港町・アサギシティ。大渦で有名なタンバを対岸に持つ、内海に面した船乗りの町である。 その外れ、海岸線に、真新しい門が作られていた。 「へえ。ここがバトルフロンティアですか」 立派な門を眺め、取り立てた特徴を持たない青年は感嘆の声を漏らす。 ショウ。とある町でポケモン研究をしている人物の助手を務める、ごく普通の青年である。 そんな彼の横顔を見ながら、ナミは思う。 「(なーんで、こいつ誘ったかなぁ)」 確かに、他に誘うに適した人物はいなかったのだけれど。 「ナミさん? 入らないんですか」 「え? あ、ああ、入るわよ」 ショウを置き去りにするように大股で歩く。その後を、軽く首をかしげたショウが付いて行く。 ジムで貰ったプレオープンチケットを見せて中に入ると、そこは一転、緑と人工物が埋め尽くす空間だった。 「はぁ。よくまあ、こんなもんを作るわねぇ」 門もゲートも抜けた先。出たところは中央広場。真ん中に大きな噴水があり、五つの方向に通路が伸びている。お店も並び、ここを見ただけではどこかのショッピングモールと大差ないような気もした。 「プレオープンだっていうからどんな感じかと思ってましたけど、意外と人がいるんですね」 「そうねー、そういえば」 報道の腕章を付けた人たちが目立つ一方、自分たちのようなトレーナーらしき人たちもいる。 「要するに、トレーナーだらけの遊園地ってことなのね、ここ」 「そうらしいですね」 入り口ゲートで貰った地図を眺め、ショウは言う。一方、ナミは同時に貰ったイベントリストに目を落とした。 「あ、午後からブレーンによるエキシビジョンマッチだって。見に行ってみない?」 「ブレーンって、ここの施設長のことですよね」 「そんな感じ」 バトルフロンティアには五つの施設があり、それぞれ違ったルールでポケモンバトルを楽しむことができる。 そして、それぞれの施設の責任者がフロンティアブレーン。戦いの最前線の頭脳を名乗るだけあって、彼らは全員、優秀なポケモントレーナーでもあるらしい。 「いいですね。じゃあ、午前中は適当に見て回って、午後になったらイベント会場に行ってみましょうか」 「おけおけ、そうしよう!」 なんだかんだで。 楽しまなければ、損である。 すでに各施設は稼働しており、それぞれでバトルを楽しむこともできるようになっているらしい。気の早いトレーナーたちが、それぞれに分かれて戦っているらしかった。 ナミとショウもまた、それらの客に交じってフロンティアの中を歩き出した。 各施設を軽く見て回ってルールを確認したり、バトルしてる人を観戦したり、お昼を食べたり、お店もチェックしたり。 午前中だけでもかなりハイペースに動き回ったナミとショウは、午後に開かれるというイベント会場に足を向けていた。 「あ、ショウ、ちょっとトイレ」 「……ナミさん。そうストレートに言うのはどうかと」 「いいじゃないの別に。んじゃね」 軽く手をひらひらさせながらトイレに向かうナミの後ろ姿を見ながら、ショウは軽く息を吐く。 「本当に元気だよな、あの人」 あきれているのか、感心しているのか。 ボーっと待つショウ。その視線が、ひとりの男を捉える。 「あれ、あの人……」 見覚えがある、気がした。 オールバックを少し変形させたような髪型。特徴的な服装。つい最近、目にしたはずなのに、いまいち思い出せない。 「(――どこだっけ?)」 首をひねっても答えは出ない。 と、男性も視線に気づいたのか、こちらに顔を向けた。そして、歩み寄って来る。 ショウの前まで来たところで、一礼。 「失礼ですが、ウツギ研究所に勤めてらっしゃる方とお見受けいたしますが」 「え? あ、はい、そうです」 男性は訓練された笑みを浮かべ、 「よろしければ、お名前をお聞きしても?」 