偶然なのか何なのか、ちょっとだけ予感はあった気はしていた。
 そんなわけないだろとは言われると困るけど、そんなわけあるんだから仕方ない。
 だって朝来たら、僕の隣にあった空きスペースに、机が増えているんだもん。これ先週はなかったし。
 そうして訪れる、朝のホームルーム。教室の扉が開くと、担任と一緒に銀髪美少女が入ってきた。教室の中がざわつく。
 漫画みたいな話だけど、ヴェチルがうちのクラスに転校してきたのだ。
「ヴェチル・ヴェールです。仲良くしてね」
 担任の横に並んだヴェチルは、背の低さと整った造形でロシア人形のようにも見えた。
 にこりと笑う。その笑顔は男女問わず一瞬で魅了した。……お見事。
 まあ日本人は白人に弱いって言うしね。
 ぼーっとしていると、隣の席にヴェチルが座った。やっぱそうなるか。
「よろしくね、ロアン」
「うん、まあ」
 教室中の視線が僕に集まった気がする。おいおい、陰キャのモブに注目したらストーリー変わっちゃうぞ。
 まあ言いたいことは分かるよ。こんな白人美少女、なんでこんな冴えないヤツと親しげなんだ? って視線が語ってる。問題は僕も答えがないことだ。
 というか言うほど親しくない。今朝初めて会ったばかりだし。
 ホームルームが終わり担任がいなくなると、みんながさっそくヴェチルのところに集まってきた。
 隣の僕は被害を受けないよう、そっと自分の席を抜けることにする。席を立ち、廊下に出ると、ぽん、と背中を叩かれた。
 振り返ると美少女がいた。
「どうしたのロアン。どこに行くの?」
「げっ、ヴェチル?」
「げって何よ」
 注目の的を背負って歩きたくないだけです。僕は基本的に目立つキャラじゃないし、そういうのは望んでいない。
 僕はやんわりと、
「ヴェチル、クラスのみんなも君が気になるみたいだし、少し話をしてきたら?」
「わたしはあなたも気になるのよ、ロアン。親切だし」
「他のみんなも親切だよ」
「そう言わないで」
 ぎゅっ、とハグするヴェチル。今朝の一件といい、この子って距離感バグってない?
 ほら後ろで黄色い歓声だし。やめようよそういうの、余計に目立つから。
「ヴェチル。中学校ではね、そういうことするとすっごく目立つんだよ?」
「あら、大丈夫よ。日本にいる時点でわたしは十分目立つわ。可愛いしね」
「そうだね……」
 銀髪は確かに目立つわ。教室は黒ばっかだから。でもそういうことじゃない。
「僕はたまたま通学路で出会った転校生を学校まで案内しただけのモブキャラだから、あんまり贔屓しない方がいいと思うんだ。こういうのって主人公にすることだよ?」
「わたしの物語はわたしが決めるの。主人公もわたしが決める。オーケィ?」
「ノットオーケィ」
 僕は人に囲まれる人生を送りたくないです。
「もう、つれないのね。あなたくらいの年頃男子だったら、浮かれて骨抜きにされるものではないの?」
「ドラマの見すぎだよヴェチル」
「おい六車! どういう関係なんだ!?」
「そうそう、六車君って彼女いたの!? それもロシア人美少女!?」
「あー……」
 さっそく面倒なことになったぞ。浮いた話が好きだな思春期。
 僕はヴェチルをひきはがすと、
「ヴェチルとは今朝会ったのが初対面だし、彼女の距離感がおかしいのは彼女の問題だし、僕は女性と恋愛したこともありません。みんなオッケー?」
「そうね、今はまだ、ね」
「きゃー!?」
 おいヴェチル。火消ししている横で油を撒くな。火炎放射器か。
 僕が横目でにらむと、ヴェチルはてへっと舌を出しつつ笑ってみせた。あざといなこいつ……。
「ロアン? 彼女……できたの?」
 と、一人の女子が何やら青い顔をしながら声をかけてきた。幼馴染みの蛍石だ。
 自然とクラスメイトが割れる。モーゼかこいつ。でも便利だな。
 蛍石はクラス委員も勤める真面目な生徒だけど、男女共に人望がある。僕とは家が近いせいで昔から知り合いだけど、性格は正反対で、中学に入ってからはそんなに親しくもしていない。
 ロングヘアを頭の横で縛り、上背が僕より高いので威圧感がある。実家は酒屋なせいか、彼女は腕力もあり、腕っぷしは中学生になってなお男子に負けない。男子の間では《中学最強》と噂されるほどだ。
「蛍石。僕は彼女と初対面だから」
「でも抱きついて……」
「彼女がおかしいの。誰にでもハグするタイプなんだよきっと」
「あら、わたしそんなに貞操観念のない女なの?」
「きゃー!?」
 おい黙れ。ホントマジで。
「ふうん。そうなんだ。私には言いたくないんだ」
「そういうことじゃなくね? 別に隠し事をしているわけじゃなくて隠すほどのものが何もないというか、本当に何の関係もないんであって。ヴェチルも余計なこと言わない」
「あら、今は確かに親しくないかもしれないけれど、これからは分からないでしょう?」
「……ヴェチルさん? ヴェールさん?」
「ヴェチルでいいわよ」
「じゃあヴェチルさん。日本ではハグって普通じゃないし、ロアンは男子の中でもぼっちだよ。それでいいの?」
 蛍石。本人が聞いているぞ。
 するとヴェチルはにこりと笑った。
「ロンリーウルフ。素敵ね?」
「そう」
 なんだろう。なんでこの子ら火花散らしている感じなの? せめて僕がいないところでやって欲しい。
「チャイム鳴ったんだが」
 ちょうどそのタイミングで、一時間目を担当する数学教師が現れた。
 最高です先生。僕を救って下さい。
 二人はじろりと先生をにらみ、
「今いいところなんです先生」
「女の話に男が入るのは、日本では野暮って言うのよね?」
「……あ、はい」
 先生弱くない?
「と、とにかく授業は授業だし。みんな戻った方がいいと思うな?」
 先生、こくこく頷いていないで対抗してください。だから彼女できないんですよ。
「……そうね」
「ふふっ」
 二人はもう一度だけにらみ合うと、それぞれの席に戻って行った。他のクラスメイトたちもぱらぱらと自分の席に戻っていく。
「六車。お前も大変なんだな……」
「そうですね。ですから先生が助けてくれると嬉しいんですけどね?」
「先生、生徒の問題には口出ししない主義なんだ」
 おい教師。だからあんた彼女ができないんだぞ!