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警邏隊の詰め所。 そこには、アリオスト少尉と上司のワフラしかいない。他の隊員は出払っている中、フォスターは上司に報告をしていた。 「どうかね。例の事件は」 「まあ、魔女は釈放すべきだと思いますね」 「ほう。何故かね」 「魔女が犯罪を行ったとするには無理が多い。証拠は何一つとしてないし、密室であったというのも第一発見者のノークス少尉が扉を破壊しているので検証のしようがない。まあ貴族院の連中相手ならこれでも立件できるでしょうけど、冤罪の恐れは拭えません。もう少し証拠が出てからでないと」 「では、何が必要だと思う?」 「まずは現場にもう一度、鑑識を入れましょう。室内をくまなく調べて、魔女の痕跡があれば犯行を証明できます。それがない限り、犯人を特定はできません」 「君がそう言うならそうしよう」 「自分で言っておいてなんですが、良いんですか?」 「なに。君は勤務態度はアレだが、真相を見抜く力については、ノークス少尉と比べものにならないとーーそう思っているよ」 そう言って、上司はくすりと笑った。 「他に気になる点はあるかね」 「そうですね……。これが」 フォスターは、学校から預かってきた被害者の履歴書を取り出す。 「被害者が軍務学校に赴任したのは3年前。30歳の時です。前歴は軍務研究所に勤務、となっています」 「ふむ。それが?」 「軍務研究所といえば、3年前に取り潰しとなった部署です。当時は最先端の研究を行っていたとのことでしたが、研究所が潰された経緯は公開されていません」 「そこに何かあったと?」 「魔女が犯人ではない場合、他に動機を持つ人間がいるはずです。あんな手の込んだ殺害方法なら、通りすがりということもないでしょう。同僚の証言を聞く限り、被害者を明確に恨んでいる人物像も出てきません。であれば、研究所時代に何か隠れているかもしれません」 「では、そこを調べてみるといい」 「ところが、軍務研究所は、その潰れた経緯が隠されているくらいに秘匿性の高い情報です。いち軍人では照会できません」 「私に照会しろと?」 「俺がやるよりは早いと思いませんか」 「……よかろう。かけあってみる」 「お願いします」 「以前から思うが、君は上司使いが荒くないかね」 「適正な範囲かと」 「適正という言葉を辞書で引きたまえ」 「そろそろ辞書を下さい」 「来月の給料から差し引いておこう」 「……ひどいっすね」 ★ ☆ ☆ ☆ ★ 魔女マリー・シェルは、釈放されることになった。ノークス少尉は反対したものの、実際、彼女とて証拠を提示できているわけではない。 犯罪者は通常、警邏隊が逮捕し、貴族院で証拠に基づいて有罪無罪の判断が行われる。有罪となれば、刑が執行されることになるだろう。 ところが今回、マリーでなければ犯行が難しいという状況証拠があるだけで、物的証拠は何一つとしてなかった。被害者を刺したナイフは現場にあったものだし、不審人物の目撃情報もない。今のままでは貴族院も有罪の判断を下しがたい、というのが判断の決め手となった。 調査は当然続行されるが、それまでの間、被疑者を確保しつづける理由もない。特に魔女はその特異な能力から行動制限があり、国外への移動には制限がある。そのため、逃亡することもできないというのも後押しする理由となった。 とはいえ、まだ被疑者であることに変わりはない。そのため、警邏隊の牢から自宅までは、アリオスト少尉が送ることになった。 時刻は昼過ぎ。今日は晴天、徐々に暑くなる日々で、日差しが眩しい。 「まさか、こんな短期間で本当に釈放されるなんて、思ってみませんでした」 「そうでしたか」 フォスターとマリーは並んで町を歩く。 王国は裕福だ。道には活気があり、行き交う人の数は多い。他国からの商人や、日々の糧を求める主婦、材料を求める職人や楽しげに道を行く子供など。