朝の一件で疲れた僕は、放課後早々に避難することにした。
 少なくても、また蛍石とヴェチルの火花に巻き込まれて炎上したくはない。
 急いで教室を飛び出し、校庭まで逃げる。ここまで来れば大丈夫だろうと思っていると、普通に肩を叩かれた。
「ひっ!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。あなたって小心なの?」
 ヴェチルだった。にこにこと笑いながら僕を見ている。顔はいいんだけど……普通に怖い。いや、美人だからこそ余計に怖いのか?
「……どこから現れたの?」
「あなたが教室を飛び出して行ったから、何か面白いものでもあるのかと思って」
「何もないので素直にお帰りください」
「そうだわ、ちょうどいいから案内してくれない? 学校も町も、引っ越してきたばかりで何も知らないの。あなたが好きな方でいいわ」
 人の話を聞かないな。
「僕は帰って犬の散歩があるし」
「じゃあその散歩に付き合うわ。町の中を歩くのでしょう?」
 ブレないなこの子……。
 というか、こんなところでまごまごしてると……。
「ロアン?」
 出たよゴリラ。もとい蛍石。
「あら、委員長さん。ごきげんよう」
「機嫌は良くないけれど」
「そうなのね。おなかでも空いているのならバナナでも食べたら?」
「お腹は空いてないの」
「そうなの。じゃあ、あの日ね。お腹あっためて寝るのよ」
「同性でもセクハラは成立するんだよ」
 だからなんでこの二人、こんな険悪なんだ。あと蛍石のゴリラってニックネーム誰から聞いたんだ。いやバナナだけなら関係ないかもだけど。
「えーっと、じゃあ三人で帰る?」
「そういう問題じゃない」
 あ、はい。
「蛍石さんだったかしら? あなたはロアンの恋人か何かなの?」
「……幼馴染みよ」
「ああ、知っているわそれ。要するに、何の関係もない赤の他人ってことよね? それってわたしとロアンが仲良くすることを妨げる根拠になるのかしらね?」
「……」
 険悪怖いからやめてください。なんだったら敵襲より怖い。
 それにしても、本当に変わった女の子だ。僕に話しかける女子なんて、蛍石の他には誰もいない。というか、クラスメイト全員の中でまともに会話をするのは蛍石だけで、他の人は顔と名前すら一致しなかったりする。
 転校したばかり、しかも外国人だから空気が読めてないのかな?
 いや、空気読んでいないと、こんなムーブできないな。なんなんだこの子……。
 僕は空気を少しだけ柔らかくしたくて、ふと思いついたことを聞いてみた。
「ねえ、ヴェチル。なんでうちの中学に転校してきたの?」
「なぜって?」
「うちって普通の中学だし。君は日本語も上手みたいだけど、外国語が話せる人なんてうちには先生でもいないよ?」
「英語教師はいるでしょう?」
「教科書読むしかできない人だよ」
「ふふっ、そんなことはないと思うけど」
 ヴェチルはくすりと笑い、
「わたし、日本に来るのがずっと憧れだったの」
「ふうん?」
「日本のコミックとか好きでね。日本人はみんな好きなだけ読めるでしょう? それが羨ましくて」
「ああ、まあ……。でも今なら電子書籍とかもあるし、海外でも手に入るんじゃないの?」
「やっぱり本場がいいんじゃない」
 そういうものか。まあ聖地巡礼とか言うし、好きな人は現地で楽しみたいものなんだろう。
 そのために日本へ転校してくるのはいささかアクティブすぎる気もするけど、そういう話はたまに聞くしな。
「あなたはどんなものが好きなの?」
「僕? 僕は動物全般……。特に犬かな」
「犬! わたしも好きよ。祖国では犬を飼っていたわ」
「飼うというか……。家族だからね」
「ふふっ、大事にしているのね」
 くすくすと笑うヴェチル。と、蛍石が殺意のこもった眼差しを向ける。
「こっちを無視しないで欲しいんだけど? 見えているかしら?」
「あらまだ居たのお邪魔虫」
「誰がお邪魔虫だ!」
「じゃあお邪魔ゴリラかしら?」
「なんですって!?」
 やっぱゴリラって知ってるんじゃん。誰だよ教えたの。
「それより、ほら、犬が家で待っているのでしょう? 帰りましょうよ」
「え? いや、それはちょっと……」
 さりげなく腕を組もうとするヴェチル。と、そんなヴェチルを猫みたいにつかむ蛍石。
「不純な行為は中学生にふさわしくないと思うの」
 本当にゴリラだなこいつ。女子とはいえ片手で持ち上げてるぞ。
「あら、わたしがロアンとデートすることに何か問題があるのかしら?」
「……ロアン?」
「あ、じゃああとはお二人で」
「ロアン!」
 あ、はい。というか帰らせてください。
「じゃあ、今日は私も散歩に行く」
「げっ」
「げって何よ」
「いやまあ、それは、ほら」
「ロアンは動物園の飼育員ではないということでしょう」
「あぁ!?」
「ヴェチル、本当にいいかげんにしよう……」
 これ以上は僕も殺意の余波を受けかねないので。
 そうやって路上で騒いでいると、どこから聞きつけたのか、人が来た。
「あら、こんなところにいたの」
 しかもそれが知り合いだった。でも一番会いたくない顔だ。
 空気の読めない金髪魔女は小首をかしげる。
「学校終わったんでしょ、ロアン」
「テーラ、今はそういう感じの空気じゃないって読めない?」
「どういうことよ」
「いや、だからね……」
 すると蛍石が僕をにらんだ。
「誰?」
「……テーラ。自称魔女。うちにある何かを売れって来ている怪しい人」
「ふうん。警察呼べば?」
「いや、それはさすがに……」
 彼女はリボンも持っている。異世界の技術で作られたものが見つかったところで、警察にも調査はできないだろうけど、あまり人目に触れさせたくないものではある。
 すると、僕が言い淀んでいるところにテーラは調子づいた。
「警察呼んだってアタシを逮捕なんてできないでしょ。何もしていないものね」
「何もしていないわけじゃないだろ」
「じゃあ何? キスしましたって警察に言うの?」
「あ、バカ……!!」
 すでに遅かった。ゴリラが聞いてる。
「どういうこと? ロアン」
 ああ、これは長くなるな……。
 僕は愛犬との散歩が遠退く音を聞いていた。