仕事から家に帰ると、リビングのテーブルにノートが置いてあった。
 娘の字だと思うが、表紙はドイツ語らしい。娘は海外留学志望で、ドイツ語の勉強をしていた。その勉強ノートだろうか。
 娘には教えていないが、僕は高校の頃に少しだけドイツ語を勉強したことがある。懐かしい気持ちで中身をちらりと見てみると、そこに記載されていた文字に見覚えがあった。

『Wunderkraft』

 ヴンダー・クラフト。奇跡を行う力。
 強い後悔に立ち向かう、本来ならばありえない一手。
 ノートを眺めていると、隣の部屋からパジャマ姿の娘が顔を出した。
「あ、お父さん。それあたしのノート!」
 僕の手からノートをひったくり、大事に抱える。そんな娘に、
「ナナミ。お前、それをやろうとしてるのか」
「え? それって何のこと?」
 とぼけるか。まあ、普通の人なら理解してくれないだろうしな。
 でも、僕は知っている。それが事実であるということも、それが起こす奇跡も。
 そして、その代償も。
「ナナミ。それを使うってことは、本来ならありえないことを起こすってことだ。何が起きるか分からないんだぞ」
「ちょ、な、なんのこと? あたしわかんないんだけど」
「とぼけるならそれでもいい。でも、よくよく考えなさい。それがどういう結果を及ぼすのか」
 娘はもう高校一年、ちょうどーーあの時の僕らと同じ年齢だ。
 過去を強く後悔し、みんなで立ち向かうと決めたあの時。あれ以上のクラスはないという、結束の強いクラスだった。
「……お父さん、これのこと知ってるの?」
「ああ、知っているよ。きっと誰よりも知っている。でも、それは本当に難しいんだ」
「それは……。わかってるつもり」
「誰か手伝ってくれる人がいるのか?」
「学校の友達。そういうのに詳しいの」
「そうか」
 僕はソファに腰を下ろす。ナナミも隣に座った。
「ねえ、お父さんもこれやったんでしょう。成功したの?」
「……そうだなぁ」
 もう20年以上も前になるのか。
 僕は書棚の奥に仕舞いこんだアルバムを取り出した。そこには存在するはずがない・・・・・・・・・新聞記事が挟まっている。

『高校生 園児毒殺』

 懐かしい記事だ。僕らは、全員で運命に抗った。
 どうにもならない、でも認められない。そんな運命に。
 僕は、その頃のことを思い出していく。