フォスターが聴取室から出ると、部屋の外でスレイド中佐が待っていた。
 二人で並んで廊下を歩く。
「どうだった、フォスター君」
「白ですね」
「その根拠は」
「勘です」
「勘か」
 くすりと笑い合う。
 警邏隊の職務は、証拠をもとに、犯罪者を捕まえること。勘などというあやふやなものは信用してはならない。
 だが、だからこそと言うべきか。彼らは勘というものを非常に重視する。勘が働く方向というのは、おうおうにして重要な事実が隠れていたりするからだ。
 それは、彼らがプロフェッショナルである証。
「彼女はまあ、頭が良いんでしょうね。だから今後の展開も考えがついているし、だからこそ落ち着いていられる。一方で、それほど先々まで考えが及ぶ人間なら、密室殺人なんて方法は使わないでしょう」
「なら、どうやって殺していたら納得する?」
「通り魔的な殺人ですね。被害者は魔女嫌いを公言するくらい、人間性に問題がある人物です。誰かと揉め事なんていくらでもあることでしょう。密室なんていう限られた人間でなければ不可能な殺人をするくらいなら、道端で殺した方がよほど危険がない。ましてや軍務学校では人目が多すぎる」
「だが、実際に被害者は密室で殺されておる」
「そう。すなわち、犯人は不可能犯罪を装った。言い換えればーー不可能犯罪が可能な人間が犯人であると我々に告知している」
「どうかね、フォスター君。調査してみる気になったかな」
「……どのみち軍務ですから、断ることはできないんですが」
「それはそれ。やる気の起きない仕事だと手を抜くだろう」
「そんなことはありませんよ。俺はいつだって全力で仕事をしていますとも」
「ではそんな仕事熱心なフォスター君には、辞書を贈ってあげよう」
「全力の意味は知っているつもりですが」
「ついでに仕事の欄も読んでおきたまえ。景色を眺めながらコーヒーをすするのは仕事とは言わんぞ」
「ただの休憩ですよ」
「では他に何か仕事が?」
「……我々に仕事がないのは良いことです」
「その通りだ、フォスター君。そして今は仕事があるのだフォスター君」
「了解しました、中佐」

