蜘蛛を蹴散らし、僕らは大きく飛び退いた。
 すでに大蜘蛛の周囲は子蜘蛛が囲んでおり、僕らは数メートルも離されている。これじゃ近づくこともままならない。
「これ、詰んでない……? というか、このままじゃ学校が」
「そんなこと言ってる場合!?」
「そうは言っても……」
「要するに手数が足りないんでしょ」
「!?」
 ぼそり、と耳元でささやかれる。
 振り返ると、ヴェチルがニコニコと笑っていた。
「どうにもならないみたいね。協力してあげようか?」
「協力って?」
「こういうこと」
 ぐっ、と抱き寄せられると、そのままヴェチルの顔が迫った。
「!!」
 口づけを奪われる。次の瞬間、ヴェチルが翠の光に包まれていた。
 光が収まると、そこに立っていたのはもう一人の魔法少女だった。緑を貴重としたノースリーブのジャケットに、ショートパンツ。そして膝まで守るロングブーツ。
 僕らとの大きな違いと言えば、手には刃渡り20センチほどの刃物を握っていることだ。
「ふうん。これが魔法」
「ヴェ、ヴェチル?」
「まあいいわ。手助けしてあげ、るっ!」
 ひゅっ、とヴェチルの姿が消えた。同時、子蜘蛛たちがはね飛ばされる。
「な、何!?」
「ヴェチルよ!」
 ほんの一瞬で、子蜘蛛たちを浮かしたんだ。それも破壊するのではなく、足だけを切り落としている。あれでは本当にただのサッカーボールだ。
「むやみに破壊するから爆破されるの。こういう相手は行動を制限した方がいい」
 ヴェチルはさながら忍者だ。ものすごいスピードで相手を切り裂いていく。
 変身した僕でさえ、目で追うのがやっとの超スピード……! これが彼女の魔法!
「っと、こっちも集中しなきゃ」
 子蜘蛛たちの抵抗さえなくなればこっちのものだ!
「蛍石、一緒に!」
「え? あ、う、うん!」
 僕と蛍石は駆け出した。ヴェチルが子蜘蛛を蹴散らしている間に、僕は大蜘蛛の下に潜り込む。
「せえ、のっ!!」

 全力キック!!

 大蜘蛛の体が宙に浮く。その瞬間、蛍石の攻撃!
「もっぱつっ!!」
 蛍石は僕以上の馬鹿力だ。そんな力で真正面から殴り飛ばせば、衝撃はとんでもない。
 地面に叩きつけられた大蜘蛛は、3回バウンドして校門の壁に激突する。
「今だ!」
「とどめは貰うわ」
 その瞬間には、ヴェチルが大蜘蛛の上を跳んでいた。
「風!!」
 突風が吹いた。ほんの一瞬だけ、なのになんとか見えるーー16回の斬撃。
 その連撃は、大蜘蛛の再生能力をもってしても回復しきれないほどの傷を与えるには十分だった。

