箒というのは当然だけど、人が乗ることを想定していない。細すぎてどこに体重を預けていいかも分からない。
「いい? またがったわね」
「こ、こ、これ落ちない?」
「アタシを信じろ。いっくぞー!!」
 ふわりと風が吹き上がる。思ったよりも安定していて、ぐらつくこともない。
「《ventus》!」
 急に空まですっ飛んだ。上空300メートルほど、鳥の上を取っている!
「これならどう!?」
「いい感じ!」
 僕は箒を左手でつかむと、思いきって飛び下りた。
「!?」
「いよっ!」
 片腕一本で体を振り子にし、思いきり飛んだ。
 鳥の顔がこちらを向くけど、僕の方が早い!
「でりゃああああああああ!!」
 飛び蹴り!
 と、思ったけども、
「いっ!?」
 ふい、と首を振られた。そのまま羽ばたきもせずにバック。当然、僕は通過せざるをえない。
「うわわわわわ!?」
「バッカじゃないの!?」
 すぐさま箒が飛んできて、僕を拾ってくれる。間一髪で箒に着地した僕は、ふう、と息を吐いた。
「ありがとう、助かったよ」
「あんたバカ!? 空を飛んでいる相手に飛び蹴りかまして当たるわけないでしょう!!」
「でも僕、格闘系魔法少女だし……。いや少女じゃないけど」
「そこはどうでもいいの! というか、格闘系って何さ!? 何か飛び道具とかないの!?」
「そんなのあったら、とっくに地上から攻撃しているよ。君こそ魔女なら攻撃魔法のひとつやふたつ、何か使えないの?」
「現代の魔女にそんなもの要求しないでよ! 戦時中ならともかく、今どき火だってライター買った方が早いんだから!」
 そりゃそうだ。
「そうなると困ったね……。僕らじゃあいつに攻撃を当てる手段がない」
「嘘でしょ!? って、わわわ!!」
 相手からの反撃だ。光線をテーラは箒さばきだけでかわしていく。
 とはいえ、いつまでもかわせるとは思えないーー。
「シジョーさん! こんな時に何かないの!?」
『こんな時って言われてもねぇ。あ、そこにあんた以外の人がいるのよね? その子は信頼できる子?』
「信頼も何も、命預けてるよ!!」
『上等。じゃ、その子とキスしなさい』
「……はぁ!? いきなり何言ってんの!?」
『言ってなかったけど、あんたに渡したアイテムにはもうひとつ機能があるの。その名もコンフィデンスシステム!』
「コンフィデンス……。信頼?」
『そう! あんたが信じた相手とキスすることで、相手に子機を与える機能よ! 親機ほどの性能はないけど、子機を得た相手は同じように異世界の力を引き出すことができるようになるわ!』
「テーラは魔女だよ!? もともと引き出してる!」
「いえ、そうじゃないかも」
 そう言ったのは、当のテーラだった。
「魔女が引き出せている異世界の力は限定的。そのせいで、大規模な儀式を使わないと発動できない魔法もある。それがアタシ単独で発動できるようになるとするなら、打つ手はあるわ!」
「それって……」
「いったん降りるわよ!」
 ひょい、と箒を向きを変えると、山の中に着地した。箒から降りたテーラは僕を見つめる。
「キスするだけでパワーアップできるならラッキーだわ。ほら、顔貸して」
「ちょ、ちょっと!? 僕、こんななりをしているけど、中身は男で……」
「知ってるわよ。だから何? キスくらいでビビってんじゃない」
「ちょっ……むぐ!?」
 マジでキスを……。
「!!」
 僕とテーラが光に包まれる。気付けば、テーラの前にリボンが浮いていた。
 テーラの顔が離れる。
「これがパワーアップアイテム?」
 テーラはリボンを手に取る。イエローの光が消え、黄色いリボンだけが残った。
「どうすればいいの?」
 テーラは僕を真剣な目で見ている。僕はまだ動揺しているんだが……。
「……あ、ああ」
 僕も頬をひっぱたき、気合を入れる。
「リボンを手に持って、呪文を唱えるんだ。マジカルコール、スタンバイ」
「オッケー。マジカルコール! スタンバイ!!」
 テーラの姿が光に包まれる。
 なんとなく暖かいような、黄色い光。光が収束すると、そこにはもう一人の魔法少女が立っていた。
 僕とは違い、イエローを基調にしたワンピーススタイル。やはりところどころがフリルで装飾されており、頭にはとんがり帽子が乗っていた。
「おー、本当に変身した」
「い、言ってる場合か!? あいつがこっち見てる!」
「!!」
 テーラは箒をつかむと、一人で飛び上がった。
「すごいよこれー! 力が湧いてくる!」
「そんな場合か!?」
「任せて!! これならいける、少し離れて!!」
「っ?」
 僕が後ろにジャンプすると同時、テーラは箒の上で直立した。
「あ、危なっ……!!」
「落ちるか! それより行くわよ!!」
 テーラは手を振り上げ、
「来たれ地の精!! 《gravitas reticulum》!!」
「!!」
 テーラが手を振り下ろした瞬間、目には見えないーーけど力を感じた。網目のような何かが鳥の上から覆い被さり、その存在を地面に叩きつける。
「今よ!!」
「地上なら!!」
 僕は駆け出し、鳥の頭に向かって思いきりカカトを落とした。
 地面にめり込む頭。そのまま首の上に乗り、胴体目掛けて力を溜める。
「これで終わりだ! ライトニングシャワー!!」
 僕の拳から放たれた光が鳥の胴体をえぐり、大穴を開ける。直後、鳥の全身から力が抜け、そのままどさりと倒れた。

☆   ☆   ☆   ☆


 テーラの箒に乗って山から帰る。彼女の後ろにしがみつきながら、見上げれば綺麗な満月。
「どうしたのよ。黙っちゃって」
「いや。僕とキスしちゃったでしょう」
「良いんじゃない? あんた、顔は良いし」
「そういうことじゃなく」
「それ以上がある? あの場で生き残るには必要だったでしょ。それとも何? ファーストキスだった?」
「……」
「じゃあ、責任取ってくれる?」
「普通逆じゃない?」
「あら、なんで? 女の子の唇を奪ったのよ」
「奪ったのは君だ」
「まあまあ。あたしは魔女の遺産が欲しいだけって言ってるでしょう」
「まだ必要なの? そのリボンは特別な力がある。それだけで、なんだったらとんでもないことだって起こせちゃうかもしれない」
「……まあね。でもそれはそれ。悲願は悲願でしょう」
 僕が答えずにいると、テーラはくすりと笑った。
「まあいいわ。これからもよろしくね、ロアン」
「これからも?」
「あなたがくれるまで、アタシは帰れないの。それに面白い研究材料も持っているみたいだしね?」
「つきまとい?」
「恋人ってことにしない?」
「僕、あなたは好みじゃないんだ」
「キスしてるのに?」
「されたのに」
「まあ、今のところはそういうことにしておいてあげる」
 そう言って、テーラはイタズラっぽく笑ってみせた。
 その時のテーラは、たぶん意味を理解していないんだろうな、と思った。