平和だった。
 魔王なんていう存在はここ数百年ほど現れず、魔物の存在も絶えて久しい。
 そんな王国の片隅。国王軍治安維持部隊ーー通称”警邏隊”の詰め所では、一人の男がコーヒーをすすっていた。
「……」
 フォスター・アリオスト少尉。警邏隊の隊員である。
 中肉中背、警邏隊にしては目つきも優しく、一言で言えば頼りない。見た目からしてうだつがあがらない感じ。着ている警邏隊の制服はヨレヨレで、普段着に使っていることもあってホツレが目立つ。
 室内にはそんな彼一人だけ。祝日である今日はそもそも出面も少なく、昨今の平和な風潮もあって暇を持て余す。
 そんな日に限って、フォスターがコーヒーをすすっているのは、単に独身の彼が祝日の担当を押し付けられているからに過ぎない。新婚の部下は妻と娘に家族サービスをしているとかなんとか。
 やることも特になく、窓の外を眺めながらコーヒーをすすっていると、
「フォスター君」
 声をかけられた。振り返ると、上司がフォスターを見上げていた。
 ドワーフである彼の上司は、フォスターよりも頭ふたつくらい背が低い。一方で多数の凶悪犯を逮捕してきた実績を持つ叩き上げの警邏隊員でもあり、フォスターもひそかに尊敬している。
「なんですか、スレイド中佐」
「仕事だ」
 スレイド中佐は立派なあごひげを撫でながら、手に持っていた紙束を渡してくる。
 紙束を受けとったフォスターは、中身に目を通す。とある事件の関係書類だった。
「……ああ、あの軍務学校で起きた殺人事件の。でもあれは、ノークス少尉の担当になったのでは?」
「その通り。そして、ノークス少尉があげてきた容疑者が一人いる。魔女だ」
「ほう。魔女」
 魔王が倒れて久しい現在。魔女と呼ばれる力を持つ女性は、言うほどいない。王国内でも10人以下。それほど稀有な存在だ。
「魔女だから犯人ではない、なんて言いませんよね」
「ノークス少尉は魔女だから犯人だと言っている」
「……それはまた」
「言っておくが、ノークス少尉は別に魔女嫌いというわけではない。世間では魔女に偏見を持つ者も少なくないが、少尉はそういう差別的な考えを持っているわけではない」
「では、なぜ魔女が犯人だと?」
「少尉いわく、事件は密室で行われた。普通の人間では密室から脱出することなど不可能だが、魔女ならば可能だ。ゆえに、犯人はアリバイのない魔女である。その理屈で一人の容疑者があがった、というわけだ」
「密室殺人。劇団の演劇とかではなく?」
「これは実際にそうだったようだ。事件は軍務学校の空き教室で起きている。部屋の扉は開かず、唯一の鍵は室内にあった。窓はすべて鍵がかけられてあったし、当然、他に出入りできる場所などない」
「なるほど。不可能な殺人、けれど、魔女ならば手を触れずとも鍵を閉められると」
「それについては否定できん。確かに、そういう力を持った魔女はいた」
「容疑者自身は?」
「自分はそんな魔法など使えない、と証言している」
「証拠はないと」
「その通り。一方で、殺した証拠もない」
「理屈のうえでは容疑者以外に殺せたはずがない。けれど、その証明はできない、と。それで? 俺に話が回ってきたのは何故です? ノークス少尉が関わっているなら、事件はほぼ解決でしょう」
「君も知っての通り、ノークス少尉は頭がいい。美人で腕も立つ。軍務学校を卒業してたった2年で少尉に昇進したのは彼女が初めてだ」
「それは10年以上たっても少尉の俺に対する嫌味ですかね」
「一方で、彼女は柔軟性にかけるところがある。私はそこを心配している」
「誰かが魔女の犯行に見せかけたと?」
「まずは魔女に会うだけでもいい。真偽は君が判断してくれ」
「……まあ、中佐の命令とあれば」
 そう言って、フォスターは肩をすくめた。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 聴取室に向かう。ここは、容疑者と警邏隊員が接見し、話を聞くための部屋である。
 とは言っても、たいした部屋ではない。入口がひとつ、それ以外は壁に囲まれ、明かり取りの窓から光が差し込むだけ。
 フォスターが室内に入ると、魔女はすでに彼を待っていた。部屋の隅にも隊員がいるものの、彼は魔女とフォスターの話を速記するためだけにいる係だ。
 フォスターは魔女の対面に座り、彼女の顔を見る。
 調書によると年齢は23歳とのことだが、もう少し老けて見える。意思が弱そうな眼差しに、少しやつれた顔。足元まで隠れる黒のワンピースは、少々年期が入っている。
