訓練が終わった後、フォスターとノークス少尉は軍務食堂で遅めのランチとしていた。
 軍務食堂は軍関係の施設でも珍しい、一般人でも利用可能な食堂である。リーズナブルでボリュームたっぷりということから有名だ。
 そんな食堂の片隅で、向かい合って食事をしている二人。揃ってライ麦のパンに野菜のスープという質素なメニューである。
「いてて……。ノークス少尉、ちょっと手加減しなさすぎじゃないか」
「手加減していたら訓練にならないでしょう、アリオスト少尉」
「そりゃそうなんだが」
「……それよりも少尉。少し聞いてみたいことがあります」
 ノークス少尉は先ほどワフラ中佐に聞いた話を思い出しながら、
「少尉は、以前発生した強盗殺人事件について覚えていますか。未成年女子が犯人だったという」
「ああ、まあ覚えてるよ」
「それ以降、少尉はまったく昇進してません。それは何故でしょう」
「それ本人に聞くの?」
「本人以外の誰に聞けと」
「……。まあ、そうだな」
 フォスターは茶をすすり、
「俺はさ、現場が好きなんだよ。昇進していくとロクなこともないし、現場にも出られなくなる。それじゃあ面白くないだろ」
「警邏隊の仕事は最初から道化師とは違うので、面白さは不要です」
「本当に堅物だな、お前は」
 食事を終えたフォスターは、ノークス少尉を見つめる。
「ノークス少尉は、なんでそんな天才なんだ」
「生まれ持ってのものですので、何故と聞かれても答えられませんね」
「たいした自信だな」
「実績に裏打ちされた確かな客観論ですよ」
「あー、はいはい。そりゃ俺は万年少尉だよ」
「……私が昇進するまで、アリオスト少尉が最速での昇進者と聞きましたが」
「あ? 誰に聞いたんだ」
「中佐に」
「おしゃべりだな……」
 舌打ち混じりに、フォスターはぼやく。
「以前は優秀だった少尉殿が、いまだの少尉なのは何故でしょうね」
「うるさいな。いっぺん限りの功績で中尉になれるわけないだろう」
「まあ、学生時代もロクなことをしてなさそうですしね」
「悪いか」
「良いことではないのでは?」
「その通りだよチクショウ」
 フォスターは手をひらひらさせながら、
「俺は現場仕事を楽しんでるんだっての。生活が充実してればそれで十分だろうが」
「昇進が全てとは言いませんが、まっとうに仕事をしていれば役職は勝手についてくるものでは。それに、私も生活は充実しています」
「なんだ、結婚でもするのか」
「性的いやがらせで貴族院に訴えます」
「おいやめろ」
 はあ、と嘆息したノークス少尉は、
「だいたい、女性の生活が色恋だけが全てと思うことの方が間違っています」
「その理屈は同意してもいいが、ノークス少尉はちょっとばかり極端すぎやしないか」
「その言葉、そのままお返ししますよ。未婚のアリオスト少尉」
「……よし、やめよう」
「そうしましょう」
 ごほんと咳ばらいひとつ、そうだ、とフォスターは思い出したように言う。
「ノークス少尉に聞いてみたかったんだ」
「何をでしょう」
「軍務学校での事件についてだ」
 フォスターがそう言うと、ノークス少尉は周囲に視線を配る。近くの席に客はいない。
「なんでしょう」
「ノークス少尉は2年前まで軍務学校に通っていたわけだろう? 被害者について何か知らないか」
「何かと言われても困りますが。もともと授業では生徒と教師でしたし、私的なことは一切知りませんでしたからね
「被害者の揉め事とかは?」
「心当たりはありません」
「まあ、そうか……」
 そもそも心当たりがあれば、捜査していて当然だ。
「被害者が魔女嫌いというのは、私でも聞いたことがありますから、それほどに有名だったんだと思います。ですが、それだけです。大きな借金をしているという噂もありませんし、色恋沙汰で問題を起こしたという話もありません」
「ノークス少尉に色恋沙汰がわかるのか」
「失敬な。男女間の噂ともなれば、黙っていても耳に入るでしょう」
「そういう君は、そんな浮いた話に耳を貸すような人物にも見えないが」
「……そのことは今、関係ないでしょう」
「大ありだわ。ノークス少尉の性分は、友達も理解しているだろう。そういう相手に、色恋沙汰の話を振ると思うか?」
「では、被害者は恋人に殺されたと?」
「そうは言わない。けど、視野は広く見るべきだな」
「それは、私が魔女を逮捕したことについて言っているんですか」
「君が魔女を逮捕したことについては理解している。実際、あの状況では、普通の人間が犯人であると考えない方が無難だ。だけど、今回の事件に限っては、そうではないと見ている」
「それは、色々とおかしな点があるから、ですか」
「君だって気にはなっているんだろう。特に魔方陣というのはあからさまだ」
「……」
 そう、それは不自然だ。
 魔法の儀式と言われてしまうと、そもそも知識がないのでおかしいとは言えない。だが、わざわざ学校で人を殺し、それを儀式にする必要があったのか。あの場所で、あの時間でなければできない儀式だったのか。
 不自然と言えば不自然、自然と言えば自然。難しいところだ。
「やはり、すこしは魔法について調べるべきでしょうか」
「調べたところで証明できないし、眉唾になるだけだな」
 フォスターはスプーンを置き、
「魔法は本質的に、魔女だけの特権だ。俺達みたいな一般人が使う魔法は、言うなれば魔女が用意した儀式をなぞっているだけ。技術的なことを聞いたとしても、魔女それぞれで手法も大きく違うし、何かの証明にはならん」
「むう。では、どうやって犯人を特定するつもりですか」
「まずは、犯行が被疑者以外でも可能であったことを証明する。そうすれば、魔女マリーが犯人であるとする最大の理由ーー魔女以外に犯行ができなかったという事実が揺らぐだろう。もちろんそのまま起訴することも可能だが、足止めくらいにはなる」
「しかし、それ以外に追求する方法はありません。犯行に使われた凶器は現場にあったものですし、被害者の行動にも特別なものはありません。犯人の手がかりとなるようなものが何もないのですから」
「そうだな……」
 水を飲み、フォスターは静かに目をつぶる。
「これは、勘なんだが」
「はい?」
「この事件、まだ続く気がする」
「……どういうことですか」
「仮定として、魔女が犯人じゃなかった場合。犯人はわざわざ密室を作り、猟奇的な殺人を演出している。そんな手の込んだことをする奴が、たった一回きりで終わらせるだろうか?」
「まさか……。連続殺人事件になると?」
「可能性はあるんじゃないか」
「まさか、そんな」
 言いながら、ノークス少尉も押し黙る。
 ありえないと思ったからではない。ありえるからだ。
「一般的な殺人事件において、誰かを殺したとする。たいがいは衝動的な殺人事件だ。犯人は現場に証拠を多く残していくし、そもそも犯人と被害者は強い関係性が見えてくる。目撃情報も多い」
「そうですね」
「ところが今回の犯人は、致命的な証拠を残していない。目撃情報も少ないし、被害者に殺されるような揉め事もなかった。おまけに密室で魔方陣と来ている。とても、普通の殺人事件とは思えないな」
「それは……」
「別に事件が起きることを願うわけじゃないが……」
 ぞくりと背筋が震える。
 これから起きる何かに、呼ばれているかのように。


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