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飛び立つ箒を見送らされた蛍石は、ぽつりと呟く。 「なんなのよ……」 幼馴染みとして、ずっとロアンを見ていたつもりだった。なのに急に女が現れ、変身し、どこかに飛び去ってしまう。 そんなの納得できるだろうか。 「……」 納得、できるはずない。 ロアンが危ないことをしているのなら、それを知りたい。女の素性だって知りたいし、とにかくーー何も知らないままでいたくない! 蛍石は六車家を飛び出すと、自宅に戻った。そこには配達にも使っている自転車がある。 「チャリ借りる!!」 玄関の鍵をひっつかみ、蛍石は自転車に飛び乗る。 大きな声だったから聞こえてはいた。海の方。 蛍石の健脚は、自転車のペダルを踏みしめた。 海の近く、埋め立てにより新たに作られた土地。そこに来月オープン予定の遊園地があった。 すでに主要な建物は揃っており、ジェットコースターや観覧車が見て取れる。そんな遊園地の沿岸部、岸辺に亀のような敵がいた。 ずんぐりした青色の体躯。背中は甲羅のようにツルツルで、足は丸太より太い。そいつがゆっくりと岸からあがろうとしていた。 周囲に人はいない。どうやらみんな避難は終えているようだ。 「動きが遅いわね」 「けど固そうだ」 「それはやってみなきゃわかんないってやつね。一発かましてきたら?」 「そうだ、ねっ!」 僕は箒から飛び降りると、亀の背中を思いきり蹴飛ばした。 勢いで護岸が砕け、亀の体が水中に沈む。 かと思いきや、すぐさま顔を出した。その甲羅には傷ひとつない。全力で蹴飛ばしたけどーーやっぱり固い。 「どう!? 倒せそう!?」 「わかんない……。っ!!」 亀の顔が口を開く。その中に銃座が見えた瞬間、僕は逃げ出していた。 「うわっ!?」 背中をなめる熱線。鳥の怪物が撃っていたのと同じものか……! 「攻撃力はそれほどじゃない、けど……。固すぎる!」 こっちの攻撃が通じないんじゃどうにもならない。それなら! 僕はぐっと踏ん張ると、亀の顔を正面から見据えた。 「こいつで勝負!! ライトニングシャワー!!」 走る光。光線は亀の顔に直撃した。爆炎があがり、周囲に粉塵が舞う。 「どうだ!!」 今までこの一撃で倒せない相手はいなかったはず……! そんな僕のもくろみとは裏腹に、亀はゆっくりと前に進んだ。 「っ!!」 煙が晴れる。そこから現れたのは、無傷の頭。 「嘘、だろ……!?」 ライトニングシャワーは僕の魔力を思いきり叩きつける技だ。モノリスだって鳥だって、この攻撃なら貫通した。なのに、こいつは傷ひとつない! 甲羅だけじゃない。全身がーーおそらくはこいつを構成している青い金属が、とんでもない硬度なんだ! 「ロアン!」 テーラが箒で僕を拾い上げる。亀は緩慢な動作で地上にあがっていた。 「あいつ、もしかして無傷なの!?」 「もしかしなくてもそうだよ。ライトニングシャワーで倒せない相手がいるなんて……!」 「機動力じゃ箒に敵わないと思って、防御力重視で来たのかしらね。確かに、あんたの必殺技で無傷なら、こっちにあいつを倒す方法はない……!」 「テーラは何かないの? 必殺技みたいなの」 「たぶん、あんたのライトニングシャワーと似たようなことはできると思う。でもあれで無傷だったのに、アタシの必殺技で倒せるとは思えない!」 「そりゃそうか……」 まずはあいつの装甲を破壊して、弱点を作らなきゃいけないんだ。 「それじゃ……、うっ」 頭が揺れる。倒れそうになるところを、テーラが支えてくれた。 「消耗してんの? って、そりゃそうか。必殺技を使っちゃったんだもんね」 「くそっ、でもなんとかしないと」 亀はきょろきょろと周囲を見渡し、上空にいる僕らを見つける。がばりと口が開き、 「っ!!」 光線が走る。テーラは箒さばきだけで攻撃をかわした。 「攻撃力もスピードもたいしたことないけど、防御力一点だけで倒しようがない……。