n 警邏隊の隊員は、それぞれに担当に応じて職務内容が変わる。
 フォスターがいるのは調査班。王国内で発生した事件について調査を行い、犯人を捕まえ、貴族院で裁かせる役目である。他にも、町の治安維持を担う隊員や、犯罪組織を見張る隊員、警邏隊専属の事務を担当する人間など、その役職は多岐に渡る。
 そんな隊員たちに共通することがひとつだけある。週に一度の訓練である。
 それぞれタイミングはずらすが、ある程度の人数が集まり、王国内にある訓練施設で汗を流す。これは警邏と言いつつも軍人であるフォスターたちに課せられた義務であり、職務に荒事が付随する警邏隊員にとって欠かせないものである。
 フォスターにとって、今日はそんな訓練日。訓練施設は、国の郊外にある。
 柵と芝生だけのシンプルな施設ーーというか野原みたいなもので、ここで組み手やかかり稽古を行う。一応、柵の内側は一般人立ち入り禁止区域なので、軍人たちは思う存分、暴れることが可能だ。
「……」
 軍から貸与された魔法剣を手に、フォスターは訓練相手を見やる。その相手は、流麗な動きで剣を抜いた。
「では、始めましょうか。アリオスト少尉」
「ノークス少尉。聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう」
「通常、稽古は同性で行うものであると認識していたが」
「その認識に誤りはありませんよ、アリオスト少尉」
「じゃあなにか。君は男だったわけか」
「性的いやがらせで貴族院に告発します」
「冗談だよ」
「……私は優秀すぎて、女性隊員では稽古にならないだけです」
「ほう」
 フォスターも剣を鞘から抜くと、まっすぐ構える。
「じゃあ、ケガをさせる心配はいらないな」
「ご冗談を」
 二人の間を、一陣の風が抜ける。
 次の瞬間、
「ふッ!!」
 仕掛けたのはフォスター。まっすぐ剣が突き出される。
「……」
 ノークス少尉はそれを冷静にかわすと、伸び上がった右腕を思い切り蹴り上げた。
「いッ!?」
 衝撃と共にバランスを崩されたフォスターに、ノークス少尉はさらに足払いを仕掛ける。
「っお!?」
 無様に転がされたフォスターを、ノークス少尉は踏み付けて止めた。
「はい、私の勝ちです」
「……ノークス少尉。俺はこの稽古を剣の稽古だと思っていたが」
「失礼しました、アリオスト少尉。私は格闘の稽古だと思っていました。それにしても踏みやすい背中ですね、足置きにちょうどいいです」
「俺は先輩だぞ」
「私は後輩ですよ」
「……どいてくれないか」
 ノークス少尉が足をのけると、フォスターはよろよろと立ち上がった。
「本気で強いんだな、ノークス少尉」
「当たり前です。軍人にとって格闘術や剣術は最低限度の心得です」
「良いことを教えてやろう。俺も軍人なんだ」
「おや、では最低限の心得がない人はなんと呼べば?」
「うるさいな」
 剣を鞘に収めたフォスターは、ひらひらと手を振りながらきびすを返す。
「フォスター少尉、どちらへ」
「水を飲んで来る」
「今始めたばかりでしょうが!」
 構わず水飲み場へ向かってしまうフォスターに、ノークス少尉はため息ひとつ。
「どうかね。調子は」
 と、そんなノークス少尉にかかる声。上司のワフラ中佐だった。
「はっ、中佐」
「そんなに畏まらないでいいよ。調子はどうだい?」
「私は上々です」
「フォスター君は?」
「水を飲みに行きました」
「そうか」
 ワフラ中佐は頷きながらヒゲをなでている。そんな中佐に、
「あの、ワフラ中佐。中佐は、以前からアリオスト少尉をご存知なんですよね?」
「彼が入隊してからずっと知っているよ」
「彼は以前からああなんですか? 言ってしまってはアレですが、アリオスト少尉は少尉という位さえ信じられません」
「そうかい。まあ、彼はわかりにくいからね」
 ふむ、と唸った中佐は、
「では、ノークス少尉。アリオスト少尉が少尉に上がった時はいくつだったと思う」
「え? ……28とか」
「正解は23歳。同期の中では最速だった」
