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認めて欲しい。あたしはここにいる。 気付いて欲しい。あたしはここにいる。 助けて欲しい。あたしはもう止まれない。 『一昨日、東京都のとある住宅街で建設中の建物の崩落事故が発生しました。ここがその現場です』 マイクを握った女性レポーターが、崩れたガレキを指した。 『建設は順調に進んでおり、会社側も崩落の危険はなかったと説明しています。その言葉を信じ、根強い調査の結果、ついに! 我々はこれがただの崩落事故ではない証拠を発見しました』 女性リポーターはマイクを握る手に更に力をこめ、強調するように言った。 『これを見て下さい! この鉄骨は、明らかに人為的な何かによって切断された跡があります!』 綺麗に斜めに切られた鉄骨。曲がる事なく、鉄骨は綺麗な直線によって切り取られている。 「はー、つまりは何だってんだよ」 裕也は頬杖をつき、テレビ画面に文句を言った。オヤジみたい。 「つまり、誰かが何かを使って鉄骨をぶった切ったって事ね」 「だーかーら! 何かって何だよ、誰かって誰だよ? こんなもんができるヤツなんてそうそういねーだろ? もしかしたら超能力者とかさ、そういうヤツが犯人かもしれねーじゃんか!」 「超能力者がこの世にいればね」 そう言って、メグミはうどんをすすった。 ここは学校の食堂。メグミと裕也はよく一緒に食事をする。子供の頃からの仲良しで、高校生になった今でも仲がいい。それをクラスメイトに冷やかされたりするけど、どっちもまんざらでもない感じ。結局、いつも一緒にいる。 「お前さー、この町で起きた大事件だぜ? もうちっとテンション上がらねーもんか?」 「上がらない。私はテスト勉強でとても忙しいのです。裕也と違ってね」 「ぐ……。お前、俺を馬鹿にしてっだろ?」 「残念。馬鹿にしてるんじゃなくて、阿呆だと思ってるの」 「同じだよ」 裕也は不満げに牛丼をかっ込んでる。 「俺だって馬鹿じゃねーよ。護るべきものは護るぜ」 「テストの点数は護らなくていいものなのかしらね? そろそろ補習のためにバイトでも空けといたらー?」 「大丈夫だって、何とかなるから」 裕也が何とかなるって言って何とかなった事ってあんまりないんだけどなぁ……。 「それにさ、やっぱ試験よりこの事件の方が気になるだろ。一昨日の崩落事故以外にも、自動車消失事件とか、突如として起きた停電とか、校門の前の桜が切られたってのもあったな。どれも人間には起こせないような事件ばっかだ」 「自動車消失は誰かによる盗難。停電は電線泥棒が失敗でもしたんじゃないの? 校門前の桜だって切れないものじゃないじゃない。つまり、全然、超常現象なんかじゃないって事。わかった?」 メグミが箸を振りながら説明した。けど、裕也はちっともわかってなさそうな顔をしてる。 「じゃあ、この建設中の建物崩落事件はどう説明するんだよ?」 「鉄骨が弱っていたとか、そんなんじゃないの? 偶然よ、偶然。たまたま綺麗な切断面っぽいものができたからマスコミが騒いでいるだけで、実際は単なる自然のイタズラってヤツよ」 「夢がねーヤロウだな……」 「あたしは女よ」 そりゃそうね。いつもの事だけど、裕也はデリカシーに欠けている気がする。 「ま、とにかくさ。俺だってただ面白がってるわけじゃねーんだよ。本当なら事件とか事故なんかない方がいいに決まってるしな。まして、自分の住んでるとこならさ、なおさらだよ」 「へえ……?」 メグミは意外そうな目で裕也を見つめた。 「裕也がそんな事を言うなんて意外。単に面白がってたりしてるのかと思ったけど」 「馬鹿。俺だって人並みに町を愛する心とかあるの。そういう俺としてはな、これ以上は事件がエスカレーターしねーといいなと切に願うわけよ」 「……エスカレートね。」 ……あ、裕也の顔が赤くなった。誤魔化すように咳払いをひとつして、裕也は言葉を続けた。 「と、とにかく。お前も気をつけろよ。変なヤツを見つけたら即、逃げる。厄介ごとには首を突っ込まない。夜は出歩かない。揉め事は起こさない。わかったか?」 「何よそれ。ってか、あたしよりあんたの方がよっぽど気をつけた方がいいんじゃないの?」 「俺はいいんだよ」 「どうして?」 裕也はお茶を飲み干し、言った。 「俺は安全だから」 「……今度さ、一回くらい病院で診てもらった方がいいんじゃないの。どうしたら馬鹿が治りますかって」 あきれたように言い、メグミはうどんをすすった。 