厄介ね」 「人が避難していることだけが救いだけど……」 ふと、僕は顔をあげた。遊園地の入り口から、何かが走ってくる? 「……いっ!?」 自転車を全力でこいでくる女子。あれはーー蛍石!? 「ほ、蛍石! なんでこんなところに!?」 「嘘でしょ!?」 あのゴリラ女、まさかママチャリでここまで走って来たの!? 10キロメートル以上あるのに!? 「ロ、ア、ン!! 何してるのッ!!」 「危ない!!」 テーラはすぐさま箒をさばくと、自転車に乗った蛍石を抱きすくめた。 そのまま物陰に隠れる。 「あ、あ、あんたねぇ! 危ないでしょう!」 「はぁ、はぁ……。なんの、説明も、せずに……。飛んでいく、方が……」 「なんであんたに説明しなきゃなんないのよ! ロアン、あんたも何か言いなさい!」 「え? ぼ、僕?」 「あんたの友達でしょうが!」 「そ、そりゃそうだけど」 蛍石は額の汗をぬぐい、 「ロアン。どういうことなの? その格好は何? なんで女装しているの? なんで空を飛んでるの?」 「蛍石。とにかくここは危ないんだ、避難してくれないと」 「危ないならあんたも同じでしょう!」 「僕は戦わなきゃいけなくてね」 「なんであんたが戦わなきゃいけないの!? ただの中学生が!」 「……」 痛いところを突かれた。 確かに僕が戦わなきゃいけない理由はない。僕は、ただシジョーさんに巻き込まれただけだ。その彼女さえ、戦いの場には姿を見せていない。 必殺技も通じないなら、僕がこれ以上、無理をする必要なんて何もないーー。 「ちょーっと待ったー!」 と、上空から声が飛んできた。同時、頭の上に何かもふっとしたものが落ちてくる。 「こ、この毛玉は……シジョーさん!?」 「ようやく追いついたわ! 早すぎるのよ!」 地面に降りた毛玉は、僕らを見上げる。 「改めまして、私はシジョー。見た目はカーバンクルだけど、これはただの変身魔法で、本体は人間よ」 「だから日本じゃカーバンクルの方が目立つって言ったでしょう」 「変身なんてそう簡単に変えられないの! それよりあなた!」 シジョーさんは前足で蛍石を指し、 「あなた、何が起きているのか知りたいのよね!? あいつらが何なのか、なぜ戦うのか、なんでロアン君にはこんなにも女装が似合うのか!」 「最後のは違うぞ」 「それらの答え、ぜーんぶロアン君とキスすればわかるわ!」 「っ!? おい!!」 キスって、それはテーラと同じことか!? 蛍石も仲間にしろってこと!? 「シジョーさん、僕は反対です! 彼女はただの中学生なんですよ!? 危なすぎます!」 「中学生だから危ないぃ……?」 蛍石はじろりと僕をにらみ、 「そんなのあんたも同じでしょう! なんでそんなことしているのか知らないけど、ちゃんと説明しなさい!」 「説明なんか僕にもできないんだってば!」 「説明もできないのに危ないことしているの!?」 「だってしょうがないじゃん!!」 「しょうがないって……んむっ!?」 「ッ!?」 目の前に蛍石の顔が迫った。唇に感触。 蛍石の顔の向こうに毛玉の尻尾ーーまさか押したな!? 直後、僕と蛍石が光に包まれた。レッドの光が消える頃には、蛍石の前にリボンが浮いていた。 「……ッ」 「色々と思うところはあると思うけど、まずは邪魔なやつを片付けてからゆっくり話しましょう。蛍石ちゃん? そのリボンを手に取って、呪文を唱えるの」 「……呪文?」 「マジカルコールスタンバイ、よ」 頬を赤く染めた蛍石はリボンを手に取り、呪文を口にする。 「なんだかよくわからないけど……マジカルコール! スタンバイ!」 赤い光が蛍石を包む。光が収束すると、そこには戦士が立っていた。 赤を基調とした上着に、メタリックレッドの胸当て。フリルのついたミニスカートからは黒いスパッツが覗いている。そして、両脇に羽飾りのついた兜が戦士らしさを醸し出していた。 蛍石は感触を確かめるように、ぐっと拳を握る。 「なんとなく理解できたわ。とりあえずぶっ飛ばしてから考えればいいのね?」 |