「では、その緊急な経緯を教えて貰えるか」
「はい。その日、私は軍務学校で行う講演の予行演習としてここを訪れていました。ところが学校側のミスで演習に使うはずの演武場が使用できず、暇ができてしまいました。そこで、校長先生の案内で校内を見学していたんです」
「見学といっても、君は2年前までここに通っていたんだろう?」
「当時は学生でしたから、こういう場所は侵入したことがなかったので。ついでに、演武を見せるのに使えそうな道具も見繕いたかったですし」
 演武は、軍人としての戦闘技術を模擬的に見せるものだ。例年、軍人の中から選ばれた者が軍務学校で披露するならわしがある。
 言ってしまえば卒業生によるパフォーマンスで、これを見て生徒たちは卒業後の自分を思い描くわけだ。
「この倉庫まで来た時、ちょうど中で倒れている人物を発見しました。ところが入口の扉は施錠されていましたので、私がこの」
 腰の剣を引き抜き、
「軍から貸与されている剣で扉をぶっ飛ばしました」
 軍が貸与している剣は、暴徒鎮圧用に正面の相手を吹き飛ばす魔法回路が組み込まれている。同じものはフォスターも持っているので、その威力に疑問はない。確かに、木造の扉を壊すくらいは可能だろう。
「施錠されていたというけれど、それは本当に?」
「扉が開きませんでしたから。それ以外に何か?」
「扉が壊れていたとか」
「壊しているので証明はできませんが、二人がかりでも開かないほど錆び付いているということはないでしょう。現に他の部屋は開閉できるんですし」
「ふむ」
 レールを見やる。確かに、大なり小なり傷はついているものの、見た目に錆びている様子はない。これなら、鍵さえなければ、力任せに開けることは不可能ではないように見える。
「状況はわかった。では、被害者の足取りは?」
「はい。被害者はテディ・ルーズバンド、年齢は33歳。この学校の教師で、当日午前中には職員室での目撃情報があります。それ以降は目撃されていませんので、私が発見するまでのおよそ4時間の間に犯行が行われたものと考えられます」
「被害者を殺そうとする人間は?」
「動機的な面で言えば、第一に魔女です。被害者は魔法や魔女というものを極端に嫌っていたようで、普段から公言していました」
「他には」
「勤務態度はまっとうで、魔女嫌いであることを除けば一般的な人物であったようです。少なくても学内では大きな揉め事を起こしたことはありません」
「魔女が犯人とすれば外部犯ということだが、軍務学校に外部から侵入することはできたのか?」
「魔女は当然のことですが、可能かと思います。また、魔女以外の人物でも、学校の敷地をすべて見張っているわけではありません。出入口のゲートはさすがに閉めていますが、ここにも警備員がいるわけではありません。そういう意味では、侵入そのものは誰でも容易いかと思います」
「……軍務学校として、その警備体制はどうなんだ」
「もともと武器以外に盗まれるほど高価なものはありませんし、ここは言うなれば警邏の巣窟です。警邏隊の詰め所にも常に警備員がいるわけではないけれど、盗人が入ったことはないでしょう。さすがに武器倉庫は厳重なようですが」
「まあ、それもそうか。となると、魔女が犯人である証拠はないというわけか」
「そうですね。問題となるのはこの部屋が密室であったことだけです」
「それがむしろ、魔女が犯人でなさそうな気がする理由なんだが」
「それのどこが?」
「まず第一に、魔女が犯人ならこの部屋を密室にする必要がない。通り魔的に殺した方が容疑者が増え、利点が多い。誰の目にもつかない裏通りなんていくらでもあるだろう」
「この教室を儀式として完成させるために密室が必要だったのかもしれません。さすがに私も魔法については知識がないので、どういう儀式かわかりませんが」
「それは俺も同じだがね。第二に、軍務学校はさすがに人目につきすぎる場所だ。いつ誰に見られてもおかしくない。密室が儀式として必要だったと仮定しても、これほど人目につきやすい場所で魔方陣を描くなんて正気の沙汰ではない」
「被疑者は魔女です。しかも軍務学校に武器を納品している、いわば出入り業者。彼女が学内で仕上げが必要だと言えば、言い訳も立つでしょう。私やアリオスト少尉が魔法の知識を持っていないように、世間的に認知はされていません。彼女が言えば従うしかないでしょう」
「その後で死体が見つかるんだぞ? 誰だって疑う。そんなのまともな人間はやらないだろう」
「それは誰が犯人でも同じです」
「そうだ。けれど、現実として被害者はここで殺されている。ということは、犯人にはここで被害者を殺す理由があったと見るべきだ。人間、理由がない行動は取らない。それが、一見するとどんなに理屈が通らない行動でもね」
「……理屈が通らない行動を推理するのは無意味では」
「それはそれさ。さて、次は聞き込みといこうか」
 そう言って、フォスターは肩を竦めた。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 応接室に出向く。ノークス少尉が事前に声をかけておいたおかげで、話を聞きたい相手はすでに集まっていた。
「お時間を取らせて申し訳ありません」
「いえ。軍務として必要なことですから」
 ソファセットの対面に並んでいたのは三人の男女。
