うちの学校は特別セキュリティとかもない。職員室にはあるという話も聞くけど、少なくても廊下や校庭にはそんなものない。
 だから、夜の校門を飛び越えて、あげく開けっぱなしにしておいた一階の窓から侵入することもたやすかった。
 ちなみに格好は念を入れての制服だ。これなら見つかっても言い訳がきく。まあ先生に見つかったらめちゃくちゃ怒られそうだけど、さすがに終電近いこの時間に先生はいない。
 ……なら夜中に制服の方が危ないんじゃないかとも思ったけど、これは結局のところどっちもどっちだ。
 侵入に成功した僕と蛍石は、そのまま屋上へと向かう。普段閉まっているはずの鍵は開いており、扉を開いた先で、先客は待っていた。
「いらっしゃい。良い夜ね」
 屋上で待っていたヴェチルは、昼間の雰囲気とはぜんぜん違っていた。全身黒いラバースーツ。髪だけが月明かりに浮いていて、それだけで生き物のようにも見える。
 それは、あるいは僕の恐怖心だろうか。
「お客さんは二人だけ?」
「そんなわけないでしょう」
 ふわりと月光に影が差す。空から箒に乗ったテーラが降りてきたのだ。
 今日の彼女は、魔女らしいローブ姿だった。夜の闇では、かえってあの方が目立たないかもしれない。
 ヴェチルはテーラに優しい眼差しを向ける。
「あら、魔女。情報でもくれる気になった?」
「そうね、交渉しようという気にはなったわ」
 こちらは三人。相手は一人。
 でも、他国に一人で来られるレベルのエージェントに対して、僕と蛍石は普通の中学生だ。
 テーラもエージェントといえばエージェントだけど、彼女はどこか頼りない。少なくても荒事で役立つ感じじゃない。
 対してヴェチルは、どこか凄みがある。近づくだけで殺されてしまいそうな恐怖……。
「交渉ね」
 ヴェチルは鼻で笑い、
「そんな余地はないわ。あんたたちが情報を出すか、出さないか。ただそれだけ」
「……情報は出してもいいわ」
 と、蛍石がそんなことを言い出した。
「条件次第だけど」
「蛍石さん。これはね、ただの子供ができるような交渉ではないの。おわかり?」
「わかっているつもり。だから交渉だっていうの」
 蛍石は僕の手を握った。その手が震えている。
「私たちは魔法というものを知らないの。そっちが欲しいって言えるほど魔法のことについて詳しいわけじゃない」
「そんな嘘を信じると思う?」
「本当のことよ。私たちはただの中学生だった」
「変身して怪物と戦っている存在をただの中学生と呼ぶの?」
 蛍石の手に汗が浮かぶ。
「こちらだって知らないであなたたちに接触しているわけじゃない。それは交渉にならないわ」
「だからそれは……ッ!?」
 ぐらりと地面が揺れた。
 校庭を見下ろす。いつの間にか、そこには蜘蛛のような兵器が鎮座していた。
 大きさは4メートルほどか。灰色の装甲に、八本の脚。赤い単眼がギラリと輝いていて、不気味だった。
 もちろんだけど、さっきまでの校庭にあんな化物はいなかった。
「ど、どこから現れた!?」
「わかんない、けど……!!」
 戦うしかない。
 僕らはヴェチルを振り返る。
 ヴェチルは肩をすくめ、
「正直、こんな学校や町がどうなろうが、こっちとしては知ったこっちゃないけどね。いいわ、戦ってきたら?」
「いいの?」
「時間に余裕はあるし。それに、あなたたちの戦闘もこちらとしては情報なのよ。それはそれで悪くないわ」
「それなら……!! マジカルコール!! スタンバイ!!」
 僕が、蛍石が、テーラが光に包まれる。
「ワオ。本当に服装が変化するのね。間近で見ていてもどうやったのかわからないわ」
 ヴェチルはくすくすと笑う。けど、僕らにそんな余裕はなかった。
「蛍石、テーラ! 行くよ!」
 屋上から飛び降りる。変身した僕の敏捷さなら、このくらいの高さは問題にならない。
 校庭に降り立つと、敵は僕の存在を認めたらしい。正面が開き、暗闇が覗く。
「なっ!?」
 そこから現れたのは、小型の蜘蛛たちだった。姿かたちは大蜘蛛と同じだけど、サッカーボール程度に小さい。そんな蜘蛛たちが、ガサガサと無数に降りてくるーー!
「き、き、気持ちわるぅぅ!?」
「言ってる場合か!!」
 群がる蜘蛛たちを蹴飛ばす。一匹一匹は力も強くないけど、数がめちゃくちゃ……!?
「……!! ロアン、下がれ!!」
「!?」
 テーラが叫ぶ。僕は反射的に飛び退いていた。同時、箒を構えたテーラが前に出る。
「間に合え!!」
 目の前に淡い黄色の光が現れる。かと思った直後、衝撃波が襲いかかってきた。
「つぅ!?」
「こ、こいつら小型爆弾だわ!!」
 たぶんテーラがシールドを張ってくれたのだろう。だからかろうじて耐えられただけ……!
 ひとつひとつは今までの敵ほど強いわけじゃない。爆発にしてもたぶん手榴弾とか、その程度。だけどーーこの数がどんどん爆破されたら防げない!!
「ロアン!! 長期戦はまずい、突っ込もう!!」
「わかった! 蛍石、サポート頼む!!」
 僕は思いきり地面を蹴って飛び出す。小さい蜘蛛は蹴散らしながら、相手に近づいていく。
「ううらぁぁぁぁぁぁ!!」
 全力でグーを叩きつける!!
 ガン、と大蜘蛛の装甲を叩く。ぐらりと揺れたところで、足のひとつをつかんだ。
「せえのぉ!!」
 一本背負い!
 地面に叩きつけ、蜘蛛の足をへし折る。折れた足を放り投げ、続けて攻撃……。
「ロアン、上!!」
 咄嗟に跳ねる。僕の立っていたところに、蜘蛛の足が突き刺さっていた。
「う、嘘だろ!? 折ったのに!!」
 いつの間にか、折れた足が再生していた。こいつ、子蜘蛛を産み出すだけじゃなく、自分の足も再生修理ができるのか……!?
「まるで生体ね! いや、トカゲの生体だってこんな早く再生しなけどさ!」
 再生能力も厄介だけど、子蜘蛛が厄介だ。数が多い上に爆発で攻撃力まである……!
「テーラ、重力魔法で子蜘蛛を押さえられない!?」
「無理! アタシの魔法は重力の網よ、こんな細かい連中は拘束できない!!」
「ちっ!」
 蛍石のスピードじゃ子蜘蛛に追いつけないし、テーラじゃ防ぎきれない。
 スピードで対抗できるのは僕だけ、でも、僕の攻撃力じゃ大蜘蛛に再生されちゃう。
「どうしろって……ッ!!」
 足元で爆発する子蜘蛛を避けながら、僕は叫ぶことしかできなかった。

