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 飛び立つ箒を見送らされた蛍石は、ぽつりと呟く。
「なんなのよ……」
 幼馴染みとして、ずっとロアンを見ていたつもりだった。なのに急に女が現れ、変身し、どこかに飛び去ってしまう。
 そんなの納得できるだろうか。
「……」
 納得、できるはずない。
 ロアンが危ないことをしているのなら、それを知りたい。女の素性だって知りたいし、とにかくーー何も知らないままでいたくない!
 蛍石は六車家を飛び出すと、自宅に戻った。そこには配達にも使っている自転車がある。
「チャリ借りる!!」
 玄関の鍵をひっつかみ、蛍石は自転車に飛び乗る。
 大きな声だったから聞こえてはいた。海の方。
 蛍石の健脚は、自転車のペダルを踏みしめた。

☆   ☆   ☆   ☆


 海の近く、埋め立てにより新たに作られた土地。そこに来月オープン予定の遊園地があった。
 すでに主要な建物は揃っており、ジェットコースターや観覧車が見て取れる。そんな遊園地の沿岸部、岸辺に亀のような敵がいた。
 ずんぐりした青色の体躯。背中は甲羅のようにツルツルで、足は丸太より太い。そいつがゆっくりと岸からあがろうとしていた。
 周囲に人はいない。どうやらみんな避難は終えているようだ。
「動きが遅いわね」
「けど固そうだ」
「それはやってみなきゃわかんないってやつね。一発かましてきたら?」
「そうだ、ねっ!」
 僕は箒から飛び降りると、亀の背中を思いきり蹴飛ばした。
 勢いで護岸が砕け、亀の体が水中に沈む。
 かと思いきや、すぐさま顔を出した。その甲羅には傷ひとつない。全力で蹴飛ばしたけどーーやっぱり固い。
「どう!? 倒せそう!?」
「わかんない……。っ!!」
 亀の顔が口を開く。その中に銃座が見えた瞬間、僕は逃げ出していた。
「うわっ!?」
 背中をなめる熱線。鳥の怪物が撃っていたのと同じものか……!
「攻撃力はそれほどじゃない、けど……。固すぎる!」
 こっちの攻撃が通じないんじゃどうにもならない。それなら!
 僕はぐっと踏ん張ると、亀の顔を正面から見据えた。
「こいつで勝負!! ライトニングシャワー!!」
 走る光。光線は亀の顔に直撃した。爆炎があがり、周囲に粉塵が舞う。
「どうだ!!」
 今までこの一撃で倒せない相手はいなかったはず……!
 そんな僕のもくろみとは裏腹に、亀はゆっくりと前に進んだ。
「っ!!」
 煙が晴れる。そこから現れたのは、無傷の頭。
「嘘、だろ……!?」
 ライトニングシャワーは僕の魔力を思いきり叩きつける技だ。モノリスだって鳥だって、この攻撃なら貫通した。なのに、こいつは傷ひとつない!
 甲羅だけじゃない。全身がーーおそらくはこいつを構成している青い金属が、とんでもない硬度なんだ!
「ロアン!」
 テーラが箒で僕を拾い上げる。亀は緩慢な動作で地上にあがっていた。
「あいつ、もしかして無傷なの!?」
「もしかしなくてもそうだよ。ライトニングシャワーで倒せない相手がいるなんて……!」
「機動力じゃ箒に敵わないと思って、防御力重視で来たのかしらね。確かに、あんたの必殺技で無傷なら、こっちにあいつを倒す方法はない……!」
「テーラは何かないの? 必殺技みたいなの」
「たぶん、あんたのライトニングシャワーと似たようなことはできると思う。でもあれで無傷だったのに、アタシの必殺技で倒せるとは思えない!」
「そりゃそうか……」
 まずはあいつの装甲を破壊して、弱点を作らなきゃいけないんだ。
「それじゃ……、うっ」
 頭が揺れる。倒れそうになるところを、テーラが支えてくれた。
「消耗してんの? って、そりゃそうか。必殺技を使っちゃったんだもんね」
「くそっ、でもなんとかしないと」
 亀はきょろきょろと周囲を見渡し、上空にいる僕らを見つける。がばりと口が開き、
「っ!!」
 光線が走る。テーラは箒さばきだけで攻撃をかわした。
「攻撃力もスピードもたいしたことないけど、防御力一点だけで倒しようがない……。厄介ね」
「人が避難していることだけが救いだけど……」
 ふと、僕は顔をあげた。遊園地の入り口から、何かが走ってくる?
