ラナスのデータチェックは七日も要した。膨大なデータを、皆の助けがあっとは言っても、ほとんどひとりで処理したのだ。むしろ、脅威の速度と褒めていい次元である。
 そして。彼女は、ひとつのポイントを示した。Z―99ポイント。ドームも何もなく、周囲は海によって隔絶された、まさに世界から忘れられた場所だ。
「あれが例のポイントか」
「はい。間違いありませんわ」
 イリスに問われ、カトレアは頷き返した。
 キャストラムのメイン・ルームにある正面モニターには、巨大な山が映っていた。噴火によって山頂部は消し飛び、今や火口は大きな盆地となっている。自然の偉大さを感じさせる、壮大な風景であった。
 ディオート・クラットの面々は、揃ってその映像を見ていた。
 そして、もうひとり。
「これが……この星の風景か」
 画面を見上げ、ユールフォビアは感嘆のため息を漏らした。
「リチャーターの星にこういう景色はないの?」
 フレーゼは親しげに話しかけた。遺恨はない。彼の望みは果たされたのだから。
 対するユールフォビアも、恨みがましい様子はなかった。
「我々の星は開発が進んでいる。こんな自然は、もう残っていないに等しい。だからこそ、父もこの星の自然を残したかったのだろうな……」
 妙にしんみりした空気を振り払うように、努めた明るい声が響く。
「で、あそこに何があるんだ?」
「わかりません」
 ディルの疑問に、ラナスは正直に答えた。
「ただ、わたしの推測が正しいのであれば、あそこには何かがあるはずです。わたしの理論を証明する何かが」
「要するに、行ってみりゃあわかるってことか」
 ディルはちらとカトレアを見た。カトレアは微笑み返し、
「あらあら。では、最大船速で接近しますわ」
 戦艦は、火口を目指して飛ぶ。程なくして、その景色が画面に映し出された。
「なッ――!?」
「これは、一体?」
 口々に驚嘆の声が漏れる。
 画面に映っているのは、色とりどりの花々。赤、黄、桃、青、白。美しい花畑の様子だった。
「これが……ラナスちゃんが見せたかったもの?」
「はい」
 短く答えたラナスも、モニターの光景に驚いている様子が見て取れた。
「カトレア、着艦準備。降りてみよう」
「了解しましたわ」
 モニターの映像は、近付いてゆく。

 辺りは一面、花畑だった。
 季節の花が咲き乱れ、幻想的とすら言える空間。同時にそれは、ありえない風景でもあった。
「どうだ、フレーゼ」
 花の状態をチェックしていたフレーゼは、声をかけられて立ち上がった。
「どれも本物の生花です。それにここ、土がすごくいい。花が育つのに理想的な場所です」
 それは、夢や幻の類いではなかった。正真正銘、本物の花々が、彼らを迎えていた。
「こんな、馬鹿なことがあるのか!? この惑星は、死に向かっているはずだろう!」
 取り乱すユールフォビアに、
「そうではなかった、ということです」
 ラナスはあくまで冷静に言ってのけた。
「ユールフォビアさんのお話を聞いてから、ずっと疑問に思っていたんです。リチャーターのみなさんが提示したデータは、何を表しているのだろうと」
「星の生命力じゃねーの?」
「そんな目に見えないものをどうやって測定するんですか?」
 データとして、機械が測定する以上、そこには一定のルールがなければいけない。惑星の生命力などという、あるのかもわからない不確かな存在では、ありえない。
「結果、カトレアさんのデータは地質を、リチャーター軍のデータは空気中の有害物質量と判明しました」
「リチャーターが地質調査をできるはずもないからな」
 イリスも頷く。いかにリチャーターの科学力が人間のそれを上回っていようと、手に入れられないサンプルのグラフは描けない。
「地質の方は徐々に回復傾向にありましたが、有害物質の方はずっと変化なし。それが、ここ一年ほどで増えつつあるんです。リチャーターのみなさんはそれをペリキュラムのせいと考えたそうですが、わたしたちがディオート・クラットとして活動を開始したのは三年前。ですから、ペリキュラムが汚染物質をまき散らす存在なら、その時点から悪化し続けなければいけないんです」
「つまり、どういうこと?」
 そろそろ、話が込み入ってきている。フレーゼの処理速度も限界に近い。
「そうですね。わかりやすく言えば、空気を汚染していたのはガーディアムということです。ペリキュラムは、その汚染物質をエネルギー源としていたことが判明しました」
「……何?」
 聞き返すユールフォビアに対し、ラナスは平然と、
「ですから。星を殺していたのは、ガーディアムです。ガーディアムの内燃式推力装置、いわゆるフライトユニットは、有害物質を排出する構造になっていました」
 ペリキュラムをいくら調査しても、原因は判明しなかった。それも、当然。ペリキュラムに悪など、最初から存在しなかったのだから。
 つまり。ユールフォビアのやろうとしたことは、
「私、が……間違っていたのか?」
「はい。その通りです」
 笑えない、冗談。
 こんな遠くの星まで来て。
 命を捨ててまで戦って。
 結局、その全ては間違いだったなんて。
 結局、その全ては無駄だったなんて。
 何も報われない、何も救われない、悪夢にしたってタチの悪い、最低最悪最凶の笑い話。
「過去に関して何かを言うと、わたしも自ら墓穴を掘ることになりますから、言及はしません。意味もありませんし。ですから、事実だけを告げるなら、この星の未来は救われたということですね」
 そう言って締めくくり、ラナスは口を閉じた。
