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それからの日々は、少しだけ忙しかった。 最初に黒崎は、幽世を皆の世界と繋ぐ扉を作った。 センタービルの地下、無駄に広かった空間を利用し、扉状の入り口を作って、それをそれぞれの世界と繋げる。帰りたい者は、自分の世界で、成すべきことをすればいい。そのための措置だった。 実際、ライルやサキ(と獄卒ズ)は、自分の世界に帰って行った。ライルは自分の世界で正義を成すために、サキは今まで通り獄卒としての仕事を果たすために。 続いて、帰るところがない者や、帰っても問題が解決しない者のために、幽世の改革を行った。 幽世そのものは、大会を開くために神様が作った異空間。当然、もともと住んでいた人などいないので、王もいなければ君主もいない。領土争いなどあるはずもない。 そんな世界に、土地の問題で苦しんでいた人たちを招待した。アンナたち兄妹とその仲間など、すぐさま森エリアに住み着いていた。彼ら獣人はもともと、住む土地を追われただけだ。住める場所さえあれば、苦しむ必要はない。 シャルロットたちもまた、森に住み続けることを選択した。より正確に言うのなら、黒崎のそばにいることを選択した。 『人間の生き様で、エルフを笑顔にしてみせなさい』 とは、シャルロットの弁。それからというもの、異空間の中でさらに異空間を作っていたエルフたちは、ただの森に住むようになった。今も、彼女たちの世界と交流しながら、生活を続けている。 ヴァルトたちは、こちらと自分たちの世界を行ったり来たりしているようだ。楽しいことを求め続けている彼らは、たまに幽世でも問題を起こすが、誰かが解決して、笑顔を生み出している。アトラクションのようなもの、といった認識かもしれない。常に悪役を演じている彼らには、黒崎も感謝している。 ルナは、以前から色々な世界を放浪していたようだ。そうして訪れた世界で何かを壊し、次の世界へ向かう。そんな有様から、色々な世界で伝説を残しているらしい。それは大会が終わった後も同じで、やはり放浪はしているようだが、今度は破壊していないようだ。ただ旅を楽しんでいるだけと聞いて、黒崎もほっと胸をなでおろした。 黒崎自身もまた、幽世に滞在し続けていた。 みんなからのお願いごとは、毎日のようにやって来る。 怠惰な願いは退け(おなかすいたという人には、ちゃんと働くように言った)、切実な願いは叶える(大けがをしたという人も簡単に治せた)。 一人では手が足りないほどだったが、ミレイが手伝ってくれた。彼女は優秀なアンドロイドだ。情報の集約と処理という点においては、仲間たちの中でもとびぬけていた。 そうして雑事に追われ、気づけば、その日も太陽が沈もうとしていた。 センタービルの一室。 かつてルナが事務室として使っていた運営委員の部屋は、今や黒崎の仕事部屋だった。みんなの願いを集め、それらの中で必要なものだけを選び、叶える。 そんな執務室で、ふと願いリストから目を離した黒崎は、窓の外に目を向けた。 「……」 赤い空。夕焼けに燃える世界の中で、ふと、思い出す。 両親の顔。妹の顔。 今さら、彼らには顔向けできない。ごく普通の彼らに、自分は神の力を得ました、と言ったところで、病院に連れて行かれるだけだろう。 いや。病院に連れて行ってもらえるなら、まだマシだろうか。 きっと、もう会うことはない。 「そうか……」 そう思うと、急にさみしくなった。 力は得た。あの日、秋風に震えていた自分とは、明確に違うだけの強大な力を手に入れた。 だが、それだけだ。自分という存在は、何も変わっていない。 親にすら見放された屑。 今は、神の力があるから、こうしてやることがある。けれど、それさえ失ってしまえば、きっと自分は逆戻りする。 そう、結局、自分は何も変わっていないのだ。数年後、また大会を開けば、自分は力を失う。 その時、今度こそ、自分という存在の価値はなくなるだろう。 その瞬間こそ――。 「死に時、か」 思えば、あの山道を歩いていた時から、何か期待していたのかもしれない。 何かが変わるかもしれない、と。 子供のような幻想だ。そんなもの、ありはしない。 そんな、鬱々とした思考の海におぼれながら嘆息すると、執務室の扉が開いた。 振り返ると、アンドロイドの少女が顔を覗かせていた。 「ミレイ?」 「マスター。今、大丈夫ですか?」 「ああ。ひと段落している。何か?」 「こちらへどうぞ」 首をかしげながら、黒崎は部屋の外に出たそのまま、ミレイに案内されるまま、歩いて行く。 エレベーターに乗り、1階へ。 扉が開いたところで、 「ッ!?」 そこに居並ぶ面々に、驚いた。 「よう、クロサキ!」 「なんじゃ黒崎、ほうけおってからに」 「お久しぶりです、クロさん!」 「がるっ」 「はっは、相変わらず間抜けな面だな」 「ヴァルト様。彼はもとより人間、致し方ありません」 「線が細いな。食事と鍛錬が足りないのではないか」 「お前も人のこと言えねえだろうが、フツ」 「遊びに来てやったわよ!」 「申し訳ありません、クロサキ様。お邪魔でしたか?」 「このルナちゃんまで呼びつけるなんて、とんだ不敬な男ね!!」 ライル。サキ。アンナ。ブレン。ヴァルト。マクシミリアン。フツノミタマノツルギ。アトラス。シャルロット。ミカエラ。それに、ルナ。 そこにいたのは、あの大会で共に勝ち抜いた、仲間たちの姿だ。 「みんな、どうしたんだ、急に?」 「ミレイから連絡を貰ってな」 「なんだか、クロさんの元気がないようだ、と。なので、みんなに来て欲しい、って!」 ライルとアンナがそれぞれ答える。振り返ると、アンドロイドの少女は、微笑を浮かべていた。 「一人ではできぬことは、皆で。そうでしたね、マスター?」 「……ああ、そうだな」 知れず、自分も笑みがこぼれる。 そうだ、何を勘違いしていたのだろう。 確かに、自分の性根は変わっていない。神様の力を失えば、自分にできることなど、いくらも残らないだろう。 だが、それだけのことだ。 自分にできることはなくても、何かをしようとすれば、何かが残る。 そうやって、自分はあの大会を勝ち抜いてきたのではなかったか。 結局は、『やらねば何も起きない』という、当たり前のこと。 そんな当たり前のことすら、仲間がいなければ思い出せない自分。 「……じゃあ、今日は。みんなで、食事でも」 「野菜はイヤよ!」 「好き嫌いはいけませんよ、シャル様」 「あの、でも、お兄ちゃんもお肉の方がいいかなって」 「がるっ」 「旨ければなんでもいいと思うぞ!」 「人間の食べるものが、我々に食べられると思うのか」 「じゃあ、ヴァルトたちには……、なんだろう、血?」 「それは吸血鬼のヴァルトだけだろう」 「確かに」 「あ、ボクも焼き肉食べたい!」 「お前はエルフじゃないのか」 「エルフが野菜しか食べないのは千年も前の話よ!」 「そうよそうよ!!」 わいわいがやがやと、賑やかな面々を引き連れ、黒崎はセンタービルから出る。 一番星が、早くも頭上で輝いていた。 |