なぜか知らないけど、我が家のリビングに三人の女子が集まっていた。
 クラスの男子なら喜ぶ光景かもしれない。美人転校生のヴェチル、顔だけは悪くないテーラ、一部でマニアックな人気を誇る蛍石。
 タイプの違う三人が集まっているんだから、女子が好きなやつなら大喜びする光景だ。好きなやつなら。
 ……僕はそうじゃないんだけども。
 まずは蛍石。僕のことをじろりと睨み、
「で、ロアン。キスってどういうこと?」
「緊急事態だった。人工呼吸というか、野良犬に噛みつかれたというか、そういう感じのやつ」
「テーラさんとしたのね?」
「あ、はい」
 続いて蛍石はテーラをにらむ。
「で、テーラさん。彼とはどういう関係ですか?」
「それをあなたに答える義務があるかしら?」
「男子中学生に女性が手を出したってだけでニュースものですけど」
「アタシも日本の法律では未成年だから問題ないわ。それより、あなたたちは何なの?」
「何って?」
「ロアンの何なのかしら。恋人?」
「……違うけれど」
 ヴェチルも首を横に振る。
「ふうん」
 テーラは二人をじろじろと眺め、
「アタシね。今朝、ロアンに香水を振りかけたの」
 テーラはポケットから香水の瓶を取り出す。今朝、彼女が僕に辻斬りよろしく振りかけてきた液体だ。
「この香水は魔女の秘薬。女性からすると、とんでもなく不愉快な匂いがするの。それでも近づける人物は、よほど我慢強いか、特別な感情を抱いているか」
「ッ!?」
 蛍石が目を丸くするが、いやちょっと待て。
「テーラ、それってつまり、僕は今朝からずっと女子に臭いって思われてたってことか?」
「臭いってもんじゃないわ。死ぬほど不愉快ってレベル。隣に立たれたら違う電車に乗りたくなるほど」
「何してくれてんだお前!?」
「だってロアンにこれ以上、女子が近づいたらアタシの魅力度が下がっちゃうかもしれないでしょ」
 しれっと言うテーラ。お前そういうとこだぞ。
「見たところ、大きいあなたはもともと親しかったようだし、匂いを我慢していたとも考えられる。確かに親しい人が急に臭くなっても、言いにくいものね」
 そりゃそうか。僕も、蛍石に今日は臭いなとか言えない。一応は女子だし。
「それに対して、そちらの銀髪さん。あなたは今日が初対面のはず。なのに最初から好意的な態度で、しかもスキンシップが多い。普通に考えたらそんなことはできないわ。何故かしらね?」
「……」
「何が目的?」
 ヴェチルはすっと目を細くした。初めて見る表情だった。
「答えたくないなら答えなくてもいいけれど。どこかのエージェントでしょう?」
「エージェントって?」
「スパイよ。企業スパイみたいなもの。他国の技術を盗むのが彼女の仕事」
「技術を……盗む?」
「どこかで情報を得たんでしょう。ロアンが普通ではない技術を有したこと」
「っ!!」
 僕は反射的に蛍石を見ていた。彼女は再び目を丸くしている。
「テーラ! 蛍石の前で……」
「何か問題が?」
「……ちっ」
 彼女にとっては問題がないんだ。もともとこの国には僕の持つアイテムを取りに来ただけ。極東の中学生に魔法がバレたところで誰も相手にしないし、テーラからすれば問題はない。
 けど、僕は違う。ここが僕の地元だ。噂になるだろうし、そうなれば魔法のもとは手放すしかない。テーラからすれば、魔法に関わるアイテムを手放して貰えればそれでいいんだ。
 彼女は決して味方じゃない。敵と戦う時は同じ目的だとしても、無条件で一緒にいられる存在じゃないんだ。
「話を戻しましょうか。あなたがこの国にいるのはロアンから情報を引き出したいからでしょう。そのために接触し、恋仲にでもなれれば情報が自由に引き出せる。古典的なハニートラップね?」
「なるほど」
 ふわりとヴェチルは髪をかきあげる。
「まさかそんなところからバレるとは思っていなかったわ。あなた魔女なんですって?」
「そうよ」
「魔女もウチからすれば情報を奪いたい相手なんだけれど」
「できないって知っているでしょう?」
「本当にね。薬への耐性は強いし、拷問しても情報を吐かない。魔女っていうのは本当に厄介な存在だわ」
 薬。拷問。スパイ。
「知識を文書にしないものだから、盗むのも容易じゃない。情報の守りかたとしては適切なのかもね。とにかく面倒な相手」
 ヴェチルは席を立つ。
「ごめんなさいね、ロアン。あなたを利用しようとしたんだけど、失敗しちゃったわ」
「あ、いや」
 なんと言えばいいのか分からず言い淀むと、ヴェチルはくすりと笑った。
「もしも面白い情報をくれるなら、サービスくらいはするわよ。まだしばらく学校には通うから、必要なら声をかけてくれる?」
 そう言って、ヴェチルは部屋を出ていった。少しして、玄関から扉の閉まる音が聞こえる。
 そして残ったのは重い空気。どうすんだこれ。
「ロアン。その、魔女とかハニートラップとか、本当にどういうことなの?」
「それは」
 なんと言えばいいんだ。僕は魔法少女をやっていて、テーラはその協力者だと?
 変身すれば証明することもできる。だけど、そうすれば彼女を戦いに巻き込むことになりかねない。
 蛍石はゴリラみたいな腕力を持っているだけの一般人だ。魔法の戦いに巻き込みたい相手じゃないし、何より、僕も何を説明すればいいのか分からない。
 そう、僕自身、戦う理由があって戦っているわけじゃないんだ。ただ流されているだけ。
 危ない敵がいて、それを倒せるのが自分だけで。そんな漫画みたいな状況に陥っているだけ。
 自分でもうまく説明ができないんだ。
 僕が言葉に迷っていると、ポケットに隠したリボンから声が響いた。
『ロアン! 聞こえてる!?』
「っ!!」
 シジョーさんの声だ。リボンを取り出す。
「何? 今立て込んでいるんだけど!」
『敵が出たわよ! 何かの工事現場? みたいなところ!!』
「敵……!!」
 僕はテーラを見る。
「はいはい。協力はするわ。あなたに死なれても困るし」
「ありがとう」
 僕は蛍石に視線を戻し、
「ごめん、蛍石。行かなきゃ」
「行くって何? どういうこと? 何が起きているの!」
「僕もわかんないよ。でも、誰かがやらなきゃいけない。ただそれだけなんだ」
 僕はリボンを握りしめながら玄関に走る。外に飛び出すと、テーラは立てかけてあった箒を手に取った。
「案内をお願いね」
「シジョーさん、聞こえてる!?」
『オーライ! 海の方!』
「イエスっ」
 箒が飛び立つ。
 振り返ると、玄関から顔を出した蛍石が戸惑った表情を見せていた。