男たちが声をかけ合いながら、大きな石を運んでいく。城壁を直すためのものだ。
 魔法を使える者はあまりおらず、まして石を運ぶ魔法などというものはあまり研究されていないため、使える者もディラータにはいない。自然、石などは人力か馬の手を借りる事になる。兵士団は苦労しつつも、城を最優先で再建していた。
 そんな城の中庭は、エルフに荒らされる事もなく、平穏無事そのものだった。噴水や生い茂る草花が、戦争で傷ついた心を優しく包んでくれる。
 そこに、ヒカルは立っていた。精神を研ぎ澄まし、目を閉じて身体全体で周囲を感じ取る。
 その隣には、エレナが立っていた。今日は美しい銀髪を髪留めでまとめ、アクティブなスタイルである。
「えっと、魔法において最も大事なのは結果を想像する事なんです。自分の中に確固たる光景が広がるほど、世界は異常を受け入れてくれます。まずはそこから始めましょう」
「…………ああ」
 短く答え、ヒカルはさらに意識を集中させた。花の揺れる音、風が走り抜ける感覚、遠い人々の声、それら全てを感じ取る。
「まずは基本的な魔法訓練からやってみましょう。と言っても、系統がわからないのではどうしようもないんですけどね。ですから、最初に唱える魔法は矢です。基礎中の基礎で、その威力で系統を測る事ができます。まずは、光る矢を想像してください。そして、私に続いて唱えてください。『我が敵を屠れ』」
「わがてきをほふれ」
 意味はわからずとも、とりあえずヒカルは音を真似ていく。頭の中では、まっすぐに進む光矢をしっかりとイメージしていた。まるで、実際に見ているかのように。
「『氷の矢』」
「こおりのし」
「氷凍矢」
「ひょうとうし」
 唱え、ヒカルは目を見開く。ヒカルの前には、きらきらと蒼く輝く光の線がふたつ、浮かんでいた。これが魔法矢という、攻撃魔法の中でも最も一般的なものだ。使った者の能力に比例して威力や本数も増えていくが、初めて使えば発動できない者も多い。ふたつも出たのだから、上出来だろう。
「初めてでも氷系魔法矢は発動できるんですね。もしかすると、いきなり当たりかもしれないですね……。念のため、次は雷系を唱えてみましょう。『我が敵を屠れ』」
「わがてきをほふれ」
 ヒカルが唱えだすと、先ほどの蒼い矢は消え去った。陽光が輝き、そこにあったはずのものの残滓を映し出している。
「『雷の矢、雷鳴矢』」
「かみなりのし、らいめいし」
 現れたのは、先刻の蒼い矢と同程度の、今度は黄色い輝きを放つ矢だ。やはり数はふたつある。
「これは……。ヒカルさん、最後です。『我が敵を屠れ、地の矢。地烈矢』」
「わがてきをほふれちのし、ちれつし」
 雷の矢の代わりに現れたのは、たった一本の土気色の矢だ。だが、さっきまでの矢と比べると、幾分、頼りなく見える。
「やっぱり……。どうやらヒカルさんは風系らしいですね」
 ヒカルは見開いた目をエレナに向けた。
「風?」
「ええ。雷系と氷系の魔法が同程度の威力で、地系は苦手。これは風系魔法を得意とする人の特徴です。上級者はともかく、初心者は自分の得意系統を学ぶのが最も伸びやすいですから、ヒカルさんが勉強すべきなのは風系魔法という事になりますね」
「……ああ、おっけ」
 ヒカルは目を閉じ、再び精神統一を始めた。その様子を、エレナは懐かしそうに眺めていた。

 その日の夜、ヒカルは疲労した様子でテーブルに突っ伏していた。
「はは、やはり魔法訓練は疲れるかな」
「ええ、もうボロボロですよ」
 眠そうな半目で、ヒカルはダイナスに答えた。
 ヒカルがみんなのためにできる事。その最初の一歩が、魔法を覚える事だった。
 無意識にしろ、ヒカルに魔法が使えた事は間違いない。となれば、訓練をすれば、高い能力が得られるかもしれない。最悪、無意識に誰かを殺す必要はなくなるかもしれない。
 元気を取り戻したヒカルは、ダイナスに誰か魔法の師匠となってくれる人を探してくれないかと頼んだ。その話を聞いたエレナが、自ら師匠を買って出たのである。
 魔法を使える者の中でも、エレナは優秀な部類だ。性格なども教師として向いている。まさにうってつけの人選と言えるだろう。
「疲れるのはやむをえない。だが、エレナ殿の話では、少なくても才能はありそうだ。磨けば教会の連中なんか軽く凌駕するんじゃないか」
