校長は、しんと黙っていた。やがて、口を開く。
「……あなたはいつか、真相に至るのではないかと思っていました」
 校長は袖をまくりあげる。そこには、明確な傷痕が残っていた。
「いつだって生活態度は悪く、それでいて正義感は人一倍。常に正義を求め、そのために悪を利用する度量があった。そんなあなたならば、この事件も解決できてしまうだろうと」
「校長。どうして、事件を?」
「それも、あなたたちならば調べがついているのでは?」
「……軍務研究所の事件。バリリアン大佐の馬鹿息子が、魔女をレイプしようとした事件ですね」
「そう。魔女はとっさに力を使い、大佐の息子を殺してしまった。事件当日、研究所に残っていたのは魔女の他に4人。大佐の腰ぎんちゃくだったテディ・ルーズバンド、リト・テレニアン、そして金に汚い警備員のコボリア・サリアール。それともう一人……たまたま事務仕事がたまっていて、居残り作業をしていた女性事務員。カリナ・ジョーナ」
「校長の妹さん、でしたか。結婚されていたそうですね」
「ええ。新婚だったのよ。まだ幸せの絶頂だった。カリナは真面目でね、明日できることを明日やらない、それが信条だったわ」
 ふう、と校長は息を吐く。
「大佐の息がかかった三人は、カリナが残っていることに気付かなかった。小金を貰い、三人は大佐の息子がレイプしやすいように手伝ったのよ。ところが息子は逆襲に遭って死亡。そして……その時点で、魔女はまだ生きていたの」
「まだ、生きていた?」
「ええ。そこで三人は考えたの。このまま魔女を生かしておけば、大佐の息子がレイプしようとしたことも、自分たちがそれに協力したこともバレてしまう。そうなれば懲役は免れないし、大佐からの覚えも悪くなるわ。そこで、馬鹿息子の名誉を守るためーー三人は、魔女を殺したのよ」
「まさか」
「本当のことよ。ルーズバンド先生が自分で言っていたのだもの」
 くすりと笑い、校長は続ける。
「魔女を殺した三人は、事故に見せ掛けようとした。大佐の協力も得られたから、簡単だったでしょうね。けど、真相を知っていて、しかも黙っていられないという真面目すぎる事務員がいたわけ」
「じゃあ」
「ええ。妹は三人に殺されたわ。魔女のついでみたいにね。そして、魔女が起こした事故に巻き込まれたということにされた」
「……」
「最初は私も気付かなかったわ。本当に、事故で亡くなったものだと思っていた。真相を知ったのは、本当に偶然。ルーズバンド先生と、倉庫の片付けをしていた時」
 校長は遠くを見るように目を細める。
「ちょうど、ノークス少尉の演舞に使う道具を探していたのね。その時に、ちょっと昔の話になって。聞いてみたのよ、ルーズバンド先生に。そういえば昔、研究所にお勤めだったのね、って」
 その目には、あの日、あの時、殺した相手が映っているのだろう。
「私の妹も研究所で働いていたのよ、って。名前を言った途端、ルーズバンド先生は息を飲んだわ。それでピンときた。詰め寄った私に、先生は本当のことを口にしたわ。そして、こう言った」