こんなに月の明るい夜は、ついつい出歩きたくなってしまう。あたしだって女の子だから、綺麗なものは見たいのよ。蒼とか、銀とか、紅とか……。 どうしようか。今日は一昨日よりも血が騒ぐ。どうしようか。今日は、抑えきれないな。ま、しょうがないかな。これがあたしだから。 人通りの少ない道。街灯がひとつだけ壊れているところがある。あたしがついさっき、バラバラにしたところ。 コツコツコツと、前方から音が響いてきた。あーあ、来ちゃった。運がない人だな。 運のない人の正体は、OL風の若い人。あたしは暗がりからそっと姿を現した。 「ひッ!?」 いきなり暗いところから人が出てきたせいだと思う、OLさんは小さな悲鳴を上げた。それがすぐに失礼だったと気付き、少し照れたように頭を下げ、あたしの脇を通り過ぎようとした。その、タイミングを狙って。 「……え?」 あたしの右手が下から上へ、真っ直ぐに動いた。同時に、OLさんのバッグが、握っていた手首ごと、宙を舞った。 「き……!」 悲鳴を上げる、その前に。あたしの右手が動き、OLさんの喉を潰す。一度もした事がないはずなのに、体が自然に動く。ああ、これが……あたしの居場所、あたしのするべき事、あたしの生き方なんだ! OLさんは苦しそうに喉を押さえながら、這いずるようにあたしから逃げようとする。あたしは黙って、右手を振るっていく。 右腕、左足首、左肘、右太もも。体の部分が宙を舞うたび、綺麗な紅が軌跡を描くように舞う。とても美しい、見惚れてしまいそうな光景。 「ふふ、あんた……良かったよ」 あ、もう聞こえていないか。ま、いいや……。どうせ、もう終わりだもの。 「バイバイ、次があったら、また楽しませてね?」 言って、あたしは首に向かって右手を振るった。 「……夢?」 メグミは布団から跳ね起き、そう呟いた。 「嫌な、夢……」 震えるように自分の肩を抱き、メグミはしばらく荒い呼吸を吐いた。 窓の外では雀が朝を告げるように鳴いている。つーか、朝だけど。 メグミはしばらく震えていたけど、ようやく持ち直したのか、ベッドから起き上がって部屋を出た。 目の前の階段を下り、一階に向かう。下ではすでにパンの焼ける匂いが漂っていた。 真っ直ぐな廊下を進み、左手の扉を開く。そこが台所。そこには、スーツの上にエプロンっていう変な格好をしたおっさんがいた。 「なんだ、恵。もう起きたのか? まだ早いぞ」 「ん、何だか目が冴えちゃって。お父さん、コーヒーくれる?」 父はインスタントのコーヒーを淹れ、メグミに手渡した。 メグミはありがと、と呟きながら暖かいコーヒーを砂糖も入れずに口にした。案の定、苦そうに顔を歪める。それでも、眠気覚ましにはなったみたい。少しすっきりした顔になった。もっとも、もともと眠気なんてなかっただろうけど。 「悪いけどさ、父さんはすぐに行かなきゃいけないんだ。近所で殺人事件が発生したとかで」 「近所? どこで起きたの?」 「アレだ、駅の方に行く途中にさ、公園があるだろ? その少し先だよ。電灯がぶっ壊されて、その近くにバラバラ遺体があったとかで。見るのが嫌になるな……」 「刑事が何を言ってるのよ。それなら早く行かなきゃダメでしょ?」 メグミは押し出すように父を玄関の方へと押しやった。 「わかったわかった、すぐに行くよ。じゃ、後は頼むからな?」 「それこそわかってるよ。じゃ、行ってらっしゃい」 「ああ、行ってくる」 上着を引っつかみ、慌てた歩調で父は家を飛び出していった。 父を見送ったメグミはふう、と息を吐き……そして、飲んだ。 「公園の、少し先? 壊れた、電灯? まさか……」 思い浮かんだ考えを振り払うように首を振り、メグミはコーヒーをあおった。 「そんなの、ありえない! 絶対にない! そうよ、そんなの……あるはずがないじゃない!」 コーヒーの入ったカップをテーブルに置き、メグミは制服に着替えるために二階へと向かった。 メグミが学校に到着するなり、裕也が話しかけてきた。 教室のメグミの席。裕也は隣のクラスだけど、よく遊びに来る。交友関係の広い裕也は、メグミ以外の知り合いもこの教室にいるから。 「メグミ! 聞いたか、事件の話!」 「殺人事件が起きたってヤツ?」 「そう、それ。めちゃめちゃ話題になってるぞ」 「……どうして話題になってるの? お父さんだって今朝、知ったばかりなのに」 「ああ、どっかのTV局がすっぱ抜いたんだ。その処理で親父さんに連絡するのも遅れたんじゃねーの?」 