「あー、まあ、こう、めでたしめでたし、なのか?」
 微妙にかすれた声で、ディルは言った。それに、眉間にシワを刻んだイリスが答える。
「めでたし、とは言いがたいがな。事実として解決した以上、これで終わりとするしかないだろう。私はむしろ、事後処理で頭が痛い」
 そして、フレーゼは。
 ユールフォビアに何か声をかけようとして、けれど、何も言えなかった。
 ユールフォビアは呆然と足下に咲く名も無き花を見つめていた。風に揺られる花はどこか気持ち良さそうで。
「何も、必要なかったんだな」
 ぽつりと、呟いた。
「星は勝手に生きる。誰かが何かをしなくても、星には自浄作用がある。私たちの行いは、完全に無駄だったということか」
 そして。人にしか見えない人ではない存在は、小さく笑った。
「――願いというものは、叶うんだな」
「願い?」
 フレーゼを振り返り、ユールフォビアは続けた。
「私はずっと願っていた。戦わずして星が守られるのであれば、それが一番だと。私が知らなかっただけで、それは叶っていたんじゃないか。すっかり、騙されていた」
 太古の昔。人が何を思って嘘をつき、リチャーターに戦わせたのか、それはもうわからない。何か大局を見据えた策だったのかもしれないし、個人的な小さい願いのためだったのかもしれない。
 わかることは、少ない。
「フレーゼ・ハイブリーダ」
 正面から向き直り、ユールフォビアはゆっくりと頭を下げた。
「すまない。そして、ありがとう」
 フレーゼはユールフォビアの姿を見つめ、言った。
「もう、いいですよ。僕もモルスも生きている。僕が誰より守りたかった仲間が生きている。笑えないけど、泣けないです」
「おうおう。あのフヌケ坊やがぬかすじゃねーか」
 ガッと肩に手を回したディルは、いつものように明るく笑っていた。
「お前、本当にフレーゼか? 実は人型ロボットとかじゃないだろうな?」
「僕は僕だってひはいひはい! ほっへはつへるはー!」
「最近の技術はすげーなぁ? この人工皮膚なんか、本物みてーじゃんか!」
 ぐにぐにとフレーゼの顔をいじくり回すディル。ラナスとイリスの女性組は、そんなふたりを少し離れたところから眺めていた。
「ああいう光景を見ていると、戦いが終わったという実感が沸くな」
「フレーゼさんを助けなくていいんですか?」
「構わん。男は馬鹿だからな、ああやって交流を深めるものなんだ」
「覚えておきます」
 そして、じゃれ合うフレーゼたちを呆然と見つめる女性がひとり。
「……これが、あのディオート・クラット?」
『これだから、あの戦いができるんですわ』
 ユールフォビアの隣には、いつの間にセットしたのか、カトレアの立体映像が浮かび上がっていた。
「あの戦艦のマスターコンピュータか。お前にも、迷惑をかけた」
『わたくしは皆様のお役に立つのが仕事ですわ。迷惑なんてありません』
 ウインクひとつ、スクラップはまぬがれましたし、と続けた。
「お前たちは、強いな。私が勝てるような相手じゃなかっということか」
「今ごろになってわかったのか、バーカ!」
 フレーゼにのしかかり、ディルは叫ぶ。
「オレたちに勝てる奴なんざどこにもいないんだよ!」
「死ぬ気だった人の発言とは思えませんね」
「同感だ」
 ディルが叫び、ラナスが率直な感想を述べ、イリスが同意する。
 フレーゼは苦しい体勢を強いられ、カトレアはくすくすと笑いながら見つめる。
 何もかもが、元通りになっていた。何ひとつとして欠けることなく、歯車は回っていた。
 明るい陽光の中、フレーゼの声が響く。
「ちょ、ディル、苦しいってぇー!」
 ユールフォビアは、目を細めて、彼らを眺めていた。
 ふと、イリスはその背に尋ねる。
「ユールフォビア。お前はこれからどうするんだ?」
「帰る、さ。我々に、この星に居場所はない」
「帰りたくないのなら、無理に帰る必要はないんだぞ?」
「乗員には家族がいる者も含まれている。まだ生きているんだ、それなら、帰るさ。なに、我々の寿命は長い。戦艦をゆっくりと修復したところで、十分に間に合うさ」
 ただ、とユールフォビアは続けた。
「その後、また来るかどうかは、別の話だが」
「おう、来い来い。今度はカワイコちゃんでも連れてな!」
 フレーゼを離したディルはにやりと笑う。そこに、問答無用で打撃一発。
 打撃を加えた本人は、まるで何事もなかったかのように、
「いいですね。その時は平和な出会いになるといいですが」
「ラナスちゃん、もしかして嫉妬? そいつはうれぐげッ!」
「ディルさん、こんなところで眠ると風邪を引きますよ」
 ユールフォビアはくすくすと笑い、続けた。
「フレーゼ。その時は、また戦おう。今度は殺し合いではなく、純粋に」
「え? いや、僕はそういうのはちょっと……」
 断ろうとする前に、イリスが割って入る。
「フレーゼ。ディオート・クラットが戦う以上、敗北は許されないぞ。そうだな、それまでにしっかりと訓練してやろう」
「え? はい? あの、それってまさか今以上の訓練をするとかいう?」
「拒否権はなしだ」
『あらあら。そうなると、しっかりと整備しておかないといけませんわね』
「ちょ、カトレア? そんなに張り切らなくていいって、その、隊長、少しは手加減してくれない……ですよね?」
「当然だ」
 虐げられる男衆を前に、ユールフォビアは楽しそうに笑っていた。本当に、楽しそうに。


 浅黄色の花びらがひとつ、風に舞って空を飛んで行く。どこまでも高く、高く。