「このへんかな」 コンコンと壁を叩いて音をチェック。部屋の前まで来たところで、女トレーナーは後ろに控えるポケモンに指示を出す。 「リーフィア」 きゅい、と返事をしたのは、葉っぱを頭につけた四足獣。 頭を揺すって葉っぱを立たせる。葉は刃のように鋭く硬く変化していく。 すう、と息を吸い、トレーナーは叫ぶ。 「行っけええぇぇぇっ! 『リーフブレード』!!」 新緑色の刃が壁を斬る。 勢いに乗ってコンクリートはただのガレキに変わり、壁には大穴が開く。トレーナーは躊躇せずその中に飛び込んだ。 「そこまでよっ!」 「な、なんだぁ!?」 部屋の中にいた何人かの男たちは目を丸くして女に視線を注いでいた。 一方、白いパーカーをひるがえし、女は勝ち気な瞳で見返す。 部屋の中には盗品が山のように積まれていた。予想通り。これなら言い逃れはできない。 「あんたらが爆窃団ねっ! 私が来たからには逃げられないわよ、覚悟なさい!」 「な、なんだお前はっ!?」 男たちの問いに、女は笑顔を深めていく。理想的な質問だ。 「私ぃ? 私はね……」 胸を張り、男たちをにらみながら、ビシッと答える。 「ジョウトリーグ第四十六代チャンピオン! リューザキ・ナミよっ!」 沈黙。 やがて、ひとりの男が首をかしげる。 「――誰?」 ぽつりと、こぼした。 「へっ?」 「いや、ジョウトリーグチャンピオンって言われてもな」 「俺、ポケモンリーグの放送って見たことないや」 「僕も知らないな」 「あー、なんか見たことある気がするけど……。やっぱ気のせいかな」 ナミの口の端がピクピクし出す。危険信号だが、初対面である爆窃団の面々は気付かない。 「ってかなんでこんなとこにチャンピオンが?」 「実は自称なんじゃね?」 「言えてる。リーグチャンピオンのくせに誰も知らないなんてありえないもんな」 はははは、という男たちの笑い声を耳にしながら、ナミは黒い笑みを深めていく。 「そう。あんたらがそう言うなら、その身に刻んであげるわ」 そっと片手を動かす。手持ちポケモンへの合図。 「リーフィアぁっ! 『リーフブレード』千連発ぅっ!!」 ――阿鼻叫喚。 窃盗団を警察に引き渡し、ついでに盗品の一部を切り刻んだことについて叱られた帰り道。 「はぁ……」 ナミはため息を漏らす。といっても、鬼のように怖い警官に叱られたことは全く関係がない。それはもう全く。 「退屈ねえ」 そう、ため息の原因とは、退屈。 近頃はチンケな悪党退治をしたり、強いと言われているトレーナーとバトルしたりの日々。 その時は楽しいけれど、常に高揚するような感覚はない。 トボトボと歩いていると、 「ありゃ、ナミちゃんやん。こないなところでどないしたん」 同じく警察署から知り合いが出てきた。 「あ、アカネ。あんたこそどうしたのよ」 彼女はここ、コガネシティにあるポケモンジムのリーダー。その名もアカネ。活発な女の子である。ナミとさして年齢が変わらないこともあり、二人の仲は良い。 「それがなー、ちょっとジム戦が派手だったからって、警察とか消防とか呼ばれてん。さっきまで絞られてたんや」 「どんだけ派手にやったのよ……」 ため息。 「そんで? ナミちゃんがそないに落ち込んでるなんてらしくないやんか。何かあったん?」 「別に何もないわよ。強いて言うなら、何もないのが困るって感じね」 「あー、つまりは退屈?」 「そういうこと」 うんうん、とアカネも同意する。 「せやなあ、最近は大きな事件もないし、ポケモンリーグはまだ遠いし。退屈にもなるわなぁ」 「アカネ。なんか暇潰し」 「そんなんがあったらウチが聞きたいわ」 「そうよねぇ」 暗い雰囲気のまま、コガネの町を歩くふたり。 