ふーん、と興味なさそうにメグミは鼻を鳴らした。 「だーかーら! 反応が薄いッ! 今度は本物の事件だぞ!? 怖いーとかさ、うっそーだとかさ、そういう反応はねーのか?」 「ない。でもま、いちおー聞いてあげる。ニュースでやってたんでしょ? どんな事件なの?」 「ああ、公園の近くの路地でさ、OLが殺されたんだよ。それが異常な事件でさ、生きたままバラバラに切り裂かれたんだろうって。ニュースじゃ切り裂きジャックって話題になってる」 「切り裂き、ジャック……」 メグミは少し寒そうにぶるっと震えた。 「凶器は不明。警察は怨恨の線で捜査するんじゃねーの? そりゃ俺の予想だが」 「バラバラにしたのに、凶器がわからないの?」 「バラバラにしたから、凶器がわからねーんだよ」 メグミは少し首をかしげた。裕也は当たり前という風に続ける。 「人間の体ってのは簡単には切れない。だけど、今回の犯人は綺麗に切ってるらしいんだ。生きたままの体を綺麗に刻むなんて、それこそ人間業じゃない」 人間でなければ、何だと言うのだろう。だから、裕也はデリカシーが足りないんだ。 「ねえ、裕也。もう……殺人、起きないよね?」 「……? どうしたんだよ、何かあったのか? 少し顔色が悪いぞ」 「裕也が変な話をするからだよ。そうでなきゃ、あたしだって気分が悪くなったりしなかったもの」 「……そりゃ悪かった。保健室にでも連れてってやろうか?」 「ううん、いらない。大丈夫だからさ」 裕也は少しだけ心配そうに、メグミを眺めていた。 その時、チャイムが鳴った。裕也はちっと小さく舌打ちした。無理はするなよ、と言い残し、そのまま裕也は教室を出て行った。 残ったメグミは、また肩を抱いてぶるっと震えた。見えない何かに怯えるみたいに。ううん、メグミは……本当に、怯えているんだ。 ああ、どうして月はこんなにも綺麗なんだろう。今夜もこんな月が出ていると、ついつい出歩きたくなってしまうじゃない。まして、今日は昨日のせいで、まだ興奮しているんだから。 あの感覚。誰かが死ぬ、その瞬間こそ、あたしは生きていると感じられた。希薄な生しかないあたしが、確実に生きていると断言できる瞬間だった。たまらない、あの感覚。あの感覚が……恋しい。 人通りの少ない道を歩く。血が、欲しい……。 「君! そこで何をしているんだ?」 声の方に目を向けてみる。警察官の制服を着た男が、懐中電灯を手に近付いてくる。丁度いい。あんたは、運がない。 あたしの右手が閃き、警察官の喉を潰した。昨日と同じ。これで、助けは呼べない……。 驚く警察官の右手を斬る。懐中電灯がくるくると光の円を描いた。 ようやく何が起きているのか理解したらしい。勇敢な警察官は、立派な事に腰の拳銃を引き抜いた。 「残念。遅いよ」 トリガーを引く前に、あたしの右手が閃く。拳銃ごと、左腕を斬り捨てた。まるでアジの開きのように、肉片がぼとりと落ちた。 逃げられないように、あたしは警察官の両足首を斬った。体を支えられなくなった警察官は、どさりと倒れこむ。目を見開き、その顔には恐怖の色だけがある。ああ、いいよ。すごくいい。感じるよ……! 右手を動かす、その度に血しぶきが上がり、壁に道路に、紅い印が描かれていく。とても綺麗。この世の何よりも、美しいと思う。 足がなくなってしまった。次は腕。少しずつ、少しずつ、切り刻んでいく。 やがて、あまり血も噴出しなくなった。警察官だったモノはぴくぴくと動き、まるで活け造りにした魚のよう。ああ、同じか。 あたしは最後に、頭から股まで真っ直ぐに切り裂いた。最後の血が噴出し、道路に流れる。 すでにあたしの目の前に転がるものは、人ですらない。ただの肉片。そこらのゴミ捨て場に捨てられているものと全く変わらない、ただのゴミに過ぎないもの。 人間だって、ここまで刻めばゴミと一緒。あるいは、刺身として食べている魚も、今、あたしの目の前に転がるコレも、あまり変わらない。 これはすでに死んでいる。では、生きているって何だろう。 あたしが生きていると感じるためには、何かが死ななきゃいけない。そうしないと、感じられない。 何故か。その答えは知っている。あたしは、生まれながらにそういうカタチにできているんだ。物を壊し、人を殺し、全てを破壊するためだけの力を持つ者。 「ははは、狂ってるよ」 あたしも、この世界も。その全てが狂ってる。どうせ狂ったお祭りなら、存分に踊り狂おう。そうしないと、面白くないじゃない。 あたしは、“殺す”ために生きている! |