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翌朝。フォスターは警邏隊の詰め所に顔を出す前に、工房通りを歩いていた。 家から詰め所までのルートを考えると少しだけ遠回りになるが、なんとなく様子を見たくなったのだ。 工房は基本的に朝が早い。職人たちは朝から仕事をしており、すでに人の出入りがある。そんな通りを歩いて行くと、なにやら喧騒が聞こえてきた。 「うん?」 警邏隊員だ。フォスターのような事件の捜査をする担当ではなく、町中での揉め事を仲裁しに行く担当だが、顔見知りではある。 「レイバー。何かあったのか」 「ん? ああ、フォスターか。どうしたんだ、こんなところで」 「俺が担当している事件の関係者がこのへんに住んでいてな。事件か?」 「まあ事件だな。初動でオレたちが駆り出されたけど、すぐにお前らに連絡行くよ」 「俺たち絡みの案件……?」 「ああ。殺人だ」 くい、とレイバーが指し示す先には工房がある。入口の周囲にはロープが張り巡らされ、関係者以外は中に入れないようになっていた。 「失礼。カナ・ノークス少尉です」 聞き慣れた声に振り返ると、サファイアの姫様がこちらをにらんでいた。 「アリオスト少尉。なぜあなたがここに」 「通勤途中だ」 「今何時だと思ってるんですか。勤務は1時間前に開始です」 「捜査中は自由出勤だろ。現場から直行なんだよ」 「……。まあいいです。それよりバレア中尉。事件があったと連絡がありましたが」 「ああ、現場は工房の中です。なかなかに奇妙な殺人事件ですよ、ノークス少尉」 「奇妙とは?」 「被害者が猟奇的に殺されていますし、不可能犯罪です」 不可能、の言葉に、ノークス少尉の視線が鋭くなる。 「現場を案内していただけますか。アリオスト少尉もご一緒に」 「ああ」 ロープをくぐり、中に入る。その直前、人影が視界をよぎり、フォスターは顔をあげた。 「……」 男の後ろ姿が見える。中肉中背、40代くらいか。ちらりと見えた顔が青ざめているように見えた。 男はそのまま路地を曲がって行く。その姿を脳裏に焼き付けながら、フォスターは工房に入った。 ★ ☆ ☆ ☆ ★ 事件現場は工房の中だった。 金属を鍛造する工房で、中には窯と水場、それに諸々の道具が並んでいる。 被害者の獣人は、その中央で寝かされていた。床には魔方陣が描かれ、胸に特徴的な形状の刺し傷がある。 「……同じだな」 「そうですね」 軍務学校で起きた殺人事件。魔方陣の上に寝かされていた、という事実は、軍務学校の人間と捜査関係者ーーそれに、犯人しか知り得ない事実。 まず間違いない。同一犯だ。図らずとも、フォスターが懸念していたことが現実となった形だ。 「レイバー、俺たちが追っている犯人と同一犯の可能性が高い。ここの捜査は俺たちが引き継ぐ」 「そうか。じゃあま、概要だけでも」 レイバー中尉はメモを見ながら、 「えー、第一発見者はここの警備員。朝方、工房の定時見回りをしている時に死体を発見、最寄の警邏詰め所に一報を入れている。被害者はこの工房を経営している人間で、コボリア・サリアール。見ての通りのコボルトで、年齢は37歳」 「亜人か……」 国内の2割程度は亜人種ーーいわゆる人間と近しい体型ながら別種の存在ーーだ。一番多いのはコボルト、次いでドワーフ。リザードマンやホビットもいる。 「……警備員が発見したということだが?」 「この工房はいわゆる貸し工房で、不特定多数の人間が出入りする。そのため、警備員と受付用の事務員がいるんだ。夜間は警備員だけになるがな」 「この工房内を最後に確認したのは?」 「昨晩、閉店時だ。これは従業員が確認している。貸し工房である以上、火を消していかない奴とかもいるらしくてな。遠隔監視の機能もあるらしいが、それでも火災の恐れはあるからってことで、必ず行っている」 「当然だが、その時点で被害者はいなかった?」 「もちろん。魔方陣もなかったそうだ。で、朝方、警備員が開店準備のために施錠された各部屋を開けてまわっていると、この部屋は鍵がかかっていなかった。おかしいと思って覗き込むと、人が死んでいたというわけだ」 「なるほどね。凶器は?」 「それが問題なんだが」 獣人の胸には、3つの穴が空いている。かなり特徴的な刺し傷だ。 「この刺し傷からして、凶器はおそらく飾られていた剣だと思われる」 「飾られていた剣?」 「ほら、そこ」 中尉が壁を指す。そこには、剣を飾れるようなフックがあった。 「工房の中は基本的に同じ仕様で、それぞれに武器が飾られているそうだ。そして、それが呼び名にもなっている。剣の工房、槍の工房といった具合にな。ここには三又の剣と鞘があったはずなんだが、いずれもなくなっている」 中尉は絵を見せてくれた。なるほど、剣の先が三つに分かれている。鞘もそれに合わせて特徴的な形をしていた。 「なんだこれ。こんな剣、実用性があるのか」 「飾りなんだからいいんだよ。ただ、それで実際に人が殺されたとなると、実用性はあったと言うべきだな。もとい、飾られていた剣は刃渡りが大人の腕と同じくらい長く、大きなものだった。当然、そんなものを持って工房を出れば目立つが、警備員はそんな持ち物を持った人間は見ていない」 確かに、2つのフックはそれなりに距離が開いている。長剣が飾られていたことは想像にかたくない。 「警備員が見逃した可能性は? 従業員なんかは検査が甘くなるだろう」 「それが、この貸し工房では以前、従業員による盗難事件があったらしくてな。それ以来、客も従業員も、全員警備員の手荷物検査を受けてからでないと出られない規則になっている。経営者である被害者も検査対象という徹底ぶりだ」 「じゃあ裏口から逃げた」 「この建物は出入口がひとつしかないし、そこは警備室の目の前だ。隠れて通るのは難しいだろう」 「……それで不可能犯罪ってわけか」 消えた凶器。まさに魔法だ。 フォスターはかたわらの女性軍人を見やり、 「ノークス少尉。意見は?」 「魔女が犯人」 「だろうな。俺でもそう言いたくなる」 軍務学校で起きた事件だけなら、まだ何かの方法で扉を開かなくさせていただけかもしれない。 だが、凶器まで消してしまうとなると意味合いが異なる。それなりの刃渡りがある刃物を消すなど、普通にはできない。 「マリーさんに聴取すべきでは? この近くに住んでいますよね」 その意見に、フォスターは反対できなかった。 |