どこの国だろうか。 そこは、間違いなく紛争地域だった。アサルトライフルを抱えた兵士たちが荒野を歩んでいく。その後方には戦車が重々しい走行音を響かせながら続いていた。 すでに航空機による爆撃が行われた後の、ただの殲滅戦。歩兵たちに危険が及ぶことがあるとするなら、それは彼らの不注意によるものだけだった。 四人で構成された小隊は、慎重に歩みを進めていた。相手がどこに潜んでいるかわからない。地形さえ変わった荒野、隠れる場所もないようなところだが、どこに塹壕があるかわかったものではない。 『敵影確認。それぞれ近接用の武器を持っていることを確認。銃器の類は見当たらないが……』 観測班からの通信が歩兵に届く。彼らは油断せずにゆっくりと連絡があった方向に進軍を続ける。 やがて、目視でも敵の姿が確認できるようになってきた。数は四人。服装はてんでバラバラで、戦場はおろか、このあたりの地域では見かけることのない服装をした人間もいる。 「なんだ、あいつらは……。戦場を舐めてんのか?」 「関係ない。殺しておしまいだ」 兵士たちはアサルトライフルを構える。しっかりと敵影を狙い、 「撃て!」 一斉射撃。数秒の後には跡形も残らないだろう。 そう、思っていた。 「何ッ!?」 届いたはずだ。銃弾は確かに敵のところまで届いていた。 なのに、何故だ、どうしてあの敵たちは平然と歩いている! 「撃て、撃て撃て撃てぇ!!」 悲鳴のような指示。言われるまでもなく、兵士たちはひたすらに連射し続ける。 しかし、彼女たちの歩みを止めることなど、できようはずもなかった。 「あの人たち、軍人さんなのよね?」 白いフリルスカートを揺らし、槍を持った少女が仲間に問いかける。 「どう見ても、な。ここらを爆撃した連中の仲間だろう」 応じたのは、巨大な斧を背負った男より大柄な女。唯一、この場にふさわしいと言うべきか、野戦服に身を包んでいた。 「どうしようもない。軍人とはあれほどに愚かなものなのか」 歌うように、呟くように言葉を吐いたのは、フードで顔を隠した少女。腰に剣を差している。 「……2時の方向。敵兵4名。内一名がRPG−7でこちらをポインティング」 四人組の最後の一人、学生服の上からタクティカルベストを羽織った、ある意味で最も奇怪な服装の少女が仲間たちに警告を出した。 「対戦車ロケットか。こういう地域では本当に必ず出てくるな」 「ねーねーコテツ、ロケットって?」 「ロケットミサイル。安価で構造も単純、誰でも使える上に割と軽くて攻撃力もある。単発式である点を除けば、まあまあ優秀な兵器だよ。要するに、大きな爆弾を遠くまで打ち出す装備だ」 「それ、あたしたちでもヤバい?」 「わからんが、威力を知る身としては素直に受けたくはない代物だな」 コテツと呼ばれた大柄な女が顔をしかめると、かたわらに立つフードに声をかけた。 「塔原、ガードしてくれないか」 「――それもまた実験。自分の力を試す機会」 す、と集団の先頭に立った少女。程なく、右側の方から、ロケット弾が飛来した。 着弾、爆発。熱波が周囲に吹き荒れ、地面が軽くえぐられる。 「確かに、熱い」 その最中で、塔原の声がした。 「けれど、あの時の炎ほどではない」 戦車さえ破壊する威力を持つ砲弾の直撃を受けたというのに、少女たちには傷ひとつなかった。それはもはや偶然や冗談で済まされるものではない。現実として、ありえない光景。あってはならない光景。 「じゃ、次はあたしの番ー」 フリル少女はローヒールのサンダルをかつんと鳴らした。その姿が何かに引っ張られるように前方に飛んでいく。 あはは、という声が遠く聞こえた。点にしか見えないほど遠くで、誰かが断末魔の叫びをあげた。 「敵兵全滅。続いて新たな敵兵を確認」 学生服の少女が冷静に告げた。 「新しいの?」 ついさっきまで遠くで敵を惨殺していたはずのフリル少女は、はや仲間たちのところに戻ってきていた。 「1時の方向。M46戦車が一両」 「戦車ァ!?」 さすがにそれは驚いたのだろう。こちらはたかだか人間が四人。確かに化け物のような強さはあるが、それは実際に戦って初めてわかったことのはずだ。 「M46といえば型遅れの古い戦車だ。たまたまこっちにいたとか、そんなところだろうな」 軍事的な知識を持つ小鉄がアドバイスを加える。けれども、フリル少女は慌てふためいていた。 「で、でも、さすがに戦車なんて相手にできないよ〜。