「最速!? 少尉が!?」
「今は君という実例があるけどね。フォスター少尉は、それだけの功績をあげたということだ」
「功績?」
「少尉になった直接の理由は、強盗殺人事件の犯人を捕まえた時だ。アリオスト少尉は、決して腕っ節の強い方じゃない。そんな少尉が強殺の犯人を捕まえられたのは何故だと思う?」
「犯人が子供だったとか」
「正解だ」
「ほら、せいか……え? 子供?」
 ワフラは頷き、
「犯人は当時まだ15歳、しかも女の子だった。我々は犯人を、勝手に凶悪で屈強な男だと思っていた。人を殺したうえで金を奪うような犯人だから、と。そのせいで、集まっていた情報を精査する目がなかった」
「それを、アリオスト少尉が?」
「そうだ。フォスター君は、住人の証言から、見慣れない女の子が歩いているという目撃情報を拾い上げた。もちろん、それだけでは何の情報にもならない。だがフォスター君は、そんなありふれた情報をきっかけに、犯人を見つけてしまった」
「そんな、女の子が強盗殺人なんて」
「人を殺すのに性別は関係ない。加害者の女の子は当時、いじめを受けていて、いじめている先輩に渡す金がどうしても必要だったそうだ。それで裕福な家を狙い、空き巣に入った。ところが住人が帰宅して乱闘、窓ガラスを破壊するために持っていたハンマーで相手を昏倒させた。犯行が発覚することを恐れた加害者はそのまま住人を殺害、家にあった金を持って逃走した」
「……そんな、理由で」
「フォスター君は、見慣れない女子の似顔絵を元に、彼女が通う学校にたどり着いた。そこでいじめの情報を手にし、さらにいじめている連中の羽振りが良いことに気付いた。あとは隙間を埋めるだけで真相にたどり着いたーーというのが、当時フォスター君が言っていたことだ」
 そんなの、言うほど簡単なことではない。
 そもそも撲殺した強盗殺人の犯人が、まだ学生の女子であるなどと、誰も夢にも思わない。だから目撃証言があっても、証言者すら口にしないこともあるだろう。
 だが、フォスターはそれを聞き出したのだという。
「話術が優れているわけでもなんでもないがね。強いて言えば、真実に対する嗅覚が優れている」
 ふう、とワフラ中佐は息を吐いた。
「彼が昇進したのは、この事件を解決したことがきっかけだった。それ以降、彼は目立った功績をあげていないがね」
「じゃあ、一回限りの幸運だったのでは」
「そうかもしれない。少なくても書面上はそうなっている。だが、そうではないと見ている」
「……ではそれ以外に、どんな可能性があると」
「彼はね、成績というものにこだわらないんだ。世間の評価などまったく気に留めていない。だから常に、最善の正義を追求することができる。そんな彼でなければ解決できなかったであろう事件がたくさんある。いずれも、担当者も逮捕時の担当も別の人間になっているがね」
「自分で見つけた犯人を、他の人に逮捕させているというのですか? 何故そんなことを」
「本人に聞くといい」
 見れば、ちょうどフォスターが戻ってくるところだった。フォスターは自分より小さな上司を眺め、
「なんですか、中佐。また俺の悪口っすか」
「陰口を叩かれるようなことをしているのかね?」
「悪いことはしてないつもりなんですけどねぇ」
「そうか。ではしっかり訓練に励むといい。ノークス少尉、遠慮なく叩きのめしたまえ」
「了解しました、中佐」
「……ノークス少尉。弱いものいじめは警邏隊としてあるまじき行為だと思わないかね」
「アリオスト少尉。最低限の武力を持たないことは、警邏隊としてあるまじき行為だと思いませんか」
「ちょっと用件が急で」
「却下です。それに今日は訓練日です、訓練のことだけ考えればいいでしょう」
「ちょっ、やめっ……いだだだ!?」
 剣を振るいながらも、ノークス少尉には、フォスターがそれほどの人物には到底見えてこないのであった。


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