「はい、ショウといいます」 「ショウさん。よいお名前ですね」 そして、男性は再び礼。 「申し遅れました、わたくし、コクランと申します。とあるお屋敷で、執事を務めさせていただいております」 頭を上げた男性は、じっと観察するようにショウを見つめた。 「さてはて、と。ありゃ?」 用を足して手を洗い。手を拭こう、とポケットを探すが、ハンカチが見当たらない。 「忘れてきたかしらね」 まあよく忘れるのだから、そう珍しいことではないのだけど。 ショウにでも借りようか、とトイレを出ようとしたナミの前に、女の子が立ちはだかった。 ふんわりロングの、どこか風格が漂う少女だ。別にナミの知り合いというわけでもない。 「ん、どしたの? 迷子?」 いつもの習性から、ナミは腰をかがめて女の子に問う。一方の女の子は、特に表情らしいものを浮かべることもなく、すい、と手を差し出した。 そこには、ハンカチ。 「……あなた」 女の子の透き通るような声がナミの耳に届く。 「女性なら、ハンカチくらいは持ち歩いたら?」 「えっ?」 ぐい、とナミの手にハンカチを押しつけると、女の子はもう用はないとばかりに背中を向けた。 「ちょちょ、このハンカチは!?」 「あげる」 すたすた、とトイレから出て行く女の子を見送ったナミは、自分の手の中に視線を落とす。 刺繍の施された、ちょっと高そうなハンカチ。ナミの持ち物とは雰囲気が合わない。 「いいのかな、貰っちゃって……」 疑問を浮かべたナミは、続けて女の子の言葉を思い出す。 「――あれ? 『レディならハンカチ持ち歩きなさい』って、つまりはあれか。私はレディではないと言いたいのか」 自分の言葉を頭の中でしっかり反すう。意味を噛みしめ、 「むっかー!」 ちょっと腹が立つ。 「ショウさんはこちらに挑戦に?」 「いえいえ、僕はそんなに強くないので。知り合いの付き添い、ですよ」 「またまたご謙遜を。ご高名はかねがね聞き及んでおりますよ」 「本当に、そんなことはありませんよ。僕の知り合いが飛び抜けて強いから、一緒に僕まで強く見られたりしているだけです」 「……ほほう。それはそれは」 話をしているふたりのところに、 「何をしているの、コクラン」 風格漂う女の子がやって来た。ショウは知るよしもないが、先ほどナミにハンカチを渡した女の子である。 「お嬢様。こちら、ショウさん。ウツギ研究所で働いてらっしゃる方です」 ふうん、とばかりに、女の子は関心のない様子でショウを見る。 「ショウさん、こちら、わたくしめがお仕えしております、カトレア様でございます」 「あ、どうも」 ショウが軽く頭を下げると、女の子も優雅に礼をしてみせた。割と素直なのかもしれない。 「コクラン、行きましょう」 「ええ。それではショウさん、またいずれ」 最後の一礼も忘れずに。 そのままコクランとカトレアのふたりは、雑踏の中に消えて行った。 ぽかん、とそんなふたりが消えた方角を眺めていたショウは、後頭部を痛打される。 振り向くと、ナミがどこか不満そうな顔でこちらを見ていた。 「どしたのよショウ。ぼけーっとしちゃって」 「え、あ、いえ。今、そこにブレーンがいたんですよ、ブレーン」 「フロンティアブレーン?」 ナミが眉をひそめる。この混雑の中、そんな人が平然と歩いているのだろうか、と言わんばかりに。 「はい。コクランさんって言えば、バトルキャッスルのブレーンですよね」 「コクランん? まあ、そうだけど……、ふうん。そりゃよかったわねぇ。あたしなんかムカつく子にしか出会えなかったわよ」 「ムカつく?」 「そーなのよ、聞きなさいよ、ショウ。それがねー……」 軽く話などしながら。 ショウとナミは、バトルタワーを目指す。 |