『いまさら真相が発覚したところで手遅れだ。あんたも余計なことを言うと、大佐に首を切られるぜ』

「……許せなかったの。妹は何の罪もない。巻き添えよ。それなのに、あいつは罪の意識を感じるどころか、私を脅迫してきた。気づいたら、あいつのことを刺していたわ」
「校長……」
「その時の私は校長じゃなかったわ。ただの魔物よ。殺意にかられた、一匹の魔物」
 校長もまた、ティーカップを手に取る。
「後はあなたの推理通り。コボリアを工房で殺し、リトを路上で殺したわ」
「魔女の犯行に見せかけたのは?」
「本音を言えば、捕まることは恐れていなかったわ。でも、第二・第三の事件を起こすまでは逮捕されたくなかった。魔女が犯人とすれば、時間稼ぎくらいはできるだろうし。でも、最後には名乗り出るつもりだったのよ?」
「その割には、時間が空きましたね」
「あなたが真相にたどり着きそうだったから。生徒が頑張って問題を解いているのに、教師が答えを教えてあげるものではないでしょう?」
 紅茶を飲み干した校長は、フォスターをまっすぐ見つめる。
「フォスター・アリオスト少尉。私がやりました」
「……わかりました」
 フォスターが手錠を取り出すと、校長は黙って拘束された。そのまま喫茶店の外に連れ出すと、すでに配備していた警邏隊員が近づいてくる。
「連行してくれ」
「はっ!」
 若手の警邏隊員が校長を連れて隊の馬車に乗る。馬車が走り去るのを見送っていると、喫茶店から従業員の格好をした女性が出てきた。
「本当に、素直に拘束されましたね」
「だから言っただろう。無理に周囲を囲まなくても大丈夫だって」
「相手は三人も殺した凶悪犯です。失礼ながら、アリオスト少尉は剣の腕だっていまいちですし、犯人に逃げられるわけにはいきませんでしたから」
 そう言って、従業員ーーカナ・ノークス少尉は腰の剣に手をやる。
 その姿を見ていたフォスターは、
「ノークス少尉、その格好、なかなか可愛いぞ」
「なんですか、性的嫌がらせですか」
「素直に聞けよ」
「すみません、美人だ可愛いだなんて言われ慣れているので」
「……それを自分で言うか」
「もちろん。私は優秀なので」
 くすりと笑い、ノークス少尉はフォスターを見上げた。
「でも、あなたほどではないかもしれませんね。
「ん?」
 ほんの少し頬を赤らめている同僚に、フォスターもまた、頬を緩めた。
「そんなことはないぞ。カナ少尉」

★ ☆ ☆ ☆ ★

 真犯人が逮捕されたことで、マリー・シェルに対する容疑は完全に晴れた。
 ノークス少尉は後日、お詫びに行った。これにはフォスターも同行したのだが、マリーはむしろ、お礼を言っていた。

『おかげで、姉の死の真相がわかりましたから』

 真相を知ったところで、姉が帰ってくるわけではない。だが、姉が無関係な人間を巻き添えに殺していないとわかったことは、少しだけ心の重荷を減らす手助けになったかもしれない。
 リーンベル校長は三人を殺した罪で貴族院に送られる。校長自身の罪が減刑されることはないだろうが、同時、過去の軍務研究所における事件についても、調査が入ることになった。
 おそらくは近く、大佐が解任されることになるだろう。軍部は批判を浴びるかもしれないが、これを暴いたのも軍部。自浄作用が働いていると考えれば、それほど大きな批判にはなるまい。
 もっとも、それら大人の政略については、フォスターからすればどうでもいいことだった。今日ものんびり、詰め所でマグカップを手にしている。
 と、
「フォスター少尉」
 ぽん、と肩を叩かれた。振り返ると、ノークス少尉が笑顔を向けていた。すでに制服姿ではなく、可愛らしいブラウスとスカートを身につけている。
「どうした、カナ少尉。可愛い顔しても金は貸さないぞ」
「誰がいつ、そんなことを頼みましたか。というかお給料ならフォスター少尉には負けませんが」
「で、何なんだ」
「ワフラ中佐にお願いして、今日の午後は非番にしてもらったんです。事件も解決しましたし、今は案件もありませんから」
「そうか。そいつはよかったな」
「というわけで、一緒に打ち上げしませんか。お疲れ様会です」
「俺は非番じゃないんだが」
「大丈夫です。中佐に了解は得ています。『フォスター少尉はどうせいても仕事しないからいいよ』だそうです」
「……あのヒゲ、絶対にいつか抜いてやる」
「というわけで、フォスター少尉はお役ゴメンです。ほら暇でしょう」
「カナ少尉、その言い方は洒落にならない。……俺、クビにはならないよな?」
「さあ。それは私が決めることではありませんから」
 くすりと笑い、ノークス少尉は続ける。
「ですが、軍部として、フォスター少尉を離せないでしょう」
「どうだかな」
「書類上、実績は残っていないかもしれません。ですが、警邏隊に必要なものは実績なんかじゃない。実力です。あなたにはそれがある」
「買い被ってないか」
「今回の事件、あなたがいなければ、私は無実の人間を逮捕し、貴族院に送るところでした。それを止められたのはフォスター少尉がいたからです。私、その点では感謝していますよ」
「……なんだ急に素直になって。気持ち悪いぞ」
「こんな美人に気持ち悪いと言ったのはフォスター少尉が初めてですね」
「そうか、光栄だな」
「というわけで、私の初めてを奪った責任を取っておごってください」
「やっぱ金取るんじゃねえか! というか言い方ァ!!」
「くすくすっ。ほら、行きましょう。フォスター少尉」
「あっ、おい!」
 バタバタとしながら、二人の男女が詰め所から出ていく。

 本日、警邏隊は、これにて業務終了である。