亀はゆっくりとコンクリートの上を闊歩しているが、その動きはのろい。きょろきょろと首を回しているのは、もしかして僕らを探しているのだろうか?
 とはいえ視野はそれほど広くないらしい。身をかがめると見つからない様子で、蛍石はそのままぐるっと亀の後ろにまで回っていく。
「こいつでしょ」
 亀の後ろ足に抱きつく。何をするのかと思いきや、
「うっしゃあああああああああああああああああ!!」
「っ!?」
 亀の足を、あろうことか持ち上げた。その持ち主ごと。
 亀の体が宙を浮き、地面に叩きつけられる。さすがの防御力で甲羅は無事のようだが、腹がむき出しになった。
「亀を割るなら甲羅よりこっちでしょ」
 ぐっと拳を握り、蛍石は思いきり殴りつける。

 ゴォン!!

 除夜の鐘を数倍にしたような音が響き、メタリックカラーの腹がへこんだ。心なしか、亀も苦しそうに見える。
「ホラホラホラァ!!」
 連打、連打、連打!
 亀を叩くたびに装甲がへこみ、ひしゃげていく。
「そらぁ!!」
 何度目かの殴打で、とうとう腹の装甲が裂けた。内部にはよくわからない金属の機構が見える。
「壊せばいいんでしょ!?」
 ケーブルらしきものを引きちぎり、配管のようなものをねじ曲げる。とんでもない剛力だ。さすがゴリラ……。
 亀もじたばた暴れているけど、やはり亀だからか、元に戻ることができない。
「蛍石! そのまま決めちゃえ!!」
「って言っても」
 赤いオイルまみれの姿は既に魔法少女というか殺戮だ。こんなの魔法少女じゃない……。
 きょろきょろと周囲を見渡した蛍石は、消波ブロックに目をつけた。
 そいつを軽々と持ち上げると、
「よーいしょっと!」
 穴の空いた腹の上に叩き落とす。装甲がますますひしゃげ、内部構造もずたずたにされた。
 すでに亀は虫の息だ。最後の抵抗とばかり、口から銃口を覗かせている。
 蛍石はそれに気づくと、銃口を引っつかんでねじ曲げた。
「っ!!」
 光線が上空に向かって放たれる。当たる先のない光線は、そのまま収束して消えた。
「蛍石! 必殺技とかないの!?」
「必殺技ぁ? まあ、魔法少女ならそういうのも……」
 ふと、蛍石は自分の拳を眺めた。
「ふぅん。そういうことね」
「……?」
 手を虚空に掲げる。すると、そこに炎が燃え盛った。
「激情を物理的な存在に……。それが、この力だ!」
 炎は剣となる。蛍石はそれを、思いきり亀に叩きつけた。
 消波ブロックごと亀が切り裂かれ、まっぷたつになってーー二つの欠片が、ごろんと地面に転がった。

☆   ☆   ☆   ☆


 亀の形をした敵と戦った帰り道。
 僕、テーラ、蛍石、そしてシジョーさんの四人はのんびりと歩いていた。
「で、まだ説明して貰ってないんだけど?」
「だいたいさっきみたいな感じだよ」
「それを、なんでロアンがやっているのか聞いているの。あいつら、ニュースに出ていた謎の兵器ってやつでしょ?」
「ニュースは見てないから知らないし、なんで戦ってるかってのは僕にもわかんないんだよ」
「わからないってどういうことよ?」
「そこの獣……シジョーさんに頼まれたんだ。あいつらを倒してくれって。確かに自衛隊じゃ歯が立たない相手だったみたいだし、それに……」
「それに?」
「……なんだか魔法少女みたいじゃん? こういうのってさ」
「どっちかっていうとヒーローものみたいだけど」
「同じだよ。普段と違う自分に変身して、強敵と戦ったり、仲間と絆を深めたり。そういうの、少し憧れたりすることってあるでしょ」
「それは、まあ、なんとなくわかるけど」
 蛍石は赤いリボンを見つめる。僕とキスしたことで生まれた、彼女のためのリボンだ。
「でも納得できない。危ないんでしょ、あいつら? なんでそんなのを中学生が戦わなきゃいけないのよ」
「うーん。そのへん、シジョーさん、どうなの? 僕も詳しい説明をしてもらってないんだけど」
 すると足元を歩いていたカーバンクルは僕らを見上げる。
「……あいつらはただの機械よ。それも前線を威力偵察するための兵器」
「威力偵察ってことは……。いつか本隊が来る、ってこと!?」
「うん。それがいつになるかはわからないけど、それほど遠くはないはず。だから、それまでの間に仲間は増やしておいた方がいいわ」
「そんなの初耳だよ! それに、連中は何のためにこっちへ来るの?」
「それはアタシも疑問だわ」
 後ろを歩いていたテーラが言う。
「こっちの世界は、そっちの世界から比べたら何もないはず。わざわざ田舎まで観光に来るって軍隊もないと思うわ。何が目的なの?」
「目的というか、探しているんだと思うの」
「探す?」
「この世界に本来あるはずがないもの……。そのくらいしか言えないんだけど」
「この世界に、あるはずがないもの?」
 シジョーさんは頷き、僕を見上げる。
「初めて会った時、この世界に歪みが生まれているって言ったのは覚えてる?」
「なんとなく」
「私の世界では他の世界を観測し、その歪みを計測している。歪みが大きくなると、ゆがんだ風船が破裂するみたいに、世界が消し飛ぶ恐れがあるわ。そうなると他の世界まで影響が出かねない。そこで積極的に管理をしよう、っていう動きがあるんだけど」
 言いたいことはわかる。世界の危機。魔法少女にはよくあることだ。
「問題はその手段。私はエージェントとしてこの世界に調査潜入し、情報を集めてから対応すべきっていう立場。けど、私以外の派閥もあるの。そっちは積極的に異常の元を探し、破壊せよって立場。そのために現地で出る影響についてはやむを得ないとする」
「影響はやむを得ないって……」
「わかるでしょ? あのモンスターたちが一般的な町で暴れたらどうなるかくらい」
 兵器が人の町で暴れるんだ。ただで済むはずがない。
「私はそういう手段は使うべきじゃないと思ってる。でも多数派はあっちなのよ。大きな損害が出る前に、小さな損害は必要経費って連中が。だから私は、単独でこの世界に潜入しつつ、あなたたちに時間稼ぎをしてもらっているの」
「それで? 原因は見つけられたの?」
「まだはっきりとは……。ただ、この町は何かおかしいわ。力場のゆがみが一番大きいの。だから、この近くには何かがあるはずなのよ」
「何かって言われても」
 僕は蛍石と顔を見合わせる。
「心当たりある?」
「さあ……。観光名所とかこの町にはないし」
「だよね」
「まあ、それは私が探すわ。だからあなたたちは、連中を食い止めて欲しい。無理なお願いしているとは思うけど」
「……」
 僕は何も言わない蛍石を見つめる。
「どうする、蛍石?」
「なんで聞くの」
「反対していたみたいだから」
「なんでって、そういうことじゃない」
 蛍石は首を横に振り、
「そんな話を聞いちゃったら、断れないでしょ。おひとよしのロアンならなおさら」
「……ん、ありがとう」
「その代わり、今度から一緒に出撃するんだからね。わかった?」
「ああ、わかったわかった」
「本当にー!?」
「わかってるって」
 と、適当にあしらう僕をテーラが後ろから引っ張った。
「その獣がいないところで話したいわ。蛍石ちゃんも一緒に」
「……? わかった。家なら」
「お願いね。大事なことだと思う」
 そう言うテーラの表情は、いつもより真面目だった。