 アリシアは優雅にカップを傾けた。ヒカルは、エドガーにアリシアは女だと教えて貰ってから、こういう小さな仕草の中に女性らしさを感じるようになった。もっとも、まだ時折、男に見えてしまう時もあるのだが。
「そんなに才能豊かなのか。それは頼もしい限りだな」
「はあ、魔法の才能ってそんなにすごい事なんですか?」
 ヒカルは顔を持ち上げ、問いかけた。
「才能がどうこうというのもあるが、実践的な魔法使いが増えるという事実が頼もしいんだ。今の決まりでは、教会以外で魔法を扱える人間はひどく少ないからね。教会とて常に助力できるとも限らないし、そういう人が増えるのは悪い事じゃない」
「決まりがあるんですか?」
「……ああ」
 少し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたダイナスは、すぐに平静を取り戻した。
「表向きは国家が、安易な魔法技能習得による犯罪増加を防ぐためという名目で、勝手に魔法を他者に教えてはならないという決まりがある。いくら魔力を扱えようと、魔法が使えなければあまり意味はないからね」
「表向きって事は、裏もあるって事ですね」
「そういう取り方もあるかな」
 歯切れの悪いダイナスに代わり、アリシアが言葉を引き継いだ。
「教会だよ。教会にとって、魔法が使える人間がそこらにいたのでは、商売にならない。戦闘の補佐、治療術、便利な魔法のかかった道具まで、教会にとって利益となる全てが独占できなくなる。それが怖くて、教会は裏で各国に圧力をかけているんだ。魔法を安易に使わせてはならない、とね」
「――なんですか、それ。自分たちが金儲けしたいからって、みんなに不利な状況を強いるんですか? そんなの、間違っている」
「それは確かにその通りだ。だが、教会に逆らえる者は誰もいない。エレナ殿でさえ、逆らう事はできないんだ。我々がいくら憤りを抱えたところで、根本は変わりはしない」
「エレナ、ですら?」
 アリシアは頷き、
「ディラータではトップのエレナ殿でも、教会の深い体質は変えられないそうだ。このシステムを変えるには、ひとりやふたりの能力ではどうしようもないだろうな」
「トップ? エレナがトップって、まさか教会で一番なのがエレナなんですか!?」
 アリシアはきょとんとした表情でヒカルを見返した。
「知らなかったのか? 六竜神教会ディラータ支部責任者、それがエレナ殿だ」
「せきにんしゃ……」
 思えば、あちらこちらでその一端は垣間見えた。ただ、普段のエレナのぽやーんとした雰囲気から、ヒカルにはそれが想像できなかっただけに過ぎない。
「とにかく、エレナ殿で無理なら、たかだかバトルヘルパーに過ぎない私や、教会とは直接の関係を持たないダイナスでは不可能なんだ」
「そう、なんですか」
 ヒカルは、何となく釈然としない想いをかみ締めた。なにせ、この問題が戦争を長引かせている理由のひとつなのだから。
 怪我を治すくらい、誰でもできればいいのに。自分の身くらい、自分で守れればいいのに。魔法は、それを可能にする技術なのに。教会という、目に見えない存在のせいで、それも叶わない。
「本当は国家にも責任はあるのだが……多くの人々はそれすら知らない。教会が圧力をかけている事実を知っているのは兵士団の上層部か、国政に関わる者だけだ。だから変わらないのかもしれないな」
 アリシアとヒカルが会話を続ける中、ダイナスは一言も発さなかった。まるで眠っているかのように目を閉じ、静かに茶を楽しんでいる。
 ダイナスにすれば、耳の痛い言葉だろう。だが、彼とて努力はしている。単に結果がどうしても出せないだけで。
「わかっていると思うが、こんな話は他言無用だぞ」
 アリシアが念を押すのを、しかしヒカルは笑って答えた。
「大丈夫ですよ。オレ、話す相手もあんましいないですから」
 それはそうか、とアリシアは小さく呟いた。まだこちらの世界に完全に馴染んだわけではないヒカルは、せいぜい近所の数人くらいとしか話をした事はない。とてもこんな重い話をできる間柄の相手はいなかった。
「さて、そろそろ寝た方がいいだろう。明日も訓練をするんだろう?」
 ようやく目を開いたダイナスは、静かに告げた。まるで、今まで何の話もしていなかったかのように。
 ヒカルはくすりと笑い、はい、と元気よく答えた。



  
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