉えるなんて尋常じゃない。しかも一撃で落とすなんて?
 残った他の戦闘機から光が放たれた。ミサイルだろうか、それがモノリスに命中していく。
 轟音が響き、海が一瞬だけ明るく照らされる。けれど、モノリスは変わらずそこに浮かんでいた。
 再びモノリスから光が放たれる。光線は戦闘機を切り裂き、撃ち落とす。
「勝負になっていない……」
 勝つとか負けるとかそういう話じゃない。勝負になっていない。こんなのどうにもならない……!
 すると、部屋の中で何かが光った。振り返ると、シジョーさんの置いていったリボンがきらきらと輝いている。
 僕は部屋に戻り、リボンを手に取った。すると、リボンから彼女の声が聞こえる。
『聞こえる? ロアン君』
「シジョーさん。あれ、あれは何なの?」
『この世ならざるもの。今はそれしか言えない。そして、それに対抗するにはあちらの理屈が必要なの』
「あちらの、理屈?」
『魔力。魔法。二次元に三次元の力が届かぬように、相手の次元に合わせた力でなければ相手の次元を脅かすことはできないわ』
 漫画のヒーローはいくら強くても現実の人間を傷つけることはできない。
 それが、あれにも当てはまるというのか……。
『もうわかるわね? 今あれに対抗できるのは、あなたしかいない。そういうことなの』
「どう、すればいいの?」
『リボンを手に持って、叫びなさい。マジカルコール! スタンバイ!』
「……マジカルコール!! スタンバイ!!」
 そして、僕は光に包まれた。桜色の光が部屋を埋め尽くす。
 体を不思議な暖かさが包み込み、光が収束しーーそして、元通りのリビングが戻ってきた。
「な、何? 今の?」
 ふと、リビングの姿見が目に入る。そこに映っているのは、制服姿の男子中学生ではなく、可愛い格好の女子だった。
 ピンク色のツインテールに、ウサギを思わせる真っ白なデカリボン。肘まで覆う白いグローブに、膝丈のブーツ。そしてノースリーブのミニスカワンピース。
「……」
 どこからどう見ても女の子だ。自分の顔でなければ。
「シジョーさん?」
『魔術の粋を集めて作り上げた物質変換装置! その名もマジカルリボン!!』
「誰が僕を魔法少女にしろと言ったぁぁぁぁ!!」