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「なるほど。あの二人から剣術と遅延魔法を教わるのは悪くないでしょう」 先頭を進むルーナ。その後を続くアルス。 二人ぶんの足音がコツコツと響く。 ここは学院の廊下。普段は使わない特別棟の1階だ。 「シン・ガルドの剣術は全国でも轟いていましたし、キャロ・メカクスの特殊な魔法技術は軍部も一目置いていましたからね」 「先生は二人とも面識があったんすか」 「もちろん。二人ともここの卒業生ですから」 それもそうか。 「あの二人から剣と魔法を学ぶのであれば、わたくしが教えられることはひとつだけです」 「体力作り……?」 「それと、魔力作りですね。他にはありませんから」 「でも、それを学内でつけられるんすか。外を走り込みでもしてた方がいいんじゃ?」 「体力も魔力も、基礎をつけるためには必死さと強度が必要です。それは学内の方が適切ですよ」 ルーナが足を止めた場所。そこは、古い扉だった。ネームプレートはすでにかすれており、何と書いてあったのか読むことができない。 「ここで修行をします」 ルーナは一本の鍵を取り出した。これまた古めかしいものだ。 カチャリと鍵を開ける。扉が軋みながら開くと、そこには下りの階段があった。 「地下っすか」 「ええ」 ルーナは燭台を取り出すと、蝋燭の先端に火をともした。 古びた明かりを手に、二人は階段を降りて行く。 「今日はセリルは連れてきていません。理由はわかりますか」 「さあ?」 「あの子がいると、まず間違いなく反対すると思いましたので」 「……」 真面目なセリルが反対するような修行をしようと言うのか。 「先日も言った通り、学生たちに与えられた時間は平等です。となれば、密度を上げるしかない。そのために、この地下室は最適です」 「ふうん?」 「何か感じますか」 「特になにも。……何も?」 そう、何も感じない。ーー魔力も感じない。 「気付いたようですね。あの扉から先、この空間は意図的に魔力密度を抑えてあります。普通の魔法使いであれば、魔法を構築することは困難になる次元です」 「だから蝋燭なんて使ってるんすか」 「その通り。この空間ではわたくしでも、明かりの魔法さえ構築できません」 基礎中の基礎である明かりの魔法を、学院の教員が構築できないレベルの魔力密度。 ほとんど魔力がないのと同義だ。 階段を一番下まで降りると、広い空間に出た。蝋燭程度の明かりでは全体を照らすことができない。 「ここは封印階。学院というのは国から面倒な魔術的アイテムを預かることもあります。ここはそういうアイテムが誤作動しないよう、保管しておくための場所です。魔物由来のアイテムや厄介な呪術アイテムは、周囲に魔力がなければ発動しませんから」 「なるほど」 「もっとも、魔王が亡くなってから50年、今となっては皆が存在を忘れつつあります。つまり使われていません。ということは、勝手に有効活用しても問題ないということです」 「その理屈はおかしい」 「結構。理解しましたね? アルス、あなたはこれからここでトレーニングを積みなさい」 「……」 魔力はない。ろくな明かりもない。この空間でトレーニングを積む。 「言うなれば、魔力の高地トレーニングです。山で生活していたあなたなら理解しているでしょうが、平地よりも空気が薄い山の上で生活する者は、平地で生きる者よりも強い心肺能力を備えることができます。魔力も同様」 「魔力濃度の薄いこの空間で生活すれば、他の連中より魔力濃度が増える?」 「その通り。あなたがこれからやろうとしている魔法は、どんな魔法を扱うにしても、かなりの魔力量を消費せざるを得ないでしょう。ここでトレーニングすれば、最低限の魔力は手に入れられます」 「わかった。でも、なんでセリルは反対するっていうんすか?」 聞く限り、真面目なトレーニングに聞こえる。 ……だが、よくよく考えれば、メイド服で仕事をするような非常識人に人間的な常識を求めるのは間違っているのだ。 「ここは魔王時代の遺物も保管していますからね。他の場所より障気が濃いのです。まともな神経の者でも一晩で発狂する、と言われています」 「……そんなところでトレーニングさせるんすか」 「気を高めておけば大丈夫です。わたくしはここで発狂したことはありません」 それはすでに発狂しているのでは。 色々と思うことはあったが、アルスは黙っていた。ユーバに追いつこうと思ったら、まともな手では無理なのだ。 「やってやろうじゃんか」 「その意気ですよ、アルフォンス・スター」 ★ ★ ☆ ☆ ★ ★ その頃。 学校の近くにある喫茶店に、セリル・ブラッキーとキャロ・メカクスの姿があった。 テラス席の一角。二人はテーブルを挟んで向かい合っている。 「良い目をした子だねぇ」 紅茶をすすりながら、キャロは言う。 「デュアルをする子はああいう目をした子がいい。挑戦する気持ちを持った人間だ」 「そういうもんですかね」 「セリルもそういう目をしていたよ。もっとも、君は挑戦するといっても、戦いにって感じじゃなかったけどねぇ」 「……まあ、そうかもしれません」 セリルはジュースの入ったガラスコップをなでる。 「私もちゃんとした両親っていなくて。強くなりたかったんです。肉体的にも精神的にも」 「だからデュアルを?」 「まあ、そんなところです。ついでに私、才能もあったので」 「うわ、嫌味だ。それは才能がない人間に対する当てつけかい?」 「先輩は才能あるじゃないですか。軍に採用されるくらいなんですから」 「にゃはは、それは才能じゃないよ。むしろ、才能がないからこそ、なんとかしなきゃいけなかった。だから必死に努力して、なんとかかんとか形にしただけ。他の人がやらないようなことでもやらなきゃいけなくて、それがたまたま軍の目に止まっただけ」 キャロ・メカクスは、後衛としても珍しい、自作の武器を扱うトリックメーカーだ。 普通の後衛は自分自身の魔力を用いて魔法を構築する。だが、キャロは魔法構築というものに対して、徹底的なほど才能がなかった。 「大魔法が使えないってのは後衛として致命的だよねぇ。かといって、前衛できるほどガタイが良いわけじゃない。これしか方法がなかったのさ」 「……それなら、なんでデュアルにこだわるんです?」 「楽しいから」 キャロは、あっさりと答えた。 「才能がないことを理由にやめちゃえないくらい、デュアルが好きだからよ。勝つってことだけに全てをかけて、何をしても勝てばいいなんて競技は他にない。だから、デュアルが好きなのね」 「好きだから……」 「ちなみにシンも同じ。勝つために全力を尽くすのが好きなのよ、彼。だから意気が合ってねぇ」 「ノロケは結構です」 「そう言うなよぅ。軍の連中は聞いてもくれないんだよぅ」 「それは聞き飽きただけでは」 「わかる? でへへ」 「……」 こほん、とキャロは咳払いひとつ。 「でもさ、理由って大事よ? 頑張る根元は全部理由が産み出すものさ」 「頑張る根元……」 「アルス君だっけ? 彼はなんでデュアルをしているの?」 聞かれ、はた、とセリルは首をかしげた。 「そういえば、聞いたことなかったかも」 「それは聞いておいた方がいいわねぇ。彼氏なんでしょ?」 「っ!? ち、違います!!」 ガタンと立ち上がる。揺れた椅子がパタンと倒れた。 「にゃはは、そうかいそうかい。じゃあま、パートナーでいいや。デュアルで組むなら、お互いがお互いを知ることは大事さ」 「……もう」 椅子を直し、改めて座る。 「そうですね。聞いてみます」 ふと、空を見上げた。テラス席からは青空がよく見える。 そういえば、自分はアルスのことを何も知らない。彼もまた、自分のことを知らないように。 ーー知りたいな。 素直に、そんなことが心に浮かんだ。 |