「……いっ!?」
 自転車を全力でこいでくる女子。あれはーー蛍石!?
「ほ、蛍石! なんでこんなところに!?」
「嘘でしょ!?」
 あのゴリラ女、まさかママチャリでここまで走って来たの!? 10キロメートル以上あるのに!?
「ロ、ア、ン!! 何してるのッ!!」
「危ない!!」
 テーラはすぐさま箒をさばくと、自転車に乗った蛍石を抱きすくめた。
 そのまま物陰に隠れる。
「あ、あ、あんたねぇ! 危ないでしょう!」
「はぁ、はぁ……。なんの、説明も、せずに……。飛んでいく、方が……」
「なんであんたに説明しなきゃなんないのよ! ロアン、あんたも何か言いなさい!」
「え? ぼ、僕?」
「あんたの友達でしょうが!」
「そ、そりゃそうだけど」
 蛍石は額の汗をぬぐい、
「ロアン。どういうことなの? その格好は何? なんで女装しているの? なんで空を飛んでるの?」
「蛍石。とにかくここは危ないんだ、避難してくれないと」
「危ないならあんたも同じでしょう!」
「僕は戦わなきゃいけなくてね」
「なんであんたが戦わなきゃいけないの!? ただの中学生が!」
「……」
 痛いところを突かれた。
 確かに僕が戦わなきゃいけない理由はない。僕は、ただシジョーさんに巻き込まれただけだ。その彼女さえ、戦いの場には姿を見せていない。
 必殺技も通じないなら、僕がこれ以上、無理をする必要なんて何もないーー。
「ちょーっと待ったー!」
 と、上空から声が飛んできた。同時、頭の上に何かもふっとしたものが落ちてくる。
「こ、この毛玉は……シジョーさん!?」
「ようやく追いついたわ! 早すぎるのよ!」
 地面に降りた毛玉は、僕らを見上げる。
「改めまして、私はシジョー。見た目はカーバンクルだけど、これはただの変身魔法で、本体は人間よ」
「だから日本じゃカーバンクルの方が目立つって言ったでしょう」
「変身なんてそう簡単に変えられないの! それよりあなた!」
 シジョーさんは前足で蛍石を指し、
「あなた、何が起きているのか知りたいのよね!? あいつらが何なのか、なぜ戦うのか、なんでロアン君にはこんなにも女装が似合うのか!」
「最後のは違うぞ」
「それらの答え、ぜーんぶロアン君とキスすればわかるわ!」
「っ!? おい!!」
 キスって、それはテーラと同じことか!? 蛍石も仲間にしろってこと!?
「シジョーさん、僕は反対です! 彼女はただの中学生なんですよ!? 危なすぎます!」
「中学生だから危ないぃ……?」
 蛍石はじろりと僕をにらみ、
「そんなのあんたも同じでしょう! なんでそんなことしているのか知らないけど、ちゃんと説明しなさい!」
「説明なんか僕にもできないんだってば!」
「説明もできないのに危ないことしているの!?」
「だってしょうがないじゃん!!」
「しょうがないって……んむっ!?」
「ッ!?」
 目の前に蛍石の顔が迫った。唇に感触。
 蛍石の顔の向こうに毛玉の尻尾ーーまさか押したな!?
 直後、僕と蛍石が光に包まれた。レッドの光が消える頃には、蛍石の前にリボンが浮いていた。
「……ッ」
「色々と思うところはあると思うけど、まずは邪魔なやつを片付けてからゆっくり話しましょう。蛍石ちゃん? そのリボンを手に取って、呪文を唱えるの」
「……呪文?」
「マジカルコールスタンバイ、よ」
 頬を赤く染めた蛍石はリボンを手に取り、呪文を口にする。
「なんだかよくわからないけど……マジカルコール! スタンバイ!」
 赤い光が蛍石を包む。光が収束すると、そこには戦士が立っていた。
 赤を基調とした上着に、メタリックレッドの胸当て。フリルのついたミニスカートからは黒いスパッツが覗いている。そして、両脇に羽飾りのついた兜が戦士らしさを醸し出していた。
 蛍石は感触を確かめるように、ぐっと拳を握る。
「なんとなく理解できたわ。とりあえずぶっ飛ばしてから考えればいいのね?」