★ ☆ ☆ ☆ ★

 軍務学校というのは、あらゆる軍人が配属前に通うことになる学校である。
 入校は概ね10代の中頃。卒業するまでは5年を要する。その間に、必要な知識を詰め込むのだ。
 主な知識は、武器の取り扱いなどの特殊なものもあるが、大半は法律知識である。
 国法はいくつもあり、国民全員がそれを熟知しているわけではない。だが、警邏隊にせよ、それ以外の部署にせよ、すべての行動は法律に基づく。そのため、彼らにとっては法を学ぶことがすなわち軍務なのだ。
 そんな軍務学校は、建築から30年という古びたものだ。木造3階建ての校舎が3つ。もっとも、昨今の軍人削減にあおりを受け、実際に使っている校舎は2つだけ。
 今回、事件が発生したのは使用していない旧校舎である。
「……納得できません」
 古びた校舎を見上げる美女が一人。きちんと着こなした制服は、まるで彼女のためにあつらえたかのよう。青銀の髪と真っ青な瞳から、蒼玉姫サファイアの異名を持つ出世頭。
 カナ・ノークス少尉。軍務学校を卒業後、普通ならば4年はかかるという少尉昇格を2年で成し遂げた天才肌で、仕事は早くて正確、しかも悪人には容赦ないと評判である。
 一方でフォスターはといえば、10年経っても同じく少尉。出世街道はどこ吹く風、明日には机がなくなっていてもおかしくないーーとまでは言わないが。少なくても同期はすでに皆が中尉か大尉である。
 閑話休題。ノークス少尉は、自分の隣に立つうだつがあがらない男を睨みつける。
「なぜ、私が犯人を逮捕した案件について、再調査が必要なんでしょう。ましてアリオスト少尉と一緒なんて」
「ノークス少尉。それはどういう意味かな」
「決して他意はありませんが。ちなみにアリオスト少尉、今年でおいくつでしたか」
「33だが」
「私は22です。30までには大尉になるつもりです」
「結構。今は同じ階級だな」
「そうですね、不本意なことに」
「君はそういう可愛いげのないところがなければ、とっくに俺より上官になっていると思うよ」
「これでいいんです。これで可愛いげまであったら神様からギフトを貰いすぎて早死にします」
「……そういうところだよ」
 確かに美人で仕事もできて頭も良くて運動神経も良いともなれば、それだけで人類の大半は裸足で逃げ出す天才だ。我等がボンクラ少尉では勝負にならない。
「それはさておき。中佐は俺と君に、この案件を再調査するよう命令した。軍務である以上はやり遂げねばならない」
「そうですね。嫌なことは早々に済ませましょう」
「そうだな、仕事は面倒だからな」
「ええ、頼りにならない同僚との仕事となれば余計に。まずはどちらに?」
「学内を調査することについて、校長の許可は?」
「すでに得ています」
 優秀な同僚で困る。
「では、現場から拝見しようか」
「了解しました。こちらです」
 すでに何度も足を運んでいるからだろう、ノークス少尉の足取りに迷いはない。もっとも、彼女は2年前までここに通っていたのだ。そういう意味でも、迷うことなどないかもしれない。
 旧校舎は、フォスターの記憶では使っていた。もっとも、彼が卒業したのは12年も前。その後、軍人ーーいわゆる公務員を減らすような風潮になり、学生も減ったことから、使わなくなったようだ。
 木造旧校舎の入り口をくぐる。どこか懐かしい気持ちになりながら階段を上がって3階へ。
 事件が起きたのは空き教室、現在は倉庫として使用していたところだ。フォスターの記憶にある姿はもう少し綺麗だったが、今は薄汚れている。教室として使用しなくなったので、掃除もそれなりなのだろう。
 元教室に入ってみる。板張りの床に、埃がたまった黒板。部屋の隅には机や椅子の他、文化祭で使う看板や工具の類、使われなくなった教材などが雑然と積み重ねられていた。
 現場の床には白線が引かれている。だが、それよりも異様なのは、白線の周囲に広がる模様だった。
「ここが殺人現場です。ご覧の通り、被害者は魔方陣の上に寝かされて死亡していました」
「……なるほど。確かに魔方陣としか言いようがない」
 床に描かれた幾何学模様は、円を基礎として不思議な言語で彩られている。その意味合いはフォスターでも理解できず、奇怪な儀式の痕跡としか見えない。
「被害者は胸をナイフで刺され、死亡していました。直接の死因は失血によるものと思われますが、頭部に裂傷が認められました。凶器のナイフはこの部屋にあった工具箱に収められていたものです」
「ナイフが工具箱に?」
「ロープを切ったり、板を加工するために使用するものです」
「なるほど」
「さらに、被害者の口にはこの教室の鍵が詰め込まれていました。部屋の扉は開かず、私が扉を破壊した時点で、教室内には誰もいませんでした」
「扉ね」
 フォスターはいましがた入ってきた入口を見やる。
 ノークス少尉が扉を吹き飛ばした関係で、すでにそこには扉などなく、ただの空間だけがある。反対側にも扉はあり、構造的には同じものだということで、そちらを調べてみることにした。 
 木造の引き戸だ。どこにでもある扉に見える。現状、この扉には鍵がかかっているらしく、引っ張っても動かなかった。
「ここの鍵は事件当時のまま?」
「ええ。誰も触れていないはずです。かたやの入口が飛んでいるので、出入りには困りませんからね」
「吹き飛ばした張本人が言うか」
「緊急事態でしたから」
 しれっと言うあたり、本当にこいつはもう。
 内心で思ったが、口に出さなかったフォスターは偉いかもしれない。


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