コガネは他の町と違ってデパートやリニアの駅がある、栄えた都会だ。そのため人通りも多く、その大半は明るい表情をしている。ナミたちとは対照的だった。 「まったく……、ん?」 ナミはパーカーのポケットに手を突っ込み、手のひらより少し大きめの機械を取りだした。 ポケモンギア、通称ポケギア。電話の機能を中心に、様々な機能を持った多機能端末である。 「電話、ミカンから? 珍しいわね――はい、もしもしー」 『あ、ナミちゃん?』 ポケギアから漏れてきたのは二人の共通の知り合い。 アサギシティのジムリーダーであり、今はシンオウという北の地方まで旅行に行っている、ミカンという少女だった。 「おー、ミカンかぁ。久しぶりやなぁ」 『あれ? アカネちゃんも一緒なんだ。久しぶり、元気?』 「そりゃウチが聞くことやで! ウチが元気でないとかありえへんやろ」 『はは、そうね。それでさ、ナミちゃん、来週は暇かな?』 「来週だけでなく暇だけど、何?」 『うん、実はね、今度、アサギの外れにバトルフロンティアって施設ができるの』 バトルフロンティア。北はシンオウから南はホウエンまで、各地方に点在するポケモンバトルを極め、楽しむ遊興施設である。 そこでは腕に自信のあるトレーナーたちが日夜、勝負に明け暮れているとか。 「あー、話には聞いたことがあるわね。んで、それがどしたの?」 『そこのプレオープンが来週からあってね、あたし宛に招待券が届いているらしいのよ。でも、ほら、あたしはシンオウにいて、まだ当分は帰れそうにないのよね。 それで、使わないのももったいないから、ナミちゃんはどうかなって』 ナミはこれでもリーグチャンピオン。ポケモントレーナーとしての腕は冗談抜きでかなり高い。その彼女ならば、バトルフロンティアという施設でもかなりの成績を出せるかもしれない。 「そうねえ。ちょうど退屈してたし、行ってみようかしら」 『ほんと? じゃ、ジムに連絡しとくね。あ、そうそう、ペアチケットだから、もう一人まで誘えるから。じゃ、よろしくね』 ぷつん、と切れた電話画面を眺めながら、 「ペア?」 「ええやん、ペアチケット。遊園地みたいなもんやろ? 男の子と行けばググッと急接近するんとちゃう?」 「……その口ぶりだと、あんたは行かないの?」 と、アカネはぶんぶんと手を振り、 「あー、あかんわ。来週はウチ、ジムの改装工事に立ち会わなきゃあかんねん」 そして、アカネはどこか下品な目でナミを見上げる。わざわざ腰をかがめてまで。 「ナミちゃん、せっかくやからショウはんでも誘ったらぁ? 急接近! できるかもしれへんでぇ?」 「はぁ? なんであたしがショウと接近しなきゃいけないのよ」 「まあまあ、口ではなんと言おうとも、あんたらが仲良しなのは丸わかりやで」 「そりゃ幼馴染だからよ」 「どうだか。むしろ幼馴染って最高のシチュちゃうん?」 ギロリ、とアカネをにらみ、 「だから、そういう関係じゃない」 「ナミちゃん怖いで……」 アカネの顔が若干、ひきつる。 「せやけど、他に誘う人とかおるん? ジムリーダーはなんやかんやで結構、忙しいもんやで? 普通は」 「そうね。あんたは暇そうだもんね」 言いつつ、ナミは考える。 バトルフロンティアという、優秀なトレーナーが集まる場所に連れて行ける友人。 ナミは別に友人が少ないというわけではないが、トレーナーという性質上、知り合いもまた転々と居場所を変える者が多い。 となると、誘える相手は自然と限られてくる。 「(納得いかない……)」 心中ではなんと思おうとも。 結局は、白衣姿の見慣れた顔しか思い浮かばないのであった。 |