城門前には、兵士団の影しかなかった。その中に見知った顔を見つけ、エレナとヒカルは駆け寄った。
「アリシアさん!」
 エレナが声をかけた。振り向いたアリシアは、怖いほどの緊張感が漂っている。
「エレナ殿、それにヒカルか……。無事でよかった」
「アリシアさん、状況は?」
 エレナは軽く汗を拭った。一方、ヒカルはぜえぜえと肩を上下させており、しゃべるどころの話ではない。もっとも、走った距離からすれば無理もないのだが。むしろ、息の乱れがないエレナの方が異様だ。
「エルフが奇襲を仕掛けてきました。南門が抜かれ、町の中で迎撃中です。完全に虚を突かれたため、戦況は芳しくはない状態が続いています」
「ダイナスさんたちは?」
「ダイナスは城内で指示をしています。迎撃には第一師団から第三師団までが当たっています。町民で保護できる分は城内にいますが、まだ完遂には程遠い状況です」
 ディラータ城は古い建物ながら、作りはしっかりとしている。城の地下には広い空間があり、有事の際には避難場所として用いられる。ちょうど、今のように。
「わかりました、ありがとうございます。ヒカルさん、城内へ。ここは危険ですから」
 エレナはヒカルに声をかけたが、ヒカルは返事ができない。ぜえぜえと荒い息を吐くばかりで、ちらりとエレナの顔を見るくらいが精一杯だった。
「……エレナ殿、まさか教会からずっと走って?」
 アリシアはヒカルの様子を見て、ふと尋ねた。
「え? え、ええ。町中でじっとするわけにもいきませんから」
「……難儀な思いをしたな、ヒカル」
 教会から城まで、実はかなり距離がある。マラソン選手ならいざ知らず、運動部ですらない一般高校生のヒカルでは、かなりキツい距離だ。ここは情けないと言うより、よくやったと褒めてやるべきところだろう。
「エ、レナ……どうして、んなに、体力あるんだ……?」
 苦しそうに、ヒカルは聞いた。
「ああ、私は強化魔法を使っているんです。『剣槍不入』っていう。そういえば……私に合わせて走ってしまいましたね。すみません、疲れていませんか?」
「見りゃ、わかる、だろ……」
 エレナは顔を赤くした。確かにヒカルの言う通り。これで疲れていないように見えるなら、それはもう疲れているという言葉を知らないに違いあるまい。
「だ、大丈夫……ですか? とりあえず城内に……」
 エレナの言葉は、途中で切れた。
 ぐらりと地面が揺れた……そんな気すらした。
 エレナがみなまで言い切る前に、その背後から轟音が響いて、エレナの言葉を遮ったのだ。アリシアが剣を抜き、エレナはヒカルを庇うように前に立つ。
「ニンゲン! ワザワザ殺シニヤッテキタゼェ!」
 片言の公用語が飛ぶ。
 城の正門から伸びる大通りのひとつ。その先は煙に覆われて見えない。が、黒煙を破り、人影が現れた。
 数十人のエルフ兵を連れた男が先頭に立つ。プレスト・メイルに、かなり大きな身体。その手に握られているのは、大人の上半身をすっぽりと覆うほどに巨大な三日月形の片刃剣だ。
「殺ッタモン勝チダア! 片ッ端カラブッ殺セ!」
 男の号令の下、エルフ兵たちが武器を手に手に駆け出した。兵士団の面々が、それらのエルフ兵と斬り結ぶ。
「ちッ! エレナ殿、ヒカルを守って下さい。」
 敵兵が目の前にいては、開門してヒカルを中に入れる訳にはいかない。ヒカルという、たったひとりの人間のために、他の町民全てを危険に晒せないのだ。
 アリシアは片手に剣を持ち、陣頭指揮をしていた男に向かって駆け出した。一方、エレナは。
「ごめんなさい!」
「はッ?」
 ヒカルを抱きかかえ、城門前ギリギリまで下がった。ヒカルは慌てるが、状況はそれどころではない。