「……」
 全体的に見て、違うな、と思った。彼女は密室殺人を行うようなタイプではない。
「では、マリー・シェルさん。お話を聞かせてください」
「はい」
 存外、はっきりと答えた。意思あり。
 フォスターは調書を見るふりをする。すでに中身は頭に入っているが、そうしつつ魔女の顔色を伺う。
「えーと。マリーさん。あなたは被害者であるテディ・ルーズバンド氏と顔見知りでしたね?」
「……はい。近くに住んでいますし、私は仕事で軍務学校に納品もしています。ですから、学校でお会いすることもありました」
「彼が魔女嫌いであることもご存知でしたね?」
「はい。よく、ひどいことを言われました。出ていけばいいとか、魔女なんていらないんだとか。さすがに学校では直接的に言われたことはありませんが……」
「彼の問題発言については、他に証言する人がいたので、確かめられています。相当の魔女嫌いであったようですね」
 こういう人間は珍しくない。
 魔女というのは、言うなればーー魔物と変わらない。少なくても、普通の人間から見ればそう見える。
 もちろん、実際に魔物というものに出会ったことのある人間などそうそういない。フォスターとて、お伽話で聞いたことがあるくらいだ。
 とはいえ、過去、世界には実際に魔物が存在した。それは記録にも残っているし、人間はそんな外敵と戦うべく、色々な武器を開発したと言われている。
 ゆえにこそ、魔物に近しい力を使う女性ーー魔女というのは、非常に嫌われがちだ。理屈がわからないもの、自分たちと明らかに違う者を人類は忌避しがちである。
「では、18日の午後。あなたはどこで、何をしていました?」
「自分の工房で、仕事をしていました。マジックアイテムを作るのが仕事なので」
「その時、誰かと一緒にいましたか?」
「いえ。一人でした」
「では、あなたが仕事をしていたことを証明できる人は?」
「いません」
「なるほど」
 アリバイはなく、被害者と揉めていた形跡があり、犯行は不可能犯罪。確かにノークス少尉が彼女を最重要容疑者として逮捕した理由はわかる。
 けれど。
「マリーさん。これは事件とは関係のない質問です。なので、気楽に答えてください」
「……はい?」
「ここに9個の袋があります。それぞれには金貨が同じ枚数だけ入っていますが、この中にひとつだけ、偽金貨が混じっているものがあります。偽金貨は本物の金貨より僅かに軽いのですが、見た目は同じです。あなたは偽金貨の袋を見つけるべく、天秤を用意しました。さて、どうやって計りますか?」
「本当に事件と関係ないですね」
「ただの謎解きですから」
「……袋を3つずつ乗せればいいですね。吊り合えば残る3つのうちのどれか、吊り合わなければ軽い方に偽物があります」
「残り3つまでは絞れましたね」
「そうしたら、残る3つの中から2つを選んで乗せればいいでしょう。同じようにぴったり合えば残る1つ、合わなければ軽い方が偽物です」
「正解です。聡明ですね」
「ただの謎解きでしょう」
 その通りだ。こんな問題には意味がない。
 ただ、この状況ーー自分に容疑がかかっている中で、警邏隊相手に、謎解きをかけられて。それでいて、冷静に答えることができる度胸と聡明さ。
「なるほど。ノークス少尉があなたを疑った理由は少しわかります」
「今のはただの謎解きですよね?」
「もちろん、事件には何の関係もありません。事件現場に金貨などなかったでしょう?」
「知りませんよ。行ってないんですから」
「これは失敬。当然ですね」
 これは勘だ。
 勘だが、彼女は犯人ではない。
 ただ、非常に疑いたくなる要素と性格をしている。だから、ノークス少尉は彼女を犯人だと考えた。真面目な彼女のことだ、そうと疑ったからには、他の可能性も見えなくなっていたかもしれない。
 魔女という能力。警邏相手にも引かない度胸。密室を作れるであろう頭の良さ。被害者と揉めていたという事実。
 どれを取っても彼女が犯人である可能性は十分にある。だが、聡明過ぎる者ならば、事件後の可能性にも当然ながら視野が及んでいるはず。
「私からは以上です。今日の聴取はここまでとさせてください」
「わかりました」
 彼女は拘留中の身だ。このまま牢屋に戻されるだろう。
 犯人でないなら、彼女が牢屋に入るいわれはない。だが、それを証明することは、まだできない。
 だから、フォスターは何も言えなかった。