工廠は見る影もなく壊れたが、ハナダの作った墓碑は無事だった。
 三人は菊の花を墓碑に供え、手を合わせる。
「……」
 それぞれ顔をあげる。空は青く澄み渡っていた。
「よかったのかな、これで」
 ぽつりとつぶやく紅に、ハナダはふんと鼻を鳴らす。
「お前が言い出したんだろう。ラーゼリアたちを殺すなと」
「だって。だって」
「というか、戦艦をぶっ飛ばしておいて、殺すなとな。よく言えたなお前」
「だって!」
「まあまあ、そのへんにしておきなよ、ハナダ。それに連中、緊急脱出したんでしょ? フォーニアって人が言ってたじゃない」
「総長とかいう奴か。それはそうだけど」
「じゃあいいでしょ。それに、あの連中は死なせるわけにはいかないんだから」
 ひょいと首を突っ込んだのはミドリだ。ミドリの言葉に、ハナダも言葉を失う。
「それは……」
「限定された船内で、食料や兵器を増産できるってのは凄いことだよ。あの人らから技術を貰ってるから、各国の復興が進んでいるんでしょう」
「そうだが。その通りだが」
「じゃあ文句言えないでしょ」
「それとこれとは話が別だ。連中がどれだけの人間をあやめたと思っている」
「……戦争だったんだよ」
 紅は、ぽつりとこぼした。
 ”終戦”から三ヶ月が経過していた。
 紅の働きにより、敵の主要戦力は瓦解。侵略軍を率いていたフォーニアは、未知の技術について供出する見返りに、降伏を宣言した。
 現在、侵略軍に所属していた全ての兵士は、国家の監視下にある。各地で、彼らが持っていた技術を展開しつつ、復興に当たっているのだ。
 侵略軍が持っていた技術の中でも特に有用だったのは、無人機を生み出す自動生産プラントの技術だった。いわばフルオートであれほど複雑な兵器を作れるということであり、それを利用したプログラミングにより、瓦礫の撤去から仮設テントの建築までを担っている。
 彼らの技術で、人類の科学技術は100年進んだとさえ言われている。
「ここにいたの」
 と、墓参りをする三人の後ろから、星博士が現れた。かたわらには、整備主任の荒野もいる。
「コウ、またユニットの詳細について詰めたいの。工廠に来てくれる?」
「このお姫様がお前の話を聞かないと先に進まないとか言い出してな」
 苦笑する荒野は、あれから少し丸くなったような気がする。戦争の重圧が消えたことと、伴侶を得たことが影響しているんだろうか。
 紅も苦笑し、
「行きたいんですけど、ごめんなさい。この後、クロエさんに呼ばれているんです」
「クロエに?」
「はい。なんでも、ラーゼリアに会えると。正確に言えば、クロエさんはまだ入院中なので、代理のアリサさんから聞いたんですけど」
 ラーゼリアは、終戦から政府と組織が身柄を預かる侵略軍の一員であり、いち兵士でしかない紅は、あれから一度も顔を合わせていない。
「ふうん。じゃあそれが終わってからでいいわ。ほら、それなら工廠に戻るわよ」
「それだけの用事なら、いちいち俺まで呼ぶなよ」
「うるさい」
 旦那を蹴飛ばし、星博士は新工廠に戻っていく。
「……あの二人、よくゴールまで行ったよね。ぜんぜんそんな風に見えなかったんだけど」
「まあ、人の関係はよくわからないと言うからな」
 ハナダは時計を見やり、
「そろそろ時間だ。行くか」
 そう告げた。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 エースにして最大の危険人物であるラーゼリアは、復興事業に関わることもなく、組織が管理している建物の地下で軟禁していた。
 その部屋を訪れた三人が見たものは、青い髪の女だった。
 何もない、ただベッドだけが置かれている独房。そこで、ラーゼリアは肩膝を立てて座っていた。
《来たわね。コウ》
 聞こえてくるのは、異界の言葉。けれど、紅たちには、なんとなくその意味がわかる。
 あの日。”力”に触れた紅たちは、覚醒と呼ぶべきレベルで己の能力を超えた。同じく”意思”を持つ者ならば、言葉を通じずとも会話はできる。
 そんなことに気づいてしまったのだ。
「何か用? ラーゼリア」
《あんたたちのボスは?》