「エ、エレナ! アリシアさんが……」
「アリシアさんなら大丈夫です。あの人は一対一なら、十中八九までは負ける事などありえませんから」
「……そう、なのか?」
 あまりにも自信たっぷりに言うエレナに、かえってヒカルの方が戸惑ってしまった。
「まあ、見ていて下さい」
 そう言って、エレナはアリシアに視線を向けた。ヒカルもまた、土煙の中に目をこらした。

 アリシアは先頭の男と切り結び、互いに剣を弾き合って距離を取った。
「貴様、名はッ!」
 アリシアが鋭く叫ぶ。男はニヤリと笑い、駆けながら答えた。
「俺ノ名前ハッ! ギル・ウィンガード! エルフ軍、総括ダ!」
「……そうか。私はアリシア・アレン。お手合わせ願おうか」
 ギルと名乗る男は、他のエルフと同じような緑色の短髪を掻き上げた。
 ギルは片手で大きな剣を構える。アリシアもまた、剣を上段に構えた。
「行クゼッ!」
 ギルは駆け抜け、剣を思い切り振り下ろす。アリシアは受けると見せかけて、剣を少し傾ける事によって力を受け流した。
「はッ!」
 頭上の剣を、今度はアリシアが振り下ろす。剣はギルの肩に刺さり、しかし浅いところで止まってしまう。
「ぬッ……!?」
「軽イナ」
 ギルは左拳でアリシアを殴り飛ばす。アリシアは自ら後ろに飛んだらしく、剣ごと大きく距離を取った。
 が、ギルは遠慮をせず、そのままアリシアとの距離を詰めていく。大きな剣を、重さなど全く感じさせないで振るった。ガアン、と金属同士の弾き合う高い音が響く。
「ドウシタ! ソノ程度カ、ニンゲン!」
 ギルの連続攻撃が続く。自然とアリシアは防戦になり、反撃の隙すら見出せなくなっていく。
「ちッ…………舐めるな!」
 気合と共に、アリシアの周囲の空間がねじ曲がる。足元を中心に生まれた冷気は徐々にギルとアリシアのふたりを包み込んでいく。その様は陽光にきらきらと照り輝き、綺麗だった。
「『氷結の陣』!」
 きらきら輝く冷気は、アリシアの放った言葉と共に固まり、ギルの周囲に氷となって現れた。足場が凍り、ギルはバランスを崩す。
「はッ!」
 そこに、アリシアの必殺の気迫がこもった突きが繰り出された。狙いは、喉元。
「フッ!」
 気合一閃、剣が肉を裂く。鮮血が、ボタボタと地面に吸い込まれた。
「甘イゼ、ニンゲン」
 だが、ギルは死んでいない。驚いたことに、ギルはアリシアの攻撃を素手で受け止めていた。いや、それは正確ではない。アリシアの剣は、確かにギルの腕を貫通していた。が、そこで止まり、喉まで届いていないのだ。
 犠牲にした左手をギルはなぎ払うように振るった。刺さった剣を持つアリシアは大きく揺さぶられ、お返しと言わんばかりにバランスを奪われる。
 ギルは、寝転がった不自然な体勢から、巨大な剣をアリシア目がけて振り下ろした。位置関係から言えば、正確には振り上げたと言うべきだろう。
 アリシアは刺さった剣を強引に引き抜き、ギルの斬撃を受け流した。そのままアリシアは距離を置き、ギルは身体を起こす。
「……ナルホド。貴様、強イナ。俺ニ傷ヲ負ワセタヤツハ久シブリダ」
 ギルは構えを崩さぬままに言う。態度には余裕が感じられるが、貫かれた腕は出血が止まらない。
「イイダロウ、貴様ニ免ジテココハ退カセテモラウ。全軍! 撤退ダア!」
 ギルが声を張り上げる。すぐさま、ボン、という破裂音が響き、場は煙に包まれた。
「ま、待て!」
 アリシアが叫ぼうとももう遅い。徐々に煙が晴れた頃には、そこにはギルの姿はなかった。



  
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