家に帰ると、予想通りシジョーさんはどこかに姿を消してしまった。僕らはリボンをリビングに置いて、僕の部屋に集まる。
「……ロアンの部屋、久しぶりに来た」
「特に変わってないと思うけど」
「そうかな」
 蛍石はどこか落ち着かない様子だけど、僕は僕で落ち着かなかった。
「それでテーラ、話って?」
「あの獣が言っていたことよ。この世界のゆがみが大きくなっていて、それもこの街が中心になっているっていう」
「ああ、あれか。心当たりでもあるのか?」
「ええ。というか、あんたもあって当然だと思うけど?」
 僕は一瞬だけ思考を巡らせ、
「もしかして、お前が探しているっていうアイテムのことか?」
「ご明察」
「アイテム?」
 僕は事情をいまいち理解していない蛍石にも説明してやった。
「つまり、テーラさんは秘伝のアイテムを探しているだけで、ロアンに用事はないってこと?」
「それはそれとして魔法少女には興味があるけれどね。質量を無視した変換なんて現代魔術でも難しい話だし、それを他人にも分けられるだけの技術力なんて途方もないわ」
 それはそれとして、とテーラは続ける。
「魔女に伝わるアイテムは、異界との扉。言うなればこちらには本来存在しない力を引き出すもの。里で丁寧に保管しているならともかく、素人が適当な保管をしていたら、世界をゆがめてもおかしくないでしょう?」
「そんなすごいアイテムなの?」
「正直に言えば知らないわ。里から出した記録が一度もなかったから」
「それが原因だから里に返せ、とは言わないんだね」
「不義理でしょう。それに原因と断定できない以上、アタシが里に戻っちゃえばあの怪物と誰が戦うの?」
 僕と蛍石は顔を見合わせる。
「あなたたちだけじゃ空も飛べないのに? また鳥のような空を飛ぶ相手が出てきたらどうするつもり? 力自慢の仲間と素早いだけのあなたが?」
「それは……」
「というのは、まあ建前」
 テーラは手をあげ、
「シジョーといったかしら、あの獣。アタシはあいつが信用できていないの。世界のゆがみがあって、穏健派と強硬派がそれぞれ動いている? 組織としてありえないでしょう」
「それは……。そういう、もの?」
「そういうものよ。アタシは里の総意としてここにいる。だから里からのサポートも受けられているし、金銭面でもなんとかできているの。それに対して、彼女は勝手に自軍を邪魔しつつ調査しているということでしょう? 普通の組織なら重罰じゃない?」
 言われてみればその通りだ。
「つまり、彼女はまだ何か隠しているのよ。素直に話を聞く気にはなれない」
「……なるほどね。それを話したいってことか」
「そういうこと。彼女の話は全部を信じることもできないけど、一部は真実だわ。少なくても怪物たちがこの世界で生まれた存在じゃないということは事実だと思うの」
 それはそうだろう。自衛隊の攻撃でも破壊できなかったり、とんでもない攻撃力を持っていたり。どれもこれも、地球上の技術で可能なものではない。
「つまり、この世界に攻撃的な意思を持っている存在がいるということは事実。だから、戦いを続けなければいけないのは事実として、シジョーが普段、何をしているのか調べた方がいいわね。それはアタシがやるわ」
「テーラが?」
「まあ日本にいる間は他にやれることもないしね。それに現代魔法をいくつか使えば、あなたたちよりは調査に向いた行動が取れるわ」
「それは助かるけど……」
「あなたたちはもうひとつ、対処しなければいけない問題がある」
 はて、と考えた僕の横で蛍石が言う。
「ヴェチルでしょう」
 ああ、と気づく。敵の出現ですっかり忘れていた。
「彼女はスパイ活動で日本に来ている。意思を持って魔法の存在を盗もうとしているわ。そちらに秘密を漏らすわけにはいかない」
「その点については、僕については関係がない。魔法の存在を秘匿しなきゃいけないわけじゃないしな」
「そうかしら? あなたが魔法少女であり、怪物と戦っているという事実は今のところ漏れていない。でも、その情報を彼女が漏らしたら? もう普通の生活はできないんじゃない?」
「……っ」
「他に助けを求める相手がいなくなれば、彼女のところに行くしかなくなるかもしれない。スパイ活動なんてそのくらいは平気でやるわよ」
「逃げ場をなくして、心の拠り所を作るか」
 確かに人を追い詰める方法としては効果的だ。そうなった時、組織で僕を守ってくれそうな相手はテーラしかなくなる。今のところ彼女だって友好的だけど、いつ豹変してもおかしくはない。
 そう考えると、状況は決して芳しくない。
「情報を漏らさないことを条件に提供をしたら?」
「スパイがそんな約束を守ると思う? 情報さえ抜いちゃえばあなたたちに存在価値はないのよ」
「……厄介だね」
 シジョーさんの目的も知れない。けど、目下の急務はヴェチルをなんとか懐柔することだ。
「まあ、ひとつ方法がないこともないけど」
「どんな方法?」
「彼女にキスすることよ」
「……はぁ?」
 僕が首をかしげると同時、蛍石が仁王の形相でテーラに迫る。
「却下。不純だわ」
「でも簡単な方法なのよ。キスをしてシステムを起動すれば彼女もリボンを手に入れる。魔法の技術、その一部を彼女たちは手に入れられるわ」
 でも、と続ける。
「このシステムが面白いところは、あくまでコアユニットがロアンひとりだってこと。あなたがいないと、このシステムは成立しないわ。まあ、ロアンを薬漬けにしてでも奪おうとはするかもしれないけど、現代科学を越えたパワーが発揮できる魔法少女なら、そう簡単に捕獲されることもないでしょう」
「ロアンのリボンが奪われたどうするのよ」
「それはもう無理。あのリボンは個人と結び付いているわ。他の人間が手を出そうとしても力を発揮できないようなシステム化がなされている」
 暇な間に調べているのよ、とテーラは言った。
 確かに、あのリボンで変身した時の姿はみんなそれぞれ違うし、発揮できるパワーも違っているようだ。
 僕は狼のようなスピードとパワーを発揮するけど、蛍石は僕よりパワー重視のようだし、逆にテーラは魔法が強化されていたようだ。
 タイプの違いと言えばいいだろうか。
「とにかく、あなたたちはヴェチルと仲良くなることを考えなさいな。後の調査はこっちで可能な限り進めてみる」
「スパイと仲良くって……。その方が懐柔される心配がないか?」
「どうせ黙っていても向こうから近づいてくるんだから、逃げられないなら立ち向かうしかないでしょ。怪物たちと一緒よ」
「ずいぶんと可愛い怪物だな……」
 はぁ、と僕はため息をついた。