「クロエさんなら、ラーゼリアに負わされた傷が治ってないから、今も療養中。思い切り殴ったでしょ? 複雑骨折で、死んでないのが不思議なくらいの怪我だったって」
《殺すつもりで戦っていたもの》
「その人の仲間を前にしてそういうこと言う? 本当に何の用事なの」
《……あんたは力のこと、理解していなさそうだったから》
 それは、間違いなく異星の言葉だ。
 なのに、紅にはその意味がすんなりと浸透してくる。
「力って?」
《工廠、だったかしら。あなたたちの生産工場で、あなたは力を見たはずよ》
 ああ、と思い出す。
 確かにあの日。まるで夢を見ていた。
 どこか深い海を泳ぐような、不思議な感覚。
《私たちが用いているのは、星の力。それを、人の意思を介在させて具現化している》
「星の力?」
《星には意思があり、力があるの。昔の人類は、それを感知できなかったわ。私たちの星でも、星の意思を感じられるようになったのは、ほんの100年くらい前。その力を吸い込み、自分の意思でエネルギーへ変換して戦う。それがあの兵器の正体》
「……普通によくわかんない」
《私たちの星は、意思エネルギーを使って戦争してたわ。私はその頃から兵士していたけど、ある時、国家が統一されてしまったの。戦争相手はいなくなった》
「よくわからないけど、戦争が終わったならいいんじゃ?」
《そうもいかない。統一後に判明したんだけど、私たちが戦争をしたことで、星のエネルギーは枯渇しかけていた。けど、あらゆる設備を意思エネルギーで運用するタイプに変更していた私たちにとって、エネルギー問題は死活問題だったわ》
「だから、地球を?」
《知恵のある哺乳類が住む星なら意思エネルギーが存在するはずだった。だから奪いに来たのよ。失敗したけど》
 言葉を切り、ラーゼリアは紅を見据える。
《理解しなければいけないのは、その力はただの力じゃないということ。その力は有限の力よ。いずれなくなる。そのことを、よく理解しておきなさい》
「んー……石油みたいなものかな?」
 首をかしげた紅は、大丈夫、と続ける。
「よくわからないけど、人が住んでいる星には意思エネルギーがあるんでしょ? なら、意思もまた、復活するんじゃない?」
《我々の観測では、過去10年で回復傾向になったことはない》
「それはまあ、使いすぎはよくないのかもしれないけど。でも意思なんだもん、意思を失わない限り、消えるはずはないと思うよ」
 だって、と紅は続ける。
「人間は、いつだって生きる意思を持っているんだから」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 地下室から出ると、さわやかな風が吹き抜けた。
 んー、と背伸びし、紅は空を見上げる。
 赤い空。夕焼けの空。
「ねえ、ハナダ。ミドリ」
「なんだ」
「何」
「……これからきっと、戦争が起きるよね」
 言うまでもないことだった。
 各国において、被害状況は均等ではない。それはいずれ貧困を生み出し、争いを生むだろう。
 そこに、ストライカーユニットの技術が加われば、甚大な被害が生まれるに違いない。
「組織ってさ、民間軍事会社なんだよね? つまりは民間企業」
「そうだが」
「じゃあさ、戦争介入とかもできるんだ?」
「……アニメの見すぎじゃないかお前」
「争い、嫌いなんだよね」
 くるりと振り返った紅は、二人の仲間を見つめる。
「平和のために! 協力してくれる? 二人とも」
「私たちの力で、世界の形を変えられるとでも?」
「だって、他のみんなは”見えて”いないんだもん。ユニットの力で、意思の力を使っている。あたしたちみたいに、意思の力で意思の力を使っていない」
「それはそうだが」
 桁違いの力。同じストライカーユニット同士でも、今の紅たちに勝てる者はいない。
 だが、それでもたった三人なのだ。それに比して、世界は余りに大きい。
「……やれるのか?」
「もちろんだよ。でも、あたし一人じゃできない。だから、二人の力が欲しいなって。良いかな?」
 上目遣いでお願いする紅。そんな少女を前に、ハナダとミドリは互いに顔を見合わせた。
「馬鹿だな、お前」
「そんなの決まってるでしょ」
 そうして三人、声を合わせる。

『もちろん!』