☆   ☆   ☆   ☆


?


「存外と強いわけじゃないのね」
 校舎の上から魔法少女の戦いを眺めるヴェチル。
 彼女にとって必要なことは魔法の能力、その情報を集めることだけであり、勝敗はどうでもいい。言ってしまえば、あの蜘蛛たちを回収してもいいのだ。
 まあ、彼らがあの蜘蛛を無力化してくれれば一番効率がいいのだが……。それはさすがに高望みか。
 どうやら、単純に物量の差で負けているようだ。個々の破壊力、運動力、いずれも蜘蛛には負けていない。だが、ただ数を増やす、自分の体を再生するといった生産能力だけで圧倒している。
 数は力だ。ただ、どうやって物量を生産しているのか分からない。
「それが魔法ということなんでしょうけど」
 エネルギーを質量に変換している? 先ほどの変身はそんな雰囲気もあった。
 だけど、それが事実としたらとんでもないエネルギーを消費していることになる。エネルギーは質量に光速の2乗をかけたもの。核反応だって、ほんの小さな欠片で首都圏の電力を賄えるほどのエネルギーに変換できるのだ。
 あれほどの質量を生産するとしたら、どれほどのエネルギーを消費すればいいのかーー検討もつかない。
「魔法って、そんなに単純な技術じゃないのかも……」
 ただこの世の理とは違うルールなんだ、というだけの問題ではない。エネルギーを運用する効率、ロスカットの概念が現代の人間とは異なっているのかもしれないーー。
 そんなことを考えていたら、隣に小さな獣が座った。
 紫色の毛並みを持つ、変わった獣だった。
「何? あんた」
「あなたが興味を持っている、異界の者よ」
「……ふうん」
 情報にはあった。魔法少女と呼ばれる彼が接触していた、不思議な獣。どんなデータとも合致しない、既存の獣とは子となる存在。
「我々からしたら、無理に魔法少女をさらわなくても、あなたでもいいのよ」
 もちろん実験材料は多い方がいいから、こいつを捕まえても彼らを見逃す理由にはならないが……。
 ヴェチルは瞬時に見抜いていた。この獣、魔法少女たちと違って、交渉にはならないと。
「ねえ、スパイさん。交渉しましょう」
 なので、向こうからそんなことを言われたのは予想外だった。
「交渉?」
「ロアンたちに協力してあげて? 代わりに魔法の秘密を少しばかり教えてあげるから」
「……ふうん」
 その提案そのものはヴェチルにとって悪いものではなかった。
 もともと魔法の情報が欲しいだけであって、たかだか日本の中学生と敵対したいわけではない。むしろ魔法を知っている連中と敵対して余計なダメージを負う方が損も出る。
 そちらから情報を差し出してくれるなら、こんなに良いことはないーーのだが。
「なんでこちらに協力してくれるの?」
「勘違いしないで、そっちに協力したいわけじゃないの。ただ背に腹はかえられない……。今の彼らで、あのユニットを破壊することはできないでしょう」
「確かに」
 戦闘力で劣っているわけではない。”戦術で”劣っている。
 まあ、ただの中学生だの魔女だのに戦闘経験を求める方が間違っている。その点、荒事にも慣れている自分が協力するなら……。
「でも、いいの? スパイに情報を漏らして」
「大丈夫よ。魔法ってそんなに簡単な技術じゃない」
 そう言って、獣はくすりと笑った。怪しいとは思うが、虎穴に入らねば、だ。
「わかったわ。どうすればいい?」
「簡単な話よ。あなたなら一瞬で済むわ」