ど、どうしよう?」 「そう驚くんじゃない。あの手の戦車はな、砲塔を上に向けることは可能だが、下に向けることはできない仕組みになっているんだ」 それも当然である。その用途からして、戦車が下に向かって射撃する必要性はまったくない。 「だから、こうしてやればいい」 野戦服は鬼のような形相を浮かべると、背中の大きな斧を引き抜いた。 本当に大きな斧だ。フリル少女の背丈ほどもある。それに応じて刃も大きく、しかもそれが両刃となっている。 「そぉ、らあ!!」 それを、小鉄は思い切り地面に叩きつけた。亀裂が地を走り、それが戦車のところまでたどり着くと、土砂が柱となって噴き上がった。 「うっわー! すごい! 何これ、何したの!?」 「ちょっと地盤を緩ませただけだよ。戦車はあれで重いんだ」 圧倒的な攻撃力を持つ戦車。現代戦の主力ではあるが、その力強さに比例して重量も並ではなく重い。強引なパワーによって砕かれた地盤の上では先に進むことなどできやしないのだ。 「ほら、砲塔が上を向いた。これで連中はこっちを狙うことができない」 小鉄の言う通り、戦車は空を仰いでいた。あれではどうにもなるまい。 「そうだ、灰塚。ついでだからとどめを刺してやれ」 「……どうすればいい」 学生服の少女が答えながら、タクティカルベストから銃を抜く。ベレッタM92。有効射程はおよそ50メートルほどの、世界的にも多く使われているタイプの拳銃だ。 こちらと戦車との距離は、およそ300メートルほど。射程の6倍近い。この距離では威力が出ないどころか、そもそも届きもしないだろう。 だというに、灰塚という少女は、その銃を当たり前のように構えた。教科書にでも載っていそうな、模範的な射撃姿勢。 「ま、適当に当ててみろ。運が良ければ弾薬庫か燃料庫にぶち当たるだろうしな」 「了解」 学生服の少女は意識を研ぎ澄ませる。自分の持つあらゆる知覚をフルに使いきる。 「距離、297メートル。風速2メートル、南南西。湿度、37パーセント」 体感だけで全ての環境データを正確に見抜いていく。条件を頭に叩き込んだ上で、深呼吸。 「当てます」 たん、たん、たんと三連射。銃弾は、宣言通りに戦車に命中した。燃料庫にでも着弾したのだろうか、爆発、炎上する。 「……もしも私があの戦車に乗っていたらこう言うところだろうな。なんだあの非常識な連中は、って」 「戦車が拳銃に負ければそう言いたくなるのも自然。けれどこれは必然。変わらぬ現実、受け入れなければならない悲劇」 ありえない悲劇を作り出した四人は、戦地を歩む。 一通り近くにいる敵を殺したところで、四人は出発地でもあるキャンプ――高台に張ったテント――に戻ってきた。そこには、パンツスーツ姿の女性が待っていた。 「ご苦労様です、四人とも」 「苦労などというほどの苦労がないことくらい、あんたならわかっているだろう? 氷室」 野戦服姿が言うと、スーツの女性は笑みを深める。 「単なる社交辞令です。それで、体調の方はどうですか?」 「問題ないな。極めて良好」 「あたしもー」 「……右に同じ」 「古傷以外は特に」 めいめい答える。その回答にスーツの女性は満足そうに頷き、 「結構。月宮様もお喜びになるでしょう」 「どうだかね。それで、次は何をすればいい」 「実験は終了です」 は、と目を丸くした大柄な女性を見上げ、 「実験はこれで終了です。次からは実際に戦闘行動を伴う任務に就いてもらいます」 「ということは、これで完成ということか?」 「完成というわけではありませんが、量産の目処は立ちました。これ以上は実験をするよりも、実際に運用して、問題が出れば都度、対処していく形を取ります」 「ふーん。よくわかんないけど、要するに次からはお仕事ってことなの?」 「そういうことです、白桃」 スーツの回答に、フリル少女は嬉しそうに槍を振りまわす。 「やったー! 退屈だったのよねー、ここんとこ。出てくるのってなんか汗臭いおじさんばっかりだしさ、戦車とかなんとか、面白くないんだもん。もっと楽しいことしたかったのよねー」 「楽しいかどうかは知りませんけれど……、とりあえず一度ホームに戻ります。行きますよ」 「はーいっ!」 共通点など見当たらない四人を引き連れ、女性は歩き出す。 その後ろには、荒れ果てた世界と、燃え盛る鉄くず、そして二度と動かない人影が見て取れた。 少女たちは向かう。彼女たちの家がある場所――日本へ。 |