朝。僕の日課は、愛犬との触れ合いだ。
 トーストを食べて、犬に食事をあげながら、ぎゅーと抱き締めさせてもらう。至福の時間。
 わんこの方は食事に夢中でまったく気にしない。なんというかごはんの方が大事らしい。そんなところも可愛い。
「つれないなぁ……。ん?」
 ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。朝から客人なんて珍しいことだ。
 僕は犬から離れると、玄関に向かう。
「はーい?」
 扉を開くと見知った魔女がいた。
「間に合ってます」
「押し売りです」
 ガッ、と扉の隙間に足を突っ込みながら、テーラは僕をにらむ。
「いいかげんアイテムくれない?」
「お断りします。というか朝っぱらから何しにきたわけ? 暇なの?」
「忙しいわよ。それにっ!」
 扉の隙間からノズルが伸びたかと思うと、ぷしゅっ、とミストが放出された。
「!?」
「あ、大丈夫。ただの香水」
「いきなり人に向けて香水を吹き掛けるな! どんな辻斬りだ!」
「楽しそうで何より〜」
「ふっざけてんのか!!」
「それより時間いいの?」
「っ!!」
 気づけばいつも登校する時間になっていた。舌打ちしながら、僕はドアノブを手を放す。
「じゃあもう登校するから、あんたはどっかに行ってくれない?」
「一緒に登校する?」
「あんたは! 学生じゃないでしょうが!!」
 扉を開くと、テーラの全身がようやく見えた。
 いつぞやの怪しさ満載となっているローブはさすがに脱いでおり、今は町中でも見かけるようなノースリーブのセーターとスカートに着替えている。まあそれでも、こんな住宅街で金髪碧眼はバカ目立ちするだろうけど。
「どう? 可愛い? 惚れた? 貢ぎたくなってきた?」
「バカか」
 僕は鞄を手に取り、見送りに出てきたわんこをひとしきり撫で回してから家を出る。
 その横を、テーラは当然のように付いてきた。
「帰れってば」
「仕事が終わったらね」
「仕事ね。それで? あんた魔女が本業なんでしょ?」
「そうだよ」
「普段はどうしているわけ? まさか占いで食べてるわけじゃないでしょ」
「んー、まあ、あれも大事な収入源なんだけどね。ああいうのは繁華街とかでやらないと」
「ついこの前、住宅街でやってなかったか?」
「ちょうど遺産の反応が近かったからね。調べていただけ」
「変人の服装は?」
「雰囲気作り。雰囲気大事よ? 魔法の精度に影響出るからね」
「……」
 本当か嘘かもよくわからないのでツッコミしづらい。
 僕も魔法少女にさせられたとはいえ、特別に魔法を学んだわけじゃない。というか、今後もああいうのと戦わなきゃいけないんだとしたら、少しはテーラから学んでおいた方がいいのか……?
 いや、こいつに教えを乞うのは癪にさわるな。シジョーさんに聞いてみようか。
 そういえば、シジョーさんも普段は姿を見ない。リボンで通信すれば反応してくれるので、どっかにはいるんだろうけど。どこで何をしているんだろうか。カーバンクル姿ではバカ目立ちしそうな気がするんだけど。
 ……それにしても。
「どうでもいいけど、本当に学校までついて来るつもり?」
 僕が隣を歩く魔女をにらむと、彼女は首を横に振った。
「うんにゃ。日本の学校ってセキュリティ厳しいんでしょ? さすがにそこまではね」
「あんたなら転校くらいしてくるかと思ったけど」
「アタシ中学生に見える?」
「無理だねオバサン」
「ぶち殺すわよ」
 本当のことを言えば女子中学生に見えないこともない。うちの学校に金髪の白人はいないが。
 ぴたりと足を止めたテーラは、僕を見つめてくすりと笑う。
「転入はやろうと思えばできるんだけどね。手続きが面倒だし、自分のプロフィールを偽るのって大変なのよ? それなりにコネクションのある組織がバックにいないと動けない」
「魔女にそういう組織はないのか」
「基本的には家庭内というか、ソロが基本。互助組合はあるけどね。アタシは村の代表で来ているけど、それはコミュニティの中で日本語できるのがアタシしか居なかったからだし」
 まあ、日本語が使えるヨーロッパの人間というのは多くないだろう。他の言語と違い、日本語は独特すぎて学びにくいとも聞くし。
「ま、リボンの件もあって一蓮托生なんだし? そんなに邪険にしないでもいいじゃないの」
「それはそうだけど。あんたは信用できないの」
「キスした仲じゃない」
「猥褻とか準強制性行とかで訴えてやろうか?」
「……あんたさ、アタシのこと見て少しは魅力に感じないの?」
 くねっ、とポーズを取るテーラ。
「アタシ、自分で言うのもなんだけどそれなりに美人でスタイル良いつもりだよ? 少しは協力的になったりしないの? ちょっとくらいの下心ならオッケーだよ?」
「しないんだなぁ、これが」
「……あんたホモ?」
「違うわ」
「それじゃ……きゃ!?」
 誰かがテーラに後ろから頭突きをかました。テーラが振り返る。
「おぉ、ごめんなさい。前をよく見てませんでした」
 ひょこ、と顔を出したのはうちと同じ中学の制服を着た女の子だった。
 テーラも言うほど大きくはないが、そんなテーラよりもさらに頭半分ほど小さい。うちの制服にリュックを背負っているが、銀色のストレートヘアと抜けるように白い肌が中学生らしからぬ雰囲気を醸し出している。
 年上にも年下にも見えるーー不思議な子だった。
「ごめんなさい、今日から登校なんで、緊張しちゃってて」
「あ、いえ、いいんだけど」
「あら。あなた、同じ学校ね?」
 と、銀髪女子は僕に近づいてきた。パッと笑顔を咲かせながら手を握り、
「あなた、何年生?」
「ん? 二年だけど。転校生?」
「ええ! ねえ、案内お願いできない? わたし、下調べはしたつもりなんだけど、なんだか知らない道に出ちゃって」
「ああ、まあ、いいけど」
 本当は面倒だけど、さすがに転校生を邪険にしたなんて学校で噂されても、それはそれで面倒だ。
 ましてやこういう目立つ感じの子に冷たくしたら、いくら陰キャでもあとで男女両方から何を言われるか分かったもんじゃない。
 いやまあ、何を言われたところで僕にダメージはあんまりないけど……。陰キャは噂になるのも嫌なものなんだ。
「ありがとう! わたしはヴェチル、同じ二年生よ。同じクラスになるといいわね」
「ヴェチルね。僕は六車ロアン」
「ロアン! よろしくね」
 にこりと笑うヴェチル。白人だろうに日本語のイントネーションにも違和感がない。テーラといい、日本語うまい人が多いな。
「じゃあテーラ、僕らは学校に行くから、お前はさっさと家に帰れよ」
「テーラさんね。バイ」
 僕は並んで学校に足を向ける。残ったテーラの声が後ろから少しだけ聞こえてきた。
「……? 銀髪の中学生って、日本にいるのかしらね?」
 ここにいるんだから居るんだろ。知らないけど。