そんな人々を見るともなく眺めながら、フォスターは口を開く。 「警邏に所属していると、色々なものを見るんですよね」 「はあ、そうですか」 「人が人を殺すのは何故だと思いますか」 「……憎いとか、飢えているとか?」 「相手が”障害”だからですよ。端的には」 「障害?」 「そうです。精神的に、あるいは金銭的に。自分自身に足りないものがあり、相手は自分が足りないものを持っている、あるいは足りないもののきっかけである。そんなことから、人は人を簡単に殺せてしまいます」 「はあ」 「今回の被害者は、誰の”障害”であったのか。それを突き止めたいと考えています」 「お願いします。真犯人が捕まらないと、私も安心できませんし」 いつの間にか、工房通りに入っていた。 その名の通り、職人階級の人間が工房を構えている通りだ。大通りと違って直接的に販売していない、いわゆる製作所が中心で、今も鎚をカンカン振るう音がどこからか聞こえてくる。 マリーの家は、この通りの中ほどにある。 「……ずいぶんと閉まっている工房が多いですね」 「そうですね。ほら、2年くらい前に、ルティ工房が閉鎖になったでしょう」 「ああ、あの」 ルティ工房は、多くある工房の中でも、特に大手だったところだ。たくさんの職人を抱え、多くの金物や建材を制作していた。 ところが、工房の経営者がギャンブルにのめり込み、なんと工房の金を使い込んでしまったそうだ。結果的に給金も支払えなくなり、工房は離散。多くの職人が職場を失ったと、当時は話題になった。 「あの煽りを受けて、閉めてしまった工房が多いんです。職人として腕がある人も、経営者として優秀なわけではありませんから、自分で工房を経営できないですし」 「なるほど」 「最近は、貸し工房というのも増えています。工房を日借りして、頼まれた制作物を作るんです。腕のある職人なら、それで日銭を稼げますから」 「ふむ、色々とあるんですね」 「ええ。あ、ここが私の工房です」 マリーが示したのは、他の工房と比べると明らかに小さな家だった。木造2階建て、下は工房で、上が倉庫兼居住スペースといったところか。 「私のところでは、主に魔法製品を作っています」 「魔法製品」 「たとえば、軍人さんが持っている剣とか」 警邏隊が支給されている剣は、相手を吹き飛ばす魔法が封じ込められている。暴徒鎮圧用の武器だ。 「普通の剣に、魔法の文様を彫り込んで、規定の力が出せるようにするんです」 「なるほど。文様にそんな力が?」 「ただ文様を刻んだだけではそうなりません。魔女は、一般人が持たない力ーー魔力を持っています。この魔力を注ぐと、精霊と交信できるようになり、力を発揮できるんです」 「なるほど。理屈は学生時代に聞いた気もしますが、覚えていませんでしたね」 「ふふっ。みなさん、そんなものです。実際、精霊と交信できるのは魔女だけですから」 「ん? でも剣の力を行使するのは精霊と交信する必要があると」 「そうですね……。わかりやすく言えば、私はこの剣に、風の精霊向けの文字を彫り込んでいるんです。『この剣を持つ人が望む時に突風を起こして下さい』って。普通の人が彫っても精霊には読めませんが、私が彫り込めば精霊も読むことができます。それが交信するということです」 「ふむ。色々とあるんですね」 「それはそうです。私はこれで生活しているんですから」 工房の扉を開く。中にはまだ文様を彫り込んでいない剣がずらりと並んでいた。 「まだ時間も早いので、少し仕事をしようと思います。学校に納品する分が遅れていて……。フォスターさんは?」 「俺は帰ります。一応、あなたの容疑はまだ晴れていません。くれぐれも、行動は慎んで下さいね」 「それはもう」 そう言って、マリーはくすりと笑った。 その笑顔が再び曇ることになるとは、この時、フォスターでさえ考えていなかった。 |