☆   ☆   ☆   ☆


 当たり前だけど、学校の敷地内でドンパチやって目立たないわけがない。
 早々に逃げ出した僕らは、なぜだか僕の家にそのまま集まっていた。
「……」
 蛍石、テーラ、ヴェチルの三人がいつぞやよろしく、リビングのテーブルを囲んでいる。とりあえずお茶を出すには出したけど、空気は重い。
 僕は咳払いをひとつ、
「えーと、ヴェチル。どういうつもり?」
「どういうとは?」
「君も魔法少女になったことだよ」
「あら、おかしなこと? こちらとしてはもともと、魔法の技術を知りたいと言っていただけよ。自分自身が魔法を手にする機会があるなら十分だわ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ただ」
 ヴェチルはそのまま続ける。
「確かに魔法を手に入れることはできたけれど、ただそれだけみたいね。これは全貌じゃなく入り口。まあ技術や学問なんて奥は無限に深いものだけれど、それにしてもこれは一部すぎる。あなたという核がなければシステムそのものが存在できない……。そんなところでしょう?」
 するとテーラが頷いた。
「よくわかっているじゃない。そして、コアとなる彼が存在しなくなれば、おそらくはこの魔法的な連携も解除される。つまり、あなたは彼を守るしかなくなった」
「なるほど。頭がいいのね」
「あなたがスパイとして、自国に魔法の技術を伝えることは構わない。でも、この技術は彼の付属品。彼なくしては存在意義をなくすわ」
「じゃあロアンごとさらえば解決ね?」
「……その通りね」
 おいテーラ。
「その通りねじゃないぞ! 誘拐とか犯罪じゃないか!」
「今さらそんな程度で臆するとでも?」
「うっ……」
 スパイという職業が何をしているのか知らないけど、まあ確かに犯罪行為もやりそうな気がする……。
「ま、今はそんなことはしないわ」
「……え? そうなの?」
 ヴェチルはコーヒーを飲みながら、
「だって、技術というのはそれだけを持ち帰っても意味がないもの。感覚的にこうすれば魔法が扱えるとわかっても、それだけで有用にはならない。それを観測し、理解し、再現できて初めて技術と呼べるの」
 ヴェチルはぐっと拳を握り、
「この技術は観測ができない。それは先の戦いを観察させてもらったから理解しているわ。今のままでは、ただ奇術をしているだけのようにしか見えないでしょう」
「観測って……。魔法ってそんなことできるの?」
「そうね、できるようになるはず、としか言えないけれど。だって、そうでなければ兵器の量産はできない」
「量産……?」
「気づいていないの? さっき戦った蜘蛛型ロボット。あれは量産機でしょう」
「!?」
 言われてみれば、シジョーさんも言っていた。あれらの総称はリーゼ、破壊用兵器だと。
 言うなれば、あちらの世界での戦車や戦闘機。魔法という異なる物理体系に乗っ取っているから、形状が違うだけだ。
 量産機。つまりは、たくさんある。
「こちらとしても、あれだけの兵器を量産できる技術には興味がある。その技術を解析し、独占できれば圧倒的に有利となるでしょう。そのためには、今しばらくあなたに協力してあげるわ」
「なんで僕に?」
「理屈はわからないけど、あの魔法兵器は今のところ日本でしか観測されていない。もっと言えば、六車ロアン、あなたの活動できる範囲でしか出現していない。その事実がなんらかの意図をもって行われていると考えるのは、そんなにおかしなことではないでしょう?」
「……!!」
 それはーー僕もうすうす考えていた。
 蛍石に言われてニュースを見るようになった。それで知ったけど、海外であのロボットが出現したなんて発表は出ていないんだ。
 なぜ日本にしか出ないのか。今、何が起きているのか。
 今までは居住区域に出現していなかったけど、市街地に存在する学校にまで現れたとなれば大きな問題になる。
「……ヴェチル。ひとつ聞きたい。君は、僕の味方になるの?」
「敵ではない、くらいにしておこうかしら。一応、友好的にしたいとは思っているのよ。ただ仕事が優先なだけで」
「それで十分だよ。蛍石、頼むな」
「ふぇ? えっ!? な、なんで私!?」
「蛍石は一番信用できるからね」
「えぇぇ!?」
「幼馴染みだし……。他の二人は信用できないし」
「あ、ああ、そういう……」
「というかそういうの、本人を前にして言うことー? これでも命がけで協力しているんですけどー?」
「わたしが信用されないのは仕方ないけどね」
「外野うるさい。蛍石、ヴェチルを見張るの、手伝って欲しい」
「あ、う、うん。それは私も気になっているし」
 蛍石とヴェチルの視線がかち合う。女子しか入れないところじゃ僕はヴェチルを見張れないし、こればかりは蛍石に協力を頼むしかない。
 テーラだって今は協力的だけど、魔女のアイテムとやらが見つかったらすぐ逃げるかもしれないんだ。全面的に信用することはできない。
「とにかく、あの連中がなんで現れるのか、どうすれば止められるのか。そのあたりはシジョーさんと協力するしかないんだ」
「それで? 肝心の獣はどこに行ったの?」
「……」
 そういえば蜘蛛を倒したあとから姿を見ていないな。魔法少女で言えばマスコット的な存在のくせに役立ったことがほとんどないぞあいつ。
「そういえば、テーラも言っていたね。あいつは信用できない、って」
「わたしを見張る前にあの獣を見張った方がいいんじゃないの?」
「そのへん、どうなのよヴェチル。スパイとして何の情報も持っていないわけ?」
「なんでスパイが情報開示すると思うの?」
「……それもそうね」
 シジョーさんか。まずは彼女の話を聞くことが優先かもしれない。
 それにしても、せっかく魔法少女が四人も揃ったってのに、このまとまりの無さはなんだ。僕が子供の頃に夢見た魔法少女ってこんなのだったっけ?
「……」
 憧れと現実は遠いと言うけど。こういう方向性は、考えていなかったな。