「あなたの名前は?」
 少女は眼前に浮かぶポケモンに問いかけた。真っ黒なポケモンだ。その眼は人の心を見透かすかのように蒼く輝いている。
 周囲の木々がざわざわと揺れた。ここは奥深い森。人間が立ち入ることなど滅多にない、深い森。
 そんなところでなければ、このポケモンとこの少女が出会うことはなかっただろう。
「そう。それが、あなたの名前」
 少女は深く頷き、そっと手を伸ばす。
「ねえ。友達になって」
 それは、少女の久方ぶりの願いだった。生まれ持った体質のせいで、少女はポケモンたちから嫌われていた。いや、あるいは、嫌われていると思い込んでいるだけかもしれない。
 目の前のポケモンは少女の言葉には答えず、代わりに少女のポケットに手を伸ばした。そこから、機械製のボールを引き出す。
「あ……」
 少女が何かを言う前に、ポケモンはボールの開閉スイッチを押した。モンスターボールが起動し、すぐ近くにいるポケモンを中に引きずり込む。
 ポケモン自身に抵抗の意思があれば、ボールは閉じることはない。抗う獣の力に人間の作り出した量産品ごときが抵抗できるはずもなく、無残に引き裂かれるはずだ。
 にも関わらず、ボールは閉じ、そのまま沈黙した。それは、ポケモンがボールを、ひいてはその持ち主を受け入れた、その証でもあった。
「――ありがとう」
 少女は転がったボールを持ち上げる。その中に眠るポケモンの姿を思い浮かべる。
「とても、嬉しい」
 少女の頬を涙が伝った。
 ぽたりと落ちたしずくが、森林の下草に染み込む。
 それは、何年も前の、遠い場所での出来事だった。