 中央にいるのは校長のカルナ・リーンベル。フォスターが学生の時は一教師だったが、今は随分と役職も上がったようだ。校長という役職ではあるが、他の教師と同じ、軍務の夏服を着用している。
 左にいるのは新任という男性教師。ジン・シャカドウといい、どことなく異国風の顔立ちをしている。校長と同じ夏服だが、まだ真新しいのはご愛敬といったところか。
 右にいるのは女性事務員のニャリー・プラテナ。一昨年からこの学校に勤めているが、彼女は教師ではなく純粋な事務員だそうだ。事務員だからか、彼女は制服ではなく、普通のワンピースを着用している。
「では、みなさんにお聞きします。最近、被害者が誰かと揉めているといった事実はありましたか?」
 三人は顔を見合わせ、
「特に思い当たる節はーー」
 答えたのは校長のカルナだった。ふむ、とフォスターは頷き、
「それは、みなさん同じ考えですか? シャカドウ先生は?」
「そうですね。確かに、魔女嫌いってすっげー言うくらいの人でしたから、ちょっと引いちゃう面はありましたけど。でも、俺にも授業のやり方とか教えてくれたり、面倒見が良い面もありましたよ」
「では、女性関係などは?」
「え」
 ジン教諭はフォスターの質問に、思わず事務員のニャリーを見やった。ニャリーは少し機嫌悪そうに、
「あたし、何回か食事に誘われたことはありますけど」
「ほう。しつこかったですか?」
「それほどじゃないですけど、お誘いに乗ったことはありません」
「それはなぜ?」
「だって、教師ではあったけど、年齢差もあるし。それに、魔女嫌いって堂々と言うじゃないですか。そういう差別的なところがある人はちょっとなぁ、って」
「では、反魔女の思想と年齢を除けば、相手としては悪くない?」
「それはそうでしょう。軍務学校の教師って要するに軍人ですし、国家の所属じゃないですか。仕事も安定しているし、収入もそれなりにあるし。相手としては良いんじゃないですか」
「では、彼に他の女性について心当たりは?」
「女の子を口説きながら他の女について話す人もいないでしょ」
「ごもっともで、シャカドウ先生や校長先生は何かお心当たりは?」
「私は特にありません。ルーズバンド先生とは、単に上司と部下という関係でしたし……」
「俺も特には。ニャリーさんを口説いているところは見たことありますけど、それ以外はありませんね」
「なるほど」
 フォスターとしては、頷くしかなかった。机の上に置かれたティーカップを取り上げ、紅茶をすする。
「これは美味しい紅茶ですね」
「え? はあ、ありがとうございます」
「これはプラテナさんが?」
「ええ。事務員ですし」
「良い腕ですね」
「ありがとうございます」
 表情を柔らかくするニャリー。と、フォスターの隣に座るノークス少尉が耳打ちしてくる。
「アリオスト少尉。紅茶と事件に何か関係が?」
「何の関係もないよ」
「……ではなぜそれを聞く」
「なに、事件の話を聞きに来て、事件の話だけしていくというのも、つまらないだろう」
「私たちは捜査に来ているんですよ」
「仕事は楽しまないとね」
「仕事しないなら私は帰ります」
「まあそう言うな」
 カップを置いたフォスターは、ふわりと笑いながら三人を見やる。
「念のため、被害者の履歴書を拝見させて貰えますか。それと、彼の交遊関係について、他にご存知のことがあればご一報下さい」
「でも、あの……。犯人は捕まったと聞いていますけど」
「容疑者はすでに逮捕しました。ですが、彼女が犯人であるという証拠はありません」
「証拠がない? なのに逮捕したんですか?」
「事件は密室で発生しました。このノークス少尉が貸与剣で扉を打ち破るまで、扉は開かずの状態であったとか。以前から扉が開かないなんてことはありませんよね?」
「それはその通りですが」
「ということは、誰かしらが扉が開かない状態ーー単純に考えれば鍵をかけたということです。ところが、鍵は室内にありました。この学校は同じ鍵は1つずつしかない仕様でしたよね?」
「ええ、そうですね。フォスター少尉ならよくご存知でしょうけれど」
「……どういうことですか、アリオスト少尉」
 横からジト目を向けるノークス少尉に、フォスターはどこ吹く風。
「なに、ちょっと学生時代に鍵をなくして、しこたま怒られただけだよ」
「何してるんですか少尉」
「この学校は古い鍵だからね、複製が作れないんだそうだ。あの教室はどうなりました? 校長」
「ちゃんと鍵を付け替えましたよ。やんちゃなフォスター少尉」
 そう言って、校長はくすくすと笑う。
「本当に。あのやんちゃなフォスター君が、こうして立派に働いている姿を見ることになるなんてね」
「いやあ、その節はお世話になりました」
「あら、どの節かしら? 心当たりが多過ぎて困るわ」
「アリオスト少尉。あなた学生時代に何をしているんですか」
「まあ、品行方正ではなかったというだけだよ」
「自慢になりません!」
「はっはっは。では、そろそろおいとましようか、ノークス少尉。校長、履歴書だけお願いします」
「はいはい。取って来るから、少し待っていてくださいね」
 そう言って、校長は部屋から出ていく。ものの10分ほどで戻ってきた彼女から被害者の履歴書を受け取り、